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「煙草投げ捨て場面・・・春樹小説に『不適切表現』」(2月6日、読売新聞)
作家の村上春樹氏が月刊誌「文藝春秋」の2013年12月号に発表した短編小説「ドライブ・マイ・カー」に不適切な表現が在るとして、北海道中頓別町の町議6人が出版元の文藝春秋に対し、質問状を近く提出する事を決めた。
問題とされたのは、同町出身で東京で仕事をする24歳の女性ドライヴァーが、火の点いた煙草を車の窓から外へ捨てる場面。其れを見た主人公の感想を「たぶん中頓別町ではみんなが普通にやっていることなのだろう。」と描写している。
町議等は「中頓別町は地域の9割が森林と牧草地で、住民の防火意識は高く、煙草の投げ捨てを普通に遣る事は在り得ない。小説に表現の自由が在るとしても、此の過ちを見過ごす事は出来ない。」等として、出版社に対応を求めている。
文藝春秋編集部は「質問状が届いていないので、今の段階では何も答えられない。」としている。
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元記事のタイトルを目にした時には、「小説内で煙草の投げ捨てのシーンが登場し、『こういうシーンを描けば、(読む)子供達の教育に宜しくない!』という抗議なんだろうな。映画やドラマでもそういった抗議が在ったけれど、何か“言葉狩り”と似た感じで嫌。」という思いが。しかし内容を読み進めると、話は違っていた。
実際に存在する町名を挙げ、「其処の人達は皆、普通に煙草の投げ捨てを遣っているのだろう。」と登場人物に言わせるというのは、誤ったイメージを読者に与えてしまう危険性は確かに在る。「物語の中の話なのだから。」とか「登場人物の主観に過ぎないのだから。」といった“抗議を否定する声”が在るのも理解出来るけれど、「地域の9割が森林や牧草地で、住民の防火意識が高い。」という事を考えると、一概に「物語なのだから、此の程度の描写はOK。」と言えない気がする。
況してや「映画やドラマ、小説で取り上げられた場所に足を運び、登場人物達と同じ行動をする人が少なく無い。」ので、実際に中頓別町に行って、煙草の投げ捨てをする輩が現れないとは言い切れないし。
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「煙草『売りません。』 米薬局チェーン7,600店」(2月6日付け東京新聞【夕刊】)
米薬局チェーン大手のCVSケアマークは5日、煙草や関連製品の販売を全米7,600店舗全てで、10月1日迄に取り止めると発表した。全国規模のチェーンでは、初めての取り組みと言う。
決定を受け、オバマ大統領は「煙草関連の死や疾病、家族の苦しみを減らす政権の取り組みの手助けになる。」と称賛する声明を出した。
同社は年間20億ドル(約2,020億円)の減収になると計算しているが、ラリー・メルロ最高経営責任者(CEO)は「煙草製品の販売は、人々の健康を支える我々の目的と矛盾する。」とコメントした。
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ラリー・メルロCEOの「煙草製品の販売は、人々の健康を支える我々の目的と矛盾する。」というコメントは、薬局チェーンのトップとしては正しいと思う。薬局で煙草を販売するのは、好ましい事とは思わないし。
煙草大嫌い人間だけれど、だからと言って「喫煙を全面禁止しろ!」という思いは無い。喫煙しようがしまいが、其れは個人の自由だから。勿論、「喫煙禁止の場所では、絶対に吸わない。」や「歩き煙草や煙草のポイ捨てはしない。」等、決められたルールに則り、副流煙を非喫煙者に吸わせない事が大前提だが。
法律で喫煙や煙草の販売を全面禁止にするのは、決して良い事だと思わない。全面禁止にした所で、喫煙者は隠れて喫煙するだろう。「アメリカで禁酒法が施行された際、密造酒によりマフィアが強大化した歴史。」を考えれば、「喫煙や煙草の販売を法律で全面禁止すると、どういった事になるか?」は想像出来よう。
しかし、この「他人に迷惑をかけない限り」というのが難しく、自己の嗜好にこだわる人は往々にして「他人の迷惑に無頓着」というか、他人の迷惑より自己の快楽を優先する傾向が強いのも事実。
だから、嗜好品自体は法律で規制せず、他人に害を及ぼした場合は厳罰で挑むというのが妥当だと思いますが。
例えば強盗殺人に比べ、飲酒運転での死亡事故のほうが、はるかに罰が軽いようですが、これを改め飲酒運転自体は罪としないが、それによって死亡事故を起こした場合は無期懲役にするとか・・・過激ですかね。
殺傷事件や贈収賄事件に関しては、厳罰化の必要性を感じています。特に贈収賄事件の場合は、バレても“割に合う”から何度も同じ様な事が繰り返される訳で、割に合わないという厳罰化、例えば得た利益の数倍を罰金として支払う(支払えない場合は、刑務所に入れて労働させ、払える迄出さない。)という風にすれば、余程の輩で無い限り、贈収賄に関わる人間は減ると思うんです。
飲酒や喫煙でのトラブルに関しては、自分も法律で縛ると言うよりも、先ずは「そういった事でトラブルを起こすのは、凄く恥ずかしく、みっともない事なんだ。」という認識を広く浸透させる「啓蒙活動」をするのが良いと考えています。そういう認識が浸透し切れば、トラブルは減る方向に行くのではないかと。
何でも彼んでも法律で縛るというのは、社会から潤いを無くしてしまう懸念が在りますし。
北海道に限らず地方の郡部は平均年齢が高いですからどうしてもね。男性がタバコを吸わなければ一人前と思われなかった時代がホンの30年前まであったのだし。当時のテレビドラマをCSで見ると、喫煙とポイステはセットなんですよね。映画もそうだな。張り込みの刑事、チンピラヤクザ、中村雅俊のフーテン学生、皆やっています。雅俊は熱血先生になってからもやってるかもしれません。
私はスキー中の事故で歯を2本折ってインプラントした際に、喫煙を止める事になり、今に至っています。
しかし地方の飲み屋は分煙をいまだしていないことが多く、吸わない身になると結構辛いもんです。
ところで、ハルキさんは偏見強い人だという印象を彼の『旅行記』やエッセイを読んで感じましたよ。昔住んでいた船橋なんかボロクソでした。30年ぐらい前でもう時効だと思いますけど。あそこまで有名になる前のエッセイですが、船橋ってそんなにヤクザな場所なの、と船橋に行ったことのない読者は思いましたデス、ハイ。元農漁民、今兼業農家orトチ成金率の多い場所を結構嫌ったり、悪意ある偏見持って書いてる印象が。
昔の映画やドラマでは、普通に歩き煙草やポイ捨て等が描かれていました。今ではそういったシーンは余り見掛けなくなりましたし、時代なんでしょうね。
「喫煙する権利」はきちんと担保されるべきだし、同時に「副流煙を吸わされない権利」も同様。喫煙者は「吸って良い場所で、マナーに則って吸う。」、非喫煙者は「真っ当な喫煙者を排除しない。」というのが、大人の在り方。
村上作品って「IQ84」と「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の2つしか読んだ事が在りません。なので、偏見云々に関しては何とも言えないのですが、彼としては「此れ迄北海道を何度も訪れ、今回の小説も親近感を持って書いた。名前の響きが好きな為、『中頓別町』という地名をを使用した。」と、悪意は無かった様です。唯、そうは言っても、今回のケースは「一寸、宜しくないな。」と思うし、「(町議からの抗議は)心苦しく残念。単行本では、町名を変える。」という同氏の判断は、止むを得なかった気がします。
経費として使っている国および地方自治体。
北海道中標津町の町議会議員のみなさんが
村上春樹氏に問題のシーンを書かれたのは
よほど腹に立ったのでしょう。
20代女性ドライバーの煙草のポイ捨てシーン
確かに小説やドラマの中でとりあげるのは
あまり好ましくはないですよね。
米国の大手薬局チェーンが煙草販売しない
大英断ですよね。
日本のドラッグストアもこういう米国の薬局チェーン
見習うべきですよね。
某日本の大手薬局チェーンに行くと
いまもたばこをカートンで買うお客さん
見ますからね。
こういうお店やスーパー、コンビニなどは
国や地方自治体にたばこ税
収めるよう義務化、義務付けされてるから
仕方ないのでしょうけど。
「フィクションの世界だったら、どんな描写でも構わない。」となってしまうというのは違うと思うのですが、“縛る部分”は極力少ない方が良いでしょうね。今回のケース、実際に当該作品を読んでいないので何とも言えないのですが、飽く迄も「登場人物の主観」で在るのが、判断に迷う所。キャラクター設定上、そういう台詞を吐かせるのがピタリ来る場合も在るだろうし、そう言わせる事で、逆に「事の悪質さ」を読者に認識させる場合だって在るだろうから。
我が家の前の歩道には、良く煙草の吸殻がポイ捨てされていて、凄く迷惑。美観も在るけれど、犬を散歩させる際、誤って口にしないか心配というのも大きいです。