78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎新・無断欠勤少女物語(前編)

2013-08-17 07:45:54 | ある少女の物語
 ただの馬鹿な女子高生の話と言えばそれまでだ。しかし、2月の機種変更で生まれて初めて手中に納めたスマートフォンを有効活用しようとダウンロードしたテキストエディタのアプリを開き、4インチの液晶画面に親指で連打している自分がいるということは、心の何処かにこの話を簡単に片付けたくない想いが残されているのかもしれない。コンビニエンスストアで働き始めて5クールが経過しても未だに平社員を卒業できずにいる駄目駄目な僕が、駄目駄目駄目駄目な少女の為に何が出来るのか、悩み苦しんだ一部始終がここにある。



「少女さんを本採用する気無いんで、次来た時も酷かったらその場でクビ宣告しちゃってもいいから。もうそれぐらい酷いの」

 2013年6月某日。僕の配属店舗に異動してから4つの季節が一周した今でも健在のアラフォー女性店長が、僕の知る限り初めて匙を投げた。まだ2回しかシフトインしていない新人アルバイトの育成を放棄し、事実上僕に押し付ける形になったのだ。カピバラ以来の女子高生アルバイトが入ったとは聞いていたが、彼女とは対照的に駄目駄目の4文字、否、駄目駄目駄目駄目の8文字が当てはまると言って良いレベルにまで達していると言う。その弱冠15歳の少女とは具体的にどこまで酷いのか。


 数日後の6月13日、17時。普段は“2回し”の夕勤が、僕と少女を含め異例の4人体制でスタートした。最低限の人件費で最大限のクオリティを維持してきたこの店では有り得ない事だが、全ては少女に徹底した指導を施すために店長が決めたこと。

 少女は出勤時から様子がおかしかった。
「………」
「おはようございます」
「おはようございます」
 僕があえて数秒間だけ気付かないフリをしても、少女の口から挨拶は無かった。3回目のシフトインでこれである。僕の挨拶に続いただけまだマシと言えるのだろうか。

「雇用契約書です。次回の勤務までに保護者のサインをもらった上で提出して下さい」
「ハイ」
「まあ難しいこと色々書いていますけど、要は一ヶ月の試用期間で本採用に足るレベルにまで達していないと店長が判断した場合は、申し訳ございませんが……てなるってことです」

 そう、少女はまだ仮採用に過ぎない。しかも今のままでは本採用は絶望的。せっかく入った新たな仲間なのだから、残り3週間の試用期間で少女を何とか助けたい。

「まあ店長に何を言われたのか解りませんが、この仕事難しいことは無いんで。基本さえちゃんと、当たり前のことを当たり前にやっていれば大丈夫です」

 いよいよ、僕と少女の戦いが始まった。目標は少女をしっかり育て、諦めた店長を見返すことだ。

「外のゴミ箱の袋を変えてください。傘差しながらで良いんで」
「否、邪魔になるんで大丈夫です」
「肌荒れますよ?」
「大丈夫です、問題ないです」
 装備なしで雨に立ち向かう少女。何かがおかしい。事前に聞いていた情報ほどの酷さは見られない。
「いらっしゃいませ、こんばんは」
「いらっしゃいませ、こんばんは」
「良い笑顔です。それは僕には上手く出来ないことなんで、その笑顔を大事にしてください」
 真面目か不真面目かで言えば、真面目だと思う。彼女が駄目駄目であるという先入観が違和感の元凶だろうか。

 しかし、メッキは次第に剥がれていく。店長曰く彼女の最大の問題は「声が小さい」こと。

「もっと売場全体に聞こえるように声を出して下さい」
「腹から声を出して下さい」
「テレビに出ている芸能人と素人では声の聞こえ方が違うと思いません? 芸能人やアナウンサーは腹式呼吸で、素人は胸式呼吸だから前者のほうが声が出ているんですよ」
「僕が言っているんじゃなくて店長が厳しく言っていることなんで、本当にお願いします」

 何度言っても少女の声量は改善されない。それさえもクリアできないのであれば本採用の可能性は限りなくゼロに近いと察している僕は必死だった。
 しかも、課題は声量だけではなかった。ヘナヘナした歩き方、亀かと疑うほど遅い動き、疲労を隠そうとする気すら無い終盤のダルさ。少女にやる気が感じられない。

「何かね、すごく惜しいんですよ。頑張っているのかもしれないけど、傍から見てそれが感じられない。そりゃ店長も怒りますよ。せっかく頑張っているのならそれをアピールしないと勿体無いですよ」


(つづく)

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