インターネットで「或る目的の遂行」を呼び掛けを行い、其れに同調する不特定多数の人間が公共の場に集合し、目的を達成すると即座に解散する行為を「フラッシュ・モブ」と言う。渋谷駅前で突然集団ダンスが行われた(動画)りと、我が国でもフラッシュ・モブがチラホラ見受けられる様にはなったが、人様に迷惑を掛けない範囲での、微笑ましい内容の物で在れば全く構わないと思うのだが、近年では「特定の店舗から、集団で商品を強奪する。」呼び掛けが行われ、実際に大勢のアホが遂行するなんていう事態も起こり、こういうのは本当に不快極まり無い。
昨夜、TBSの報道番組「NEWS23」を見ていた所、「フラッシュ・モブ」ならぬ「キャッシュ・モブ」というのがアメリカで広がりを見せている事を知った。不勉強な身故、「キャッシュ・モブ」という用語すら知らなかったのだが、非常に意義深い行為と感じたので、一寸紹介してみたいと思う。
*********************************
「全米で拡大、店を“襲撃”し地域振興」(4月5日、MBSニュース)
突然集団で店に現れ店内の商品を次々に奪って行く人々。アメリカで多発している集団犯罪で、「フラッシュ・モブ犯罪」と呼ばれています。其のアメリカで今、新たに「キャッシュ・モブ」という行動が急速な広がりを見せています。一体何の様な物なのでしょうか。
客も疎らな未明のコンビニエンス・ストア、其処へ突如押し寄せる一団。手当たり次第に棚の商品を持ち去って行きます。ツイッターやフェイスブックといったソーシャル・ネットワークで襲撃計画を呼び掛け、不特定多数で店を襲い物を盗む「フラッシュ・モブ犯罪」と呼ばれる物です。
沢山の人が一斉に路上で動きを止めるパフォーマンス。一斉に起き上がり、手にした枕で御互いを叩き合う人々。此の様に、不特定多数の人間が突然集まって目的を達成すると、直ぐに解散する行為が「フラッシュ・モブ」の本来の意味合いです。其れを悪用した犯罪も在ったのですが、此れをヒントにした別の取り組みが広がりつつ在ると言います。
ニューヨーク・ブルックリンの小さな商店街に在る一軒の書店。店内は閑散としています。其処に突如現れた男女凡そ20人の集団。集団は次々と入店し、客も疎らだった店内は一変します。
「キャッシュ・モブが来たわよ。」(集団の参加者)
あっと言う間に小さな書店は鮨詰め状態に・・・。店員も思わず、カメラに驚きの表情を見せます。
同じ頃、隣のニュージャージー州のアイスクリーム・ショップ。閑散としていた店内が、沢山の親子連れであっと言う間に賑やかになりました。
「キャッシュ・モブです。」(発起人)
彼女が言う「キャッシュ・モブ」とは「フラッシュ・モブ犯罪」とは全くの別物で、草の根の地域振興運動の事を指します。発起人はソーシャル・ネットワークを利用して、集合場所と時間を特定。其処に集まった不特定多数の人々が商店街の1つの店を“襲撃”し、1人最低20ドル(約1,600円)買い物をするというのがルールです。
「56ドル40セント使いました。此処で御金を使えて嬉しい。」、 「ネットで買っていたかもしれない本を、地元で買えて良かった。」(参加者)
先程の書店は近くに大型店が進出して、経営が苦しくなった店。こうした場所で楽しみ乍ら、支援の手を差し伸べようというのが「キャッシュ・モブ」です。
「此の地域で御金を使う事は重要だと思います。沢山の御店が閉店するのを見て来ましたから。」(発起人)、 「こんなに混むのは、クリスマスの時位だよ。素晴らしい。次も待ってるよ。」(書店主)
去年始まった許りの取り組みは、急速に拡大。初の全米キャッシュ・モブ・デーも行われました。
草の根で全米に広がる「キャッシュ・モブ」、地域社会を大きく変える可能性を秘めています。
*********************************
同じ「集団で店を襲撃する。」のでも、こういった「キャッシュ・モブ」ならばウエルカム。6年前の記事「ゴースト・タウン化する大都市郊外」で振れた様に、近隣の商店街では閉店してシャッターを下ろした儘の店舗が増えつつ在り、古くから住む人間としては「何とかならないものか?」と寂しい思いをしていた。懐が寂しい身故、どうしても安く商品が購入出来る大型店舗に御金を落とす機会が多かったのだけれど、近年は出来るだけ地域の店舗で購入する様にしている。実に細やかな支援だが、「日本でもこういうキャッシュ・モブが大きなムーヴメントとなり、大型店舗と地域の商店街が共栄共存出来れば良いな。」と思う。
・「その店の前を通るときに、その店と同業の他店の商品をそれとわかる形で持たないように(ただし、ショッピングモールや同業者街はOK)」
・「その店の価格設定がリーズナブルとは言えないような場合、普段は安い量販店で買っても、数回に一度あるいは節目の日にはその店で買う、または毎回必要量の何割かはそこで買うといった工夫をすべし」
といった教えを受けてきました。高校入学時に靴を地元の店ではなくショッピングモール内の靴屋で買って、家族に叱られました。
確かに、「どこの商品を購入しようと自由だし、同業他店で買う場合もある」ということは店の人は百も承知。しかし、見知らぬ人ならともかく、知り合いが同業他社の商品をそれとわかる形で持ちながら店の前を歩くことに対して、不快感は感じないにしても、嬉しくはなく、その知り合いの店に行く頻度は、目立たないがじわじわと減ることもあるのは人情でしょうね。かといって、見とがめるようなことを言うのは無粋であるし、商売に携わる者として言うべきでないことと教えられました。
昨日の放送、You Tubeにアップされていましたので、其れをリンクしようかと思っていたのですが、著作権の関係で直ぐに削除されてしまっていました。で、其処のコメント欄に矢張り「男気じゃんけんみたいですね。」との書き込みが在り、「男気じゃんけんって何だろう?」と思って調べた所、とんねるずの番組内での企画なんですね。(一般的に知られ始めた頃のとんねるずは結構好きだったのですが、身内弄りネタが余りに酷くなって来て、其れ以降は殆ど見なくなりました。
「金の無い人間に、強いて商品をごっそり買わせる。」というので在れば別ですが、「金を持った人間が男気を出して。」というのならば、中々面白い発想。
昔のコミュニティーでは、大なり小なりぷりな様が書かれている様な「互助意識」って在りましたよね。「一寸値段は張るけれど、近所で買って上げようか。」という感じが。其れがコミュニティーの崩壊や収入減等が重なって、そういう意識がどんどん希薄になってしまった。「孤独死」が社会問題化する中、コミュニティーの再構築という意味でも、今回の様な行動(運動)は意義深いのではないかという気がします。