この世に存在する70億ものホモサピエンスは、ありとあらゆる方法で二つに大別される。男と女、大人と子供、サディストとマゾヒスト、平和主義者と軍国主義者、そしてリア充と非リア充だ。リア充とは三次元世界での生活が充実している人物を指し、それ以外の人物は非リア充となる。そして僕は非リア歴26年の26歳にも関わらず、リア充の軍団に紛れ込んでしまう事件が片手で数えられる程の回数は記憶に残っていた。
そのうちの一回は2012年10月5日、新宿の某所で起きた。
「お土産は?」
「全部食べちゃいました、てへぺろ(・ω<)」
「太りますよ?」
「失礼ですねもう(笑)」
「ホラこいつ、こういう所がキモイんだよ」
「おいキモイって言うなよ(笑)」
男女を意識せず、何でもかんでもしゃべり、周りは嘘でも笑って盛り上げ、多少失礼な発言も受ける側はネタとして受け止める。僕にはこういうものが無かった。九分九厘は黙り込み、聞き役として徹しているだけだった。イケメンでも無い男が乙女に対して「太りますよ」と発するなんて僕の中では冗談でも有り得なかったが、それすら許されるのが彼のキャラだった。これがリア充という名の薔薇色の世界。極度の人見知りで根暗の顔も気持ち悪い僕には永遠に縁の無い世界。そう思っていた。あの事件が起きるまでは。
<第二部:bridge>
「予定では来週の月曜にまたヘルプで来る予定なので、よろしくお願いします」
2012年9月12日深夜、僕はKSMにお土産を渡すだけの為にT店に来ていた。
「おお、ちょうど良かった。今度言おうと思っていたんだけど」
そこには部長も偶然居合わせていた。
「K店に新しく入った社員、エーット誰だっけ?」
「Iさんですか?」
「そうそう。彼女にK店を任せて、今後僕君には色んな店を回ってもらう事になると思うから。移動とか絡むとやっぱり体力的に男のほうが良いだろうし」
「ああ、それは全然良いですけど」
「とりあえず週の半分くらいはN店に行ってもらう事になると思う。あそこも今人が足りないんだよね」
それを聞いた僕は内心でガッツポーズを決めた。既に週2でT店の夜勤が入っている現状に更にN店のヘルプも加わる。となると自店のK店に居る事はほとんど無くなるのではないか。上司に理不尽に怒られる回数も格段に減るだろう。入社して5ヶ月、ついに僕はパラダイスを手に入れた。ここまで耐えてきて本当に良かった。新入社員のIにも感謝しなければならない。彼女が居なければこうはならなかっただろう。
そして、来週月曜にはまたT店ヘルプが控えている。KSMの期待を更に越えるには、今まで以上の仕事をしなければならない。前回2時間も早出してカップ麺の品出しまでやってしまったから、今度は4時間くらい早く出勤してウォークインの在庫の補充でもしちゃおうかな。KSMは更に驚き、飛び切りの笑顔も見せてくれるだろう。今から楽しみだ。その時僕は確かに幸せの頂点に居た。
しかし3日後、散々持ち上げられた僕は、アラフォー店長とマネージャーの会話を盗み聞きし絶望の底へ転落する事になる。
「S店の店長が飛んじゃって、急遽明日からIさんを送り込む事になったの」
「大丈夫なの?」
「イヤ解らないけど、もう彼女しか人が居ないから。家も近いし」
「で、僕さんのT店ヘルプが無くなっているけど」
「もう無理でしょこの状況じゃ。私もN店に行かなきゃならなくなるし、T店まで構っていられないわよ。もし電話来たらテメエらで何とかしろって伝えといて」
なんと、僕のT店へのヘルプ出勤が突然打ち切られた。あくまでも交通事故による自宅療養中のスタッフの代理であり、いずれは終わると腹を括っていたとはいえ、彼の復帰より前に違う理由で終わらざるを得なくなるとは、あまりにも理不尽すぎる。しかも、僕が週の半分は行く予定だったN店へのヘルプは交通費削減の為に自転車で通勤可能な店長が務める事になってしまった。来週から僕は元の週6自店勤務に戻る。話が違う。僕はパラダイスを手に入れたのでは無かったのか。幸運なのは店長とマネージャーの二重の魔の手から上手く逃れられたアラサースイーツIのほうではないか。何故5ヶ月も耐えてきた僕のほうが更なる不幸を背負わなければならないのか。元凶は突然辞職したS店の店長。今すぐ怒りをぶつけに行きたい、だが彼はもう僕の力では探し出せない。成す術はただの一つも無く、ただただ大人の事情に素直に従うのみだった。
『おーー、ありがとうございます(笑)』
即座にKSMの笑顔が浮かんだ。その笑顔を見る事は二度と出来ない。この現状を納得できる人は居るのだろうか。少なくとも僕は違った。
――このまま、終わらせたくない――
では、どうすれば良いのだ。
――第二章を始めちゃえば良いじゃない――
何も仕事の付き合いのみに留める義務は無い。序章が仕事だとするなら、進むべき次のステージ、第二章は“プライベート”。早出をしてまでKSMの分の作業を代わりに行い、その分だけ感謝されてきた僕は、僕に出せる最大限の力で序章をコンプリートしたつもりだった。ならばこれを機に、彼女とプライベートの付き合いを始めてしまえば良いではないか。
『月・水が僕さんと一緒で、金曜だけK君と一緒ですね』
『ああ、あの2人(一人はK)とはプライベートで良く飲んだりしているんですよ』
事実、あの時KSMと仲良く話していたKは一足先に第二章に突入している。
(何だよ……あんなに仲が良いなら付き合っちゃえば良いのに)
イヤ、Kを妬むだけでは何も始まらない。僕にもKSMと仲良くなる資格はあるはずだ。偶然にも僕は秋田のお土産として3000円もの吹きガラスのコップをKSMにプレゼントし、既に親交を深める下地は出来ている。
確かに僕はT店ヘルプが打ち切られ、絶望を味わった。だが、もしそれが僕の足を第二章へ踏み入れさせる為に神が仕組んだものだとするなら。リア充の仲間入りをするチャンスを与えてくれたものだとするなら。薔薇色の世界への橋を架けてくれたものだとするなら。
――渡るしかない――
(つづく)
そのうちの一回は2012年10月5日、新宿の某所で起きた。
「お土産は?」
「全部食べちゃいました、てへぺろ(・ω<)」
「太りますよ?」
「失礼ですねもう(笑)」
「ホラこいつ、こういう所がキモイんだよ」
「おいキモイって言うなよ(笑)」
男女を意識せず、何でもかんでもしゃべり、周りは嘘でも笑って盛り上げ、多少失礼な発言も受ける側はネタとして受け止める。僕にはこういうものが無かった。九分九厘は黙り込み、聞き役として徹しているだけだった。イケメンでも無い男が乙女に対して「太りますよ」と発するなんて僕の中では冗談でも有り得なかったが、それすら許されるのが彼のキャラだった。これがリア充という名の薔薇色の世界。極度の人見知りで根暗の顔も気持ち悪い僕には永遠に縁の無い世界。そう思っていた。あの事件が起きるまでは。
<第二部:bridge>
「予定では来週の月曜にまたヘルプで来る予定なので、よろしくお願いします」
2012年9月12日深夜、僕はKSMにお土産を渡すだけの為にT店に来ていた。
「おお、ちょうど良かった。今度言おうと思っていたんだけど」
そこには部長も偶然居合わせていた。
「K店に新しく入った社員、エーット誰だっけ?」
「Iさんですか?」
「そうそう。彼女にK店を任せて、今後僕君には色んな店を回ってもらう事になると思うから。移動とか絡むとやっぱり体力的に男のほうが良いだろうし」
「ああ、それは全然良いですけど」
「とりあえず週の半分くらいはN店に行ってもらう事になると思う。あそこも今人が足りないんだよね」
それを聞いた僕は内心でガッツポーズを決めた。既に週2でT店の夜勤が入っている現状に更にN店のヘルプも加わる。となると自店のK店に居る事はほとんど無くなるのではないか。上司に理不尽に怒られる回数も格段に減るだろう。入社して5ヶ月、ついに僕はパラダイスを手に入れた。ここまで耐えてきて本当に良かった。新入社員のIにも感謝しなければならない。彼女が居なければこうはならなかっただろう。
そして、来週月曜にはまたT店ヘルプが控えている。KSMの期待を更に越えるには、今まで以上の仕事をしなければならない。前回2時間も早出してカップ麺の品出しまでやってしまったから、今度は4時間くらい早く出勤してウォークインの在庫の補充でもしちゃおうかな。KSMは更に驚き、飛び切りの笑顔も見せてくれるだろう。今から楽しみだ。その時僕は確かに幸せの頂点に居た。
しかし3日後、散々持ち上げられた僕は、アラフォー店長とマネージャーの会話を盗み聞きし絶望の底へ転落する事になる。
「S店の店長が飛んじゃって、急遽明日からIさんを送り込む事になったの」
「大丈夫なの?」
「イヤ解らないけど、もう彼女しか人が居ないから。家も近いし」
「で、僕さんのT店ヘルプが無くなっているけど」
「もう無理でしょこの状況じゃ。私もN店に行かなきゃならなくなるし、T店まで構っていられないわよ。もし電話来たらテメエらで何とかしろって伝えといて」
なんと、僕のT店へのヘルプ出勤が突然打ち切られた。あくまでも交通事故による自宅療養中のスタッフの代理であり、いずれは終わると腹を括っていたとはいえ、彼の復帰より前に違う理由で終わらざるを得なくなるとは、あまりにも理不尽すぎる。しかも、僕が週の半分は行く予定だったN店へのヘルプは交通費削減の為に自転車で通勤可能な店長が務める事になってしまった。来週から僕は元の週6自店勤務に戻る。話が違う。僕はパラダイスを手に入れたのでは無かったのか。幸運なのは店長とマネージャーの二重の魔の手から上手く逃れられたアラサースイーツIのほうではないか。何故5ヶ月も耐えてきた僕のほうが更なる不幸を背負わなければならないのか。元凶は突然辞職したS店の店長。今すぐ怒りをぶつけに行きたい、だが彼はもう僕の力では探し出せない。成す術はただの一つも無く、ただただ大人の事情に素直に従うのみだった。
『おーー、ありがとうございます(笑)』
即座にKSMの笑顔が浮かんだ。その笑顔を見る事は二度と出来ない。この現状を納得できる人は居るのだろうか。少なくとも僕は違った。
――このまま、終わらせたくない――
では、どうすれば良いのだ。
――第二章を始めちゃえば良いじゃない――
何も仕事の付き合いのみに留める義務は無い。序章が仕事だとするなら、進むべき次のステージ、第二章は“プライベート”。早出をしてまでKSMの分の作業を代わりに行い、その分だけ感謝されてきた僕は、僕に出せる最大限の力で序章をコンプリートしたつもりだった。ならばこれを機に、彼女とプライベートの付き合いを始めてしまえば良いではないか。
『月・水が僕さんと一緒で、金曜だけK君と一緒ですね』
『ああ、あの2人(一人はK)とはプライベートで良く飲んだりしているんですよ』
事実、あの時KSMと仲良く話していたKは一足先に第二章に突入している。
(何だよ……あんなに仲が良いなら付き合っちゃえば良いのに)
イヤ、Kを妬むだけでは何も始まらない。僕にもKSMと仲良くなる資格はあるはずだ。偶然にも僕は秋田のお土産として3000円もの吹きガラスのコップをKSMにプレゼントし、既に親交を深める下地は出来ている。
確かに僕はT店ヘルプが打ち切られ、絶望を味わった。だが、もしそれが僕の足を第二章へ踏み入れさせる為に神が仕組んだものだとするなら。リア充の仲間入りをするチャンスを与えてくれたものだとするなら。薔薇色の世界への橋を架けてくれたものだとするなら。
――渡るしかない――
(つづく)
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