普段はネタバレに細心の注意を払って記事を書いているけれど、今回はネタバレの部分が結構在る。記事を書く上で、どうしても避けられなかったからだ。其の点を理解して戴いた上、読んで欲しい。
先日終了したTVドラマ「罠の戦争」【動画】。主演は草彅剛氏が務めていたのだけれど、彼が主演を務める“連続物”のTVドラマを見るのは、恐らく初めての事だった。「息子を瀕死の重体に追い遣った事件の犯人と、其れを隠蔽し様とする国会議員への復讐に燃える議員秘書(草彅氏)の姿を描いた作品。」で、「正義感に燃える男が、強大な敵に立ち向かう為に必要な権力を求める。そして、其の権力を使って己が信じる正義を遂行するが、軈ては“権力を行使する快感”に呑み込まれて行き、気付いてみれば“自分が嫌悪していた者達”と同じ事をしていた。」という良く在るパターンの内容では在るのだけれど、どんでん返しに次ぐどんでん返しが設けられており、中々面白かった。「倒した筈の強大な敵が、最後の最後には再び力を持ち始める。」事を匂わせ、「結局は、何も変わらなかったのか・・・。」と感じてしまう、何とももやもや感が残る結末だったが。
話は変わるが、先日、CS放送の「日本映画専門チャンネル」で、黒澤明監督の「生きる」【動画】が放送された。1952年に公開されたモノクロの日本映画で、名作として名高い作品だ。映画好きを標榜し乍ら、実は洋画をメインに見続け、日本映画の名作はそんなに見て来ていない自分(giants-55)。黒澤作品で言えば、実際に見たのは「七人の侍」【動画】と「影武者」【動画】、そしてもう1作品だけ。其のもう1作品が実は「生きる」で、初めて見たのは20代になって直ぐの頃だったか。もうウン十年も前の事だが、強烈なインパクトを与えられた作品。3作品しか見ていない黒澤作品の中で、自分は一番好き。
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市役所の市民課長・渡邊勘治(志村喬氏)は、29年11ヶ月無欠勤の模範的な役人だったが、或る日、自分が胃癌に冒され、余命少ない事を悟る。彼は己の半生を振り返り、如何に無為な日々を送って来たかを痛感。残された日々を、本当に市民の役に立て様と、市民が望む公園建設の為に情熱を注ぐ。
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「生きる」が公開された当時の日本では、「定年の年齢=55歳」という感じだったと思う。主人公・渡邊勘治の年齢は作品内で明らかにされていないけれど、恐らくは50歳過ぎ(昔の人に概して言える事だが、志村氏の見た目はもうすっかり“御爺さん”という感じ。)で、定年が間近な存在という設定だろう。そんな年迄生きて来た彼が、「胃癌で、余命は少ない。」と医師から診断され、己の半生を振り返る。「妻を若くして亡くし、男手一つで息子・光男(金子信雄氏)を愛情深く育て上げるも、光男夫婦からは邪険にされている現実。」、そして何よりも「書類に判子を押し続けるだけの様な、『何もしない事こそが大事なのだ。』といった役人としての無為な日々を送って来た事実。」に愕然とさせられる。
作品の最初で、「劣悪な環境で放置されている土地を、子供達が遊べる公園にして欲しい。」と市民課に陳情する主婦達が登場する。市役所内のみならず、政治家にも案件を“盥回し”され続けた挙句、再び市民課に行く様に指示される彼女達は、遂に怒りが爆発してしまうのだが、「今も昔も、盥回しをする役所というのは変わらないなあ。」と苦笑してしまった。
で、己が短い余命を知った勘治は、「“生かされているだけの日々”を続けて良いのだろうか?」と疑問を持ち、今迄自分がして来なかった“享楽的な生活”を数日送るのだが、満たされる事は全く無かった。そして、「“生かされているだけの日々”では無く、“人の為に生きる日々”をし様。」と思い立ち、公園建設に向けて尋常では無い情熱を注ぐ様に。
勘治の情熱が実を結び、市民が望んだ公園は完成。胃癌と診断されてから約5ヶ月後の夜、完成した公園のブランコを漕ぎ乍ら、雪が降る中で亡くなった彼。ブランコを漕ぎ、「ゴンドラの唄」【歌】を歌っている場面は、余りに有名だ。
勘治の通夜の席で、市役所の同僚達が、亡くなる約5ヶ月前からの勘治の様子を語り始める。「無気力だった彼が、一転して公園建設に情熱を注ぎ始め、頭の固い役所の幹部等を相手に粘り強く働き掛け、時にはヤクザ者からの脅迫にも屈する事無く、遂には市民の願いだった公園を完成させた。」事に付いて、「他部署の縄張りを侵す、“分”を超えたとんでもない行為だ。」と口々に批判する彼等(中には勘治を評価し、擁護する者も居たが。)だったが、「公園建設の為に奔走してくれた勘治に感謝し、焼香に訪れた市民達が泣き崩れる姿。」を眼前にし、気まずさから退出して行く。
残された市民課の同僚達が、次々と“本音”を吐き出して行く場面が印象的。実は彼等も常日頃から、所謂“御役所仕事”には疑問を感じており、だからこそ“勘治の変貌”を高く評価し始めたのだ。千秋実氏演じる野口は、事勿れ主義の象徴の様な存在だが、彼の「彼所(市役所)は、何もしちゃいけない所なんだからね。何も遣らない事以外は、過激行為なんだから。僕等、何かしてる様な顔して、何もしないより仕方無いよ。」という言葉が、彼等の“慙愧の念”を強く感じさせた。
自分達がして来た“御役所仕事”を、口々に批判した市民課の者達。そして、通夜の翌日、彼等は業務に戻るが、遣る事は“従来通りの御役所仕事”だったというのが、冒頭で記した「罠の戦争」の結末、即ち「結局は、何も変わらなかった。」というのと通じていて、何とも皮肉だ。
【志村喬氏】
渡邊勘治を演じた志村喬氏は、当時47歳。猫背でとぼとぼ歩いたり、息も絶え絶えに嗄れ声で話す姿は、とても実年齢には見えない。今時の“後期高齢者”でも、もっと雰囲気は若いだろう。胃癌の診断を受ける前の彼は無気力其の物だけれど、残り少ない余命を知ってからの彼は、動く姿こそ変わらないものの、目を含めた表情がガラッと変わる。ヤクザ者から脅迫された際、穏やかに、でも不気味さをも感じさせる笑顔を浮かべる場面。そして何よりも、「ぎょろっとした目を大きく見開き、瞬きを一切する事無く、涙を浮かべて『ゴンドラの唄』を歌い続け、ブランコを漕ぐ場面。」は、鬼気迫る物を感じた。
1年後に公開された映画「七人の侍」にも出演された方々が、「生きる」には少なからず出演されている。志村喬氏を始めとして、木村功氏や加東大介氏、千秋実氏、宮口精二氏、藤原釜足氏、左卜全氏といった“黒澤組”の常連達だ。
恥ずかしい話だが、今回初めて知ったのは、「勘治の息子・光男役を演じていたのが金子信雄氏だった。」という事実。映画「『仁義なき戦い』シリーズ」【動画】での山守義雄役【動画】等、癖が強い毒々しい役所が印象的な彼なので、そういう雰囲気が全く感じられない光男役は、実に新鮮な感じがした。
初めて見た20代の頃もぐっと来る物が在ったけれど、勘治と同じ定年間近となった今は、更にぐっと来る物が在る。「若い頃の“情熱”が、年齢を重ねる毎に“現実”を突き付けられて薄まり、流れに身を任せる様になってしまった。」事で、詩人・中原中也氏の詩「汚れつちまつた悲しみに」の様な思いが強いからこそ、若い頃よりも感情が揺すぶられるのだろう。
総合評価は星4.5個。
この「生きる」カズオ・イシグロ脚本で
イギリスでリメイクされました。
私はイシグロも好きな作家なので楽しみです。
今回の放送を見終えた後、CMでリメイク作品が公開される事を知り、「其れで、此のタイミングでの放送なのか。」」と合点が行きました。理由はどう在れ、久方振りに「生きる」を見られたのは、本当に良かったです。
志村喬氏、自分は世代的に彼の晩年の演技をリアル・タイムで見て来ましたので、(20代初めの頃に見た)“モノクロの世界での彼”は、一味も二味も違った物が在りました。特に印象的だったのは、記事でも書いた“目力”。一度見たら忘れられない、正に“生きた目”。
ネット上の評価を見ていると、「志村氏のもごもごとくぐもった声が、何とも聞き辛い。」という書き込みが在りました。確かに彼の声はそういう所が在りますけれど、其れが個性に成り得ていますし、何よりもそんな些末な事を忘れてしまう程、演技の凄みが在る。
同じ作品でも、見た時の年齢によって、異なる感じ方をするって事在りますよね。若い頃は凄く感動したのに、年齢を重ねてから見ると、「何で、昔はあんなに感動したんだろう?」と思ったりする事も。此の「生きる」に関しては、若い頃も心揺さぶられたけれど、アラ還の年齢になった今は、より心が揺さぶられる。本当に名作です。
イギリス・リメイク版「生きる LIVING」観て来ました。
黒澤明監督版があまりにも見事な傑作なので心配したのですが(映画史に残る名作のリメイクは大抵失敗してます)、思った以上によく出来ておりました。カズオ・イシグロの脚本が、黒澤版をほぼ忠実にトレースしながらも、イギリス風土に合わせてうまくアダプテーションされていて、やはりラストではジーンと来てしまいました。さすがはノーベル賞作家です。観て損はないでしょう。
しかし黒澤版と比較すると、やはりオリジナルの方が各段に出来は上です。何度観ても、周到に練られた完璧な脚本、志村喬はじめ俳優たちの名演技には驚嘆させられます。
イギリス版との違いは、随所にユーモラスな笑えるシーンがある事と、後半の通夜のシーンの見事さですね。イギリス版は笑えるシーンが少なく、主人公が死んだ後は短くあっさりしてます。
黒澤版はDVD持ってますので映画観る前に再見したのですが、冒頭のたらい回しシーンがコントみたいで大笑いさせられますし、病院の待合室で渡辺篤扮する男が「医者が軽い胃潰瘍と言ったらガンだ」と言ったり、ガンの初期症状を説明したりする度、志村がビクッとなって後退りするやりとりも笑えます。そうやって観客が暗くならないよう配慮しているのでしょうね。
そして黒澤版の、配役の豪華な事、名優を惜しげもなく使ってます。医者役の清水将夫、木村功、ヤクザ役の宮口精二、加東大介はいずれもワンシーンのみ登場、助役に中村伸郎、市役所の課員に藤原釜足、田中春男、千秋実、左卜全、松竹から日守新一、公園課長に小川虎之助、志村を連れ回す小説家役に伊藤雄之助、そして陳情に来る主婦の中に菅井きんがいました。通夜に来る新聞記者の中に後にNHKドラマ「事件記者」で活躍する永井智雄の姿もあります。本当に昔はいい役者がいっぱいいましたね。
何度観ても、黒澤明監督作品は面白く、感動させられます。是非他の黒澤作品も観てくださいね。
「名作のリメイクと、漫画の実写化は外れが多い。」と良く言われます。“元の作品(オリジナル及び漫画)”思い入れが深ければ深い程、「こんなの駄目だ。」と思ってしまい勝なんでしょうね。自分も過去に、そういうがっかり感を何度も味わって来ましたし。
「「生きる LIVING」、正直言って「外れだろうなあ。」と思っていたのですが、そうでは無さそうで、興味が出て来ました。「観たい作品は幾つか在るけれど、映画館に足を運ぶ時間が中々作れない。」と言う状況なのですが、何とか時間を遣り繰りして観に行ってみようかなあと。
冒頭の盥回しの場面、質の良いコントですよね。癌の宣告を受ける前の“渡邊勘治”が、如何にも遣る気の無いキャラクターだけに、主婦達の“ごちゃごちゃ感”とのギャップが際立ち、大笑いしてしまいました。
以前記事でも書いたのですが、伊藤雄之助氏の怪優振りは結構好きで、此の作品でも良い味を出していました。
で、菅井きんさんが出演していたというのは吃驚!全く気付きませんでした。今度、確認してみたいと思います。
「子供の頃、観るのは洋画一辺倒だった。」のは、「洋画は贅沢に金を掛けた大作が多くて面白いけれど、邦画安っぽくてちまちました物が多く、詰まらない。」という“偏見”が在ったからです。でも、長じて邦画の魅力を知り、「邦画も良いなあ。」となった次第。見ていない黒澤作品は多く、今後見るのが逆に楽しみです。