「もし墜落したら、生存出来る可能性は著しく低い。」という恐怖心も在ったが、何よりも御金が無かった為、社会人になる迄飛行機に搭乗する事は無かった。しかし「仕事柄海外に出張する機会も多いだろうし、このままじゃあまずい。」という思いが在り、社会人になってから初めて飛行機に搭乗し、その行き先は海外。幼少時持っていた「海外なんて金持ちが行く所。」という思いは流石にその頃には無くなっていたけれど、それでも「海外は一定年齢になって行く所。」という思いが漠然と在った。
それから出張で何度か海外に行ったけれど、或る時宿泊先のホテルで大勢の高校生が居るのに出くわした。瞬間的に思ったのは、「高校生で海外旅行なんて、何と生意気な。」と。「海外旅行の費用も格段と安くなり、下手に国内を旅行するよりは安かったりもする。」というのは、頭で重々判ってはいたのだけれど。今でも「大型連休時に、子供が海外旅行に向かうニュース映像」を見ると、同じ様な思いが湧いてしまう。
時の流れと共に、世の中の多くの出来事は変化して行く。一般的な価値観もそうだ。「今時、若くして海外旅行なんて普通さ。」と脳裏で囁く自分が居る一方、それよりも大声で「何と生意気な。」と叫ぶ自分も居るのだから厄介だ。
この様に、他の人からすれば「理不尽な言い掛かりだ。」とか「何と古臭い考え方なのだ。」と思われるで在ろうけれど、どうしても自分としては「何と生意気な。」と思ってしまう事って、結構在るのではないだろうか。
そこで皆様にズバリ聞きます!「理不尽な言い掛かりとか古臭い考え方と他者から思われるのは判っていても、ついつい『何と生意気な。』と思ってしまう事って在りますか?」真剣に云々とかでは無く、あくまでも笑える範囲での話という事で挙げて貰えると幸いだ。
それから出張で何度か海外に行ったけれど、或る時宿泊先のホテルで大勢の高校生が居るのに出くわした。瞬間的に思ったのは、「高校生で海外旅行なんて、何と生意気な。」と。「海外旅行の費用も格段と安くなり、下手に国内を旅行するよりは安かったりもする。」というのは、頭で重々判ってはいたのだけれど。今でも「大型連休時に、子供が海外旅行に向かうニュース映像」を見ると、同じ様な思いが湧いてしまう。
時の流れと共に、世の中の多くの出来事は変化して行く。一般的な価値観もそうだ。「今時、若くして海外旅行なんて普通さ。」と脳裏で囁く自分が居る一方、それよりも大声で「何と生意気な。」と叫ぶ自分も居るのだから厄介だ。
この様に、他の人からすれば「理不尽な言い掛かりだ。」とか「何と古臭い考え方なのだ。」と思われるで在ろうけれど、どうしても自分としては「何と生意気な。」と思ってしまう事って、結構在るのではないだろうか。
そこで皆様にズバリ聞きます!「理不尽な言い掛かりとか古臭い考え方と他者から思われるのは判っていても、ついつい『何と生意気な。』と思ってしまう事って在りますか?」真剣に云々とかでは無く、あくまでも笑える範囲での話という事で挙げて貰えると幸いだ。
最近の高校生の修学旅行もかなり海外が増えていますよね。日本語もしっかり話せない子が多くなっているのに、どうなんだろうか?とちょっと思ったり。
自分の国の良さを知った上での海外経験は、より自分の国を思い、他国との違いや他国の良さなどを知る大事な経験になると思いますが・・・・。
時代は変わっているから、仕方ないのかも知れませんね。そういえば、去年の夏休み、ちびこの幼稚園でもハワイに行った子が何人かおりました。
根が短気なものですから、一寸した事でイラッと来てしまう自分。マヌケ様の温厚さを見習わなければと感じてしまう次第。この瞬間湯沸かし器的な気質で、これ迄に何度後悔をした事か・・・。
自分の場合、「俺は社会人になる迄、海外旅行なんか出来なかったのに。」という僻みの思いが一番なのは間違い在りません。
若い頃から様々な経験をする事で知識が深まり、人間的に大きくなれる“可能性”は在りますから、幼少時の海外旅行も悪くは無いと思うものの、それなりの目的意識が無いと、“身”に付く物が少ない(乃至は無い)のも確か。「海外も良いけれど、先ずは自身の住んでいる所の良さを知って欲しい。」というのも在りますね。
「修学」が主目的ならば、安易に海外を選ぶのには反対ですね。
自分が初めて“生で”外国人の姿を見たのは、小学校の中学年の時でした。クラスに外国からの転校生が来た際ですが、当時は街中(大きな街では別でしょうが。)で外国人の姿を見掛けるなんて事は稀有でしたね。今は普通に見掛けるのですから、子供達が海外旅行をするのも時代の流れと言えるのでしょう。
「修学」という意味に於いては、目的意識が全く無いままに海外に行かせるというのは、自分もどうかと思う所は在ります。又、人間の充足感って際限が無い物ですから、若い内から当たり前の様に海外に行ってしまうと、海外に行く事の重要さがどんどん麻痺してしまう可能性も懸念します。自分の場合、大人になってやっと行けたからこそ、その時の感動はかなりの物だったし。
ガキの茶髪だって、俺の子供のときにだってパーマかけてきた奴いたじゃないか(母親が美容師だった)。
俺の仲良かった同級生が中卒でトラック野郎と知ったときのあの馬鹿にしたセリフ、あんなに腹が立ったのに、大学名で人を選別するあのババに殺意を感じたことすらあったのに。
○エグザイルを見てイライラする。
コウダクミに「●sのくせに」と思ってしまう。そのファンも見下しがち。
でも25年前の自分を考えろ。天井に某アイドルのポスター貼ってたの誰だ。
ついついYAZAWAのタオル買ったの誰だ。
2つ共、思い当たる節の在る話です。ジャニタレやAKB48等にキャアキャア言っている若い子達を目にすると、「そんなに騒ぐ事かねえ・・・。」と思うものの、そんな自分も幼少期にはピンク・レディーのでかい写真パネルを夏祭りで購入し、部屋に飾っていたりしたのですから。
今は亡き沖田浩之氏の曲「E気持ち」(http://www.youtube.com/watch?v=W9CCh6ZS_3s)に、次の様な歌詞が在りましたね。大人は嘗ての自身の姿を、兎角忘れてしまい勝ちなもの・・・。
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常識なんてぶっ飛ばせ
仲間同士さ手を貸すぜ
大人は昔の自分を忘れてしまう生き物さ♪
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先日、イギリスの「メディカル・リサーチ・カウンシル」が「55歳前後の男女1,145人を、20年間追跡調査して行った研究」に付いて発表していました。それによると心臓病リスク要素のワースト5」の内1位は喫煙、4位は高血圧、5位は運動不足との事。これは何となく判るのですが、2位はIQの低さ、4位は低所得というのは一瞬「え?」という感じが。「IQが低い。→健康に無頓着になり勝ち。」、「低所得→健康に良いか悪いかという観点からの食糧購入がし難い。」という事なのかなあと、暫し考えて関連付けらしき事はしたのですが、家庭の経済力が子供達の健康面や学力面等、その後の人生を大きく左右するというのは確かに在ると思います。
一般社会に出れば、辛い事は山程在る。理屈が通らない事も同様。勿論、楽しい事も少なからず在る訳ですが、自分の幼少時を思うともっと楽観的に過ごしていた様に思うし、そういう意味では今の子は可哀想に感じます。