*********************************
文芸編集者に憧れ、名門と言われる老舗の出版社「千石社(せんごくしゃ)」に入社した新見佳孝(にいみ よしたか)。配属されたのは希望する文芸部門では無かったものの、日本を代表する時事ネタ満載の週刊誌「週刊千石」の編集部という事で、晴れがましさを感じ乍ら、来るべき文芸部門への異動に備え、頑張って来た彼だったが・・・。
入社3年目の彼が受けた異動辞令は、何とローティーンを対象にしたファッション誌「ピピン」の編集部。一般的な知名度どころか、社内での知名度も高くは無いが、女の子の憧れが詰まったピピンは、ローティーンからの絶大な支持を得ている。しかし、同誌に取り上げられているファッションやグッズは、佳孝の目からすると「甘く」て「チープ」で「けばけばしさ」しか感じられず、島流しに遭った様な思いの佳孝は「こんな仕事、遣ってられるか。」と腐ってしまう。
*********************************
元書店員という経歴を持つ作家・大崎梢さん。彼女の作品は何冊か読んで来たが、「本」や「書店」に纏わる小説は、実にリアリティーが在って面白い。今回読了した小説「プリティが多すぎる」は、冒頭の梗概でも記した様に、「文芸編集者に憧れを持つ若者が、全く意に沿わない部署に異動となり、不満や戸惑いを感じ乍らも、悪戦苦闘して行く姿。」を描いている。
不本意な異動に対する苛立ちと共に、「何年か我慢すれば、文芸部門に異動出来るかもしれない。」と淡い期待を抱えつつ、佳孝は自らのプライドから「仕事を熟して行こう。」と頑張る。しかし彼がピピンという雑誌を軽んじている雰囲気は、同編集部の同僚のみならず、仕事を共にするカメラマンやスタイリスト、少女モデル達にも伝わってしまう。
仕事を熟して行く中で、佳孝は幾つかの失敗を経験。其の事で、自らが軽んじていた雑誌に関わる人々が、如何に此の雑誌を愛し、自身の仕事にプライドを感じているかを思い知らされる。
文芸部門で成果を挙げて行く先輩や後輩を目にし、焦りを覚えていた佳孝が、馬鹿にしていた雑誌の編集部で働く中で、少しづつ変化して行く。最後の方で彼が口にする言葉が、胸に突き刺さった。
「去年の春、異動になってすぐの頃、編集長に言われたんです。『君が商店街の真ん中に店を出すとする。残念だがどんな店にしたところで、三ヶ月も持たないだろうね。』って。今ならその意味がわかるような気がする。なんでも本気で取り組んでこそ、見えてくるものがあるんでしょうね。そこにいる人たちの気持ちや、顔のひとつひとつ。見えて初めて作り出せる。」
此の本の装丁はローティーン向けとは言わないが、ティーンエージャー向けと言って良い様な、其れこそ甘ったるさやキャピキャピ感を感じさせる物で、正直自分の様なおっさんが手に取るのは抵抗が在った。しかし中身は、「読んで良かった。」と思わせる内容。
順風満帆な儘、人生を終えられる人なんて、先ずは居ないだろう。誰しも大なり小なり、挫折という物を経験している(経験する)筈。意に沿わない就職先に決まってしまったとか、不本意な異動先に決まってしまったなんて事は、良く在る話だ。だからこそ、社会人になる前の若い人達には特に、此の小説を読んで貰いたい。気楽に読み進めるストーリーの中から、何かを感じ取れると思うから。
出版業界の裏事情も垣間見れ、其れも又興味深い。総合評価は星4つ。