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人はもう、創作らなくて良い。
人工知能(AI)が個人に合わせて作曲をするアプリ「Jing」が普及し、作曲家は絶滅した。「Jing」専属検査員で在る元作曲家・岡部数人(おかべ かずと)の元に、残り少ない現役作曲家で親友の名塚楽(なづか がく)が自殺したと知らせが入る。そして、名塚から自らの指を象った謎のオブジェと未完の新曲が送られて来たのだ。名塚を慕うピアニスト・綾瀬梨紗(あやせ りさ)と共に其の意図を追う内、岡部はAI社会の巨大な謎に肉薄して行く。
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逸木裕氏の小説「電気じかけのクジラは歌う」。此の変わったタイトルの作品は、人工知能が作曲の世界で大きな力を持ち、作曲家が“絶滅状態”に在る近未来を描いている。
週刊誌等を中心に、「AIが普及する事で、こんなにも人から仕事が奪われてしまう!」みたいな特集が良く組まれている。「単純作業のみならず、弁護士や医師といった専門性の高い仕事すらも、AIの普及によって、人が関わる必要性が大幅に減る。」なんて書かれたりしているのを読むと、「本当かいな!?」と思ってしまう。又、「単純作業で在っても、高額な投資をする程の“価値”が無ければ、人が関わり続けて行く可能性は高いのでは?」とか思ったりも。
「電気じかけのクジラは歌う」の世界では、作曲家が絶滅状態に在るのだけれど、色々考えさせられる話では在った。「人は数多くの曲を生み出して来たが、“限られた音”を使っている事から、大なり小なり過去の曲の模倣になってしまう面は否めない。だったら、作曲家に曲を作らせるのでは無く、過去の曲や其れ等から受ける人の感情をAIに徹底的に分析させ、そして“新しい曲”を作らせた方が、効率的で安価で在る。」という発想も、当然出て来るだろう。
此の手の作品だと、「ああだこうだ言っても、結局はAIよりも人の方が優れているのだ。」といった感じの安直な結末に持って行かれ勝ちだけれど、「電気じかけのクジラは歌う」は必ずしもそういう安直な結末では無い。「人」と「AI」、其れ其れの優位性を示した上で、後は読者の判断に委ねている様な気がする。
技術的な物も含め、小難しい用語や設定が多用されており、読む人によっては面倒臭さを感じるだろう。自分もそんな1人で在り、此れ迄の逸木作品の雰囲気を期待していたので、少々違和感も在った。
総合評価は、星3つとする。
いくらAIが発達しても、しょせん人間の創造性や心理・情緒性には及ばない、と楽観している有識者もいるようですが、能天気な楽観主義にしか思えません。
人間の脳は現段階の人工頭脳に比べ、けた違いに能力が高いといっても、構成されている部品と密度が違うだけで、構造や原理は同じ。
いずれ「心」も情緒も獲得する日が来るでしょうし、個々に閉じ込められている人間の「脳」と違い、ネットワークで直に記憶容量も増やせる人工知能に、やがては追いつき追い越されるのは確実。
将来、人間に都合の良い「賢い奴隷」でいてくれるのか、人間をはかなげで頼りない者とみなして守ってくれる「保護者的存在」になるのか、それとも、「マトリクス」や「ターミネーター」のような世界が訪れるのか、だれにも分かりません。
ただ一つ確実と思われるのは、AIが生物を絶滅させ、自分だけを存在させる「大いなる孤独」を選択するとは思えないこと。
我想う、故に我存在せり・・・だとしても、孤独では存在自体の意味を問う事が出来ないし。
ひょっとしたら、「神は自らに似せてヒトを創った」と旧約聖書にあるように、自分の宇宙を創造するのかも・・・。
いや・・・飛躍しすぎました(苦笑)。
「絶対に在り得ない。」という事が、其れこそ「絶対に在り得ない。」様に、「AIがあらゆる面で、人を凌駕するなんて在り得ない。」とは言えないでしょうね。
オセロや将棋の世界でも、“天才達”を打ち負かす事が珍しく無くなって来ている様に、AIの進化は日進月歩以上のスピードを有している。
“人の感情”という物も、基本的な“コア”が在り、其の上で様々な“形”がくっ付いて構成されている訳で、様々な人の感情をAIが分析&応用する事で、限り無く人に近付くだろうし、“未来の人”に追い付くという形で、“今の人達”を追い抜く可能性も充分在り得るでしょう。
「AIが生物を絶滅させ、自分だけを存在させる『大いなる孤独』を選択するとは思えない。」、此れはそうで在って欲しいと願います。唯、「宿り主を“殺して”しまったら、自分自身も“死んでしまう”。」というのに、癌細胞は宿り主を死に到らせる迄、“拡張”しつづけている。人類自身もそういう愚かさを有しており、AIが感情を持つ事で“大いなる孤独”を選択してしまう危険性も、ふと頭を過ったりします。