<幹事の任務(9):下見で最悪の展開>
もうひとつの緊急事態は3月2日、1次会会場であるA店の下見の際に発生した。
下見は店の迷惑にならぬよう、前日には電話で訪問日時を伝える。時間の都合がとれるのなら開店前が望ましい。というわけで開店30分前の16時30分にA店のドアを開けた。
(僕)「下見に伺いました僕です」
(店長)「ハイ、お待ちしておりました。10名様でのご予約ですね?」
おかしい。確かに当初の予約人数は10人だが、2月16日には14人に変更していたはず。いずれにせよ更なる人数の増加があった為、すぐさま店長に伝える。
(僕)「それなんですけど、今日になって15人に変更になりましたが大丈夫ですか?」
(店長)「ハイ、大丈夫ですよ」
多少の疑問は残るが結果オーライということで一安心した。それが油断だった。
約15分にわたり座席の確認と写真撮影、及び質疑応答を行った。特に誕生日サプライズの演出に関する細かい質問をいくつも投げ、回答を漏れなくメモしていった。当日失敗や混乱しない為にも打ち合わせは入念に行わなければならない。
店を出て約2時間後、僕のスマホに店から電話がかかってきた。悪夢はここから始まった。
(店長)「大変申し訳ございません。お客様に掘りごたつの個室をご用意できなくなってしまいました。テーブル席でしたらご用意できます」
わけがわからないよ。こっちは開催の一ヶ月以上も前の2月10日に予約していたというのに。
(店長)「先ほどは私も良く確認せずOKしてしまったのですが、本日になって10人から15人に変更となりますと、他のご予約のお客様との兼ね合いにより……」
違う、10人から15人ではない。この日は14人から15人と1人増やしただけだ。
いや待てよ、もし2月16日に10人から14人に変更した時に電話対応した、あの頼りなさそうな口調の店員が、それを店長に伝えていなかったとしたら……。
(僕)「2週間ほど前に電話して10人から14人に変更して、その時の店員さんはOKしていたんですけど、それは本当はOKじゃなかったということですか?」
(店長)「大変申し訳ございませんが、それはこちらの手違いでございます」
(僕)「掘りごたつの予約客が僕の他に13人と15人で2組居ると言っていましたけど、15人のほうは僕のと同じ人数ですけど、そちらはどうしても掘りごたつでないと駄目なんですか?」
(店長)「あのー、小さいお子さんがいらっしゃるお客様ですので……」
必死に交渉するも状況は好転しない。しかし、トリガーでもない店長が懸命に心からの謝罪をしており、自分の職場で似たような経験を何度もしてきた僕は気の毒に思えてきた。とりあえずテーブル席への変更を了承した。
しかし、2日後の3月4日、改めてA店の下見に行った僕は愕然とするのだった。
僕は最初にテーブル席と聞いたとき、テーブルを3つほど横に繋げ、15人が2列になって向かい合うごく一般的な形式をイメージしていた。が、現実は違った。
これが下見で案内されたテーブル席の図である。5つのテーブルが分散して配置してある。流石にこれはマズイ。特に「○」の部分は完全に孤立しているではないか。
(店長)「掘りごたつのご希望には添えられませんでしたが、こちらでしたら当初よりも広い面積なのでゆったり座ることが出来るかと思います」
下見を終え外に出た僕は落ち着いて考え直した。面積の問題ではない。この配置では、サプライズのバースデーケーキを持ってきた時に、全参加者の視線を集中させるのは容易ではないし、その後の送別者へのプレゼント贈呈や手紙の拝読にも影響しかねない。
しかし、この時すでに開催まで2週間を切っていた。他の会場を押さえられる保証は無いし、もし押さえられたとしても、会場変更の案内を全参加者に送信しなければならなくなり、混乱も起こりうる。何より2回も下見に協力していただいたA店をキャンセルすることになってしまう。
だが問題はそこなのか。本当に大事なのは送別会を成功させることではないのか。もし余興が失敗したらそれはただの飲み会でしかなく、僕の負けということになる。2年前の悲劇が頭をよぎる。
<幹事の任務(10):2年前の追憶>
“ストレート”の送別会が開かれたのはもう2年も前のことだ。人と話すのが苦手な僕は参加を拒否したが、そんな僕でも出来ることは何かを考え、餞別としてのプレゼントを用意した。
会がある程度盛り上がってきたところで幹事から
「実は今日来れなかった僕さんからプレゼントがあります」
と言うサプライズ。しかも開けたらプレゼントだけでなく手紙まで入っている。
それを幹事が皆の前で読み上げ、拍手喝采。
感動の手紙に何人かは涙さえも流している。
そんな鉄板の流れをイメージし、事前に幹事にプレゼントを預けた。
現実は、手紙は回し読みされ、しかも全員2~3行しか読んでいなかったという。
挙句の果てに「手紙が長い」という批判や、「僕さんは一体何がやりたかったのか」という疑問まで飛び交う始末。
結局、その場に居る話し上手な人が会を盛り上げるのであって、コミュ障が手紙とかプレゼントとか小細工をしたところで勝てるわけがなかったのだ。
その数日後、僕は当時高校1年のB子にこんな言葉を残していた。
(僕)「人と話すのは得意ですか?」
(B)「いや、苦手です」
(僕)「頑張って得意になりましょう。人間は分かり合えない生き物です。この世の中、結局は話し上手な人が上手くやっていけるのです」
あれから2年間、同じ非リアとして僕は彼女を応援し、行く末を見守り続けてきた。本人は未だに話すのが苦手と言うが、いよいよ4月から社会の荒波に揉まれることとなる。僕はただの飲み会の準備をしているのではない。これは就職を前に不安を募らせるB子を前向きに送り出す為の会なのだ。
<幹事の任務(11):勇気を出して会場の変更>
もう迷いはなかった。その足で近くのチェーン店、B店にアポなしで訪問。
(僕)「突然すみません。飲み会の会場を探しているんですけど、掘りごたつの個室を見せてもらえますか?」
案内された個室は少し狭かったが、席の配置は僕の理想とほぼ合致していた。しかも現時点では送別会当日の夜はまだ空いており予約可能という奇跡。問題は金額で、飲み放題コースが3時間で一人4,000円とA店より500円高い。2時間半というのは無かった。
<幹事の任務(12):会費シミュレーション表の作成>
近くのマクドナルドに入り電卓をひたすら叩いた。会費が複雑になっており、普通の成年参加者は4,100円だが、発案者A男の希望により送別者のB子は無料で招待しなければならない。もう一人の主婦の送別者E子は2,000円、未成年参加者と遅れてくる人は2,300円。このうち成年参加者の会費を4,300円に値上げしても、僕の負担は高くなる。しかし、ホットペッパーのサイトで割引クーポンを見つけ、その負担も軽減できると判断し、マックの店内ですぐさま電話をかけB店を予約した。
こうして最悪の事態は回避できた。2時間半を3時間に延ばすのは僕としては不安だが、参加者にとってはプラスだろう。2016年3月4日、ピンチをチャンスに変えた日である。
<幹事の任務(13):最終調整>
勇気を出してA店に電話しキャンセルを伝えた。時すでに本番一週間前。気持ちを切り替え残りの準備作業を進めなければならない。バースデーケーキの予約、全参加者へのリマインダーの送信、座席表の作成、各種小道具の準備、プレゼントの購入、乾杯のあいさつカンペの作成、余興台本の修正、そして神社を参拝し成功祈願まで行った。
しかし、多忙な仕事の合間を縫っての準備作業は困難を極めた。結局、発声練習と台本読みリハーサル、手紙拝読リハーサル、副幹事との最終打ち合わせ、危険予知シミュレーション、場が盛り下がった時に備えての話題ネタ集めは出来ないまま本番当日を迎えてしまった。
(次回、完結編)
もうひとつの緊急事態は3月2日、1次会会場であるA店の下見の際に発生した。
下見は店の迷惑にならぬよう、前日には電話で訪問日時を伝える。時間の都合がとれるのなら開店前が望ましい。というわけで開店30分前の16時30分にA店のドアを開けた。
(僕)「下見に伺いました僕です」
(店長)「ハイ、お待ちしておりました。10名様でのご予約ですね?」
おかしい。確かに当初の予約人数は10人だが、2月16日には14人に変更していたはず。いずれにせよ更なる人数の増加があった為、すぐさま店長に伝える。
(僕)「それなんですけど、今日になって15人に変更になりましたが大丈夫ですか?」
(店長)「ハイ、大丈夫ですよ」
多少の疑問は残るが結果オーライということで一安心した。それが油断だった。
約15分にわたり座席の確認と写真撮影、及び質疑応答を行った。特に誕生日サプライズの演出に関する細かい質問をいくつも投げ、回答を漏れなくメモしていった。当日失敗や混乱しない為にも打ち合わせは入念に行わなければならない。
店を出て約2時間後、僕のスマホに店から電話がかかってきた。悪夢はここから始まった。
(店長)「大変申し訳ございません。お客様に掘りごたつの個室をご用意できなくなってしまいました。テーブル席でしたらご用意できます」
わけがわからないよ。こっちは開催の一ヶ月以上も前の2月10日に予約していたというのに。
(店長)「先ほどは私も良く確認せずOKしてしまったのですが、本日になって10人から15人に変更となりますと、他のご予約のお客様との兼ね合いにより……」
違う、10人から15人ではない。この日は14人から15人と1人増やしただけだ。
いや待てよ、もし2月16日に10人から14人に変更した時に電話対応した、あの頼りなさそうな口調の店員が、それを店長に伝えていなかったとしたら……。
(僕)「2週間ほど前に電話して10人から14人に変更して、その時の店員さんはOKしていたんですけど、それは本当はOKじゃなかったということですか?」
(店長)「大変申し訳ございませんが、それはこちらの手違いでございます」
(僕)「掘りごたつの予約客が僕の他に13人と15人で2組居ると言っていましたけど、15人のほうは僕のと同じ人数ですけど、そちらはどうしても掘りごたつでないと駄目なんですか?」
(店長)「あのー、小さいお子さんがいらっしゃるお客様ですので……」
必死に交渉するも状況は好転しない。しかし、トリガーでもない店長が懸命に心からの謝罪をしており、自分の職場で似たような経験を何度もしてきた僕は気の毒に思えてきた。とりあえずテーブル席への変更を了承した。
しかし、2日後の3月4日、改めてA店の下見に行った僕は愕然とするのだった。
僕は最初にテーブル席と聞いたとき、テーブルを3つほど横に繋げ、15人が2列になって向かい合うごく一般的な形式をイメージしていた。が、現実は違った。
これが下見で案内されたテーブル席の図である。5つのテーブルが分散して配置してある。流石にこれはマズイ。特に「○」の部分は完全に孤立しているではないか。
(店長)「掘りごたつのご希望には添えられませんでしたが、こちらでしたら当初よりも広い面積なのでゆったり座ることが出来るかと思います」
下見を終え外に出た僕は落ち着いて考え直した。面積の問題ではない。この配置では、サプライズのバースデーケーキを持ってきた時に、全参加者の視線を集中させるのは容易ではないし、その後の送別者へのプレゼント贈呈や手紙の拝読にも影響しかねない。
しかし、この時すでに開催まで2週間を切っていた。他の会場を押さえられる保証は無いし、もし押さえられたとしても、会場変更の案内を全参加者に送信しなければならなくなり、混乱も起こりうる。何より2回も下見に協力していただいたA店をキャンセルすることになってしまう。
だが問題はそこなのか。本当に大事なのは送別会を成功させることではないのか。もし余興が失敗したらそれはただの飲み会でしかなく、僕の負けということになる。2年前の悲劇が頭をよぎる。
<幹事の任務(10):2年前の追憶>
“ストレート”の送別会が開かれたのはもう2年も前のことだ。人と話すのが苦手な僕は参加を拒否したが、そんな僕でも出来ることは何かを考え、餞別としてのプレゼントを用意した。
会がある程度盛り上がってきたところで幹事から
「実は今日来れなかった僕さんからプレゼントがあります」
と言うサプライズ。しかも開けたらプレゼントだけでなく手紙まで入っている。
それを幹事が皆の前で読み上げ、拍手喝采。
感動の手紙に何人かは涙さえも流している。
そんな鉄板の流れをイメージし、事前に幹事にプレゼントを預けた。
現実は、手紙は回し読みされ、しかも全員2~3行しか読んでいなかったという。
挙句の果てに「手紙が長い」という批判や、「僕さんは一体何がやりたかったのか」という疑問まで飛び交う始末。
結局、その場に居る話し上手な人が会を盛り上げるのであって、コミュ障が手紙とかプレゼントとか小細工をしたところで勝てるわけがなかったのだ。
その数日後、僕は当時高校1年のB子にこんな言葉を残していた。
(僕)「人と話すのは得意ですか?」
(B)「いや、苦手です」
(僕)「頑張って得意になりましょう。人間は分かり合えない生き物です。この世の中、結局は話し上手な人が上手くやっていけるのです」
あれから2年間、同じ非リアとして僕は彼女を応援し、行く末を見守り続けてきた。本人は未だに話すのが苦手と言うが、いよいよ4月から社会の荒波に揉まれることとなる。僕はただの飲み会の準備をしているのではない。これは就職を前に不安を募らせるB子を前向きに送り出す為の会なのだ。
<幹事の任務(11):勇気を出して会場の変更>
もう迷いはなかった。その足で近くのチェーン店、B店にアポなしで訪問。
(僕)「突然すみません。飲み会の会場を探しているんですけど、掘りごたつの個室を見せてもらえますか?」
案内された個室は少し狭かったが、席の配置は僕の理想とほぼ合致していた。しかも現時点では送別会当日の夜はまだ空いており予約可能という奇跡。問題は金額で、飲み放題コースが3時間で一人4,000円とA店より500円高い。2時間半というのは無かった。
<幹事の任務(12):会費シミュレーション表の作成>
近くのマクドナルドに入り電卓をひたすら叩いた。会費が複雑になっており、普通の成年参加者は4,100円だが、発案者A男の希望により送別者のB子は無料で招待しなければならない。もう一人の主婦の送別者E子は2,000円、未成年参加者と遅れてくる人は2,300円。このうち成年参加者の会費を4,300円に値上げしても、僕の負担は高くなる。しかし、ホットペッパーのサイトで割引クーポンを見つけ、その負担も軽減できると判断し、マックの店内ですぐさま電話をかけB店を予約した。
こうして最悪の事態は回避できた。2時間半を3時間に延ばすのは僕としては不安だが、参加者にとってはプラスだろう。2016年3月4日、ピンチをチャンスに変えた日である。
<幹事の任務(13):最終調整>
勇気を出してA店に電話しキャンセルを伝えた。時すでに本番一週間前。気持ちを切り替え残りの準備作業を進めなければならない。バースデーケーキの予約、全参加者へのリマインダーの送信、座席表の作成、各種小道具の準備、プレゼントの購入、乾杯のあいさつカンペの作成、余興台本の修正、そして神社を参拝し成功祈願まで行った。
しかし、多忙な仕事の合間を縫っての準備作業は困難を極めた。結局、発声練習と台本読みリハーサル、手紙拝読リハーサル、副幹事との最終打ち合わせ、危険予知シミュレーション、場が盛り下がった時に備えての話題ネタ集めは出来ないまま本番当日を迎えてしまった。
(次回、完結編)
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