東須磨小学校の教師達が教師に行った数々のいじめの内容がだんだんと
明らかになってきている。
この問題に対するネットの反応も大きく、いじめというより犯罪であるという
声や実名報道すべきだとか当該教師たちを人事異動ではなく免許剥奪や
懲戒免職にすべき・・・などの声も聞かれる。
この事件(?)は昨年から続いているというが、今年の6月に別の教師から
報告を受けた校長は事実を把握し、被害を受けた教師からも聞き取りをし、
暴力による体の腫れなども確認しているにも拘わらず、市の教委には報告も
しなかった・・・。
先生に憧れ、希望、目標でもあった先生と言う職業に就き、胸膨らませていた
若き教師がこんな形で体調を崩し、学校を休むとは・・・
主犯格の女性教師は校長からの信頼も厚く、「女帝」などと呼ばれ、教師たちは
その力を恐れ、いじめられた教師のことを報告することもできなかったという。
会見した校長はまるで他人事のように事実を報告し、『隠ぺいはなかった』
『認識が甘かった』などと無責任な発言。
このような人が校長をしているとはまったくもって情けない・・・過酷な勤務にも
意欲を持って向かっている熱意ある教師や子供たちが可哀そうである。
私たちが子供の頃は、僧侶や神官、警察官、学者、先生、公務員、宮大工、
大工の棟梁、刀鍛冶などの職業は他の見本ともなるべききちんとした
生活態度と言動で周囲の人々から親しまれ、尊敬のような念も持たれて
いたと思うし、本人たちも確たる矜持を持っていたと思う。
私の父も教師という職業に誇りを持ち、公私ともに決して非難されるような
行動はとらなかった。
その父の姿の何パーセントかは私にも継承され、私の行動にも影響を与えて
いるのではないかと思うことがある。
いじめた4人の教師たちは謹慎中だというが、厳重注意などでは人間の
本質は変わらないと思うし、このような人たちが教壇に立つということは
子供たちへの悪影響が考えられる。
校長を含め厳しい処分が必要なのではないだろうか。