前編からの続きであります
ひとしきり大迫ダム湖を覘いたり大迫地区の集落を確認したりして岩場を離れて本道へと戻ります
左へカーブして行くその先にまたも橋が出現 13:15
しかも深く抉られた斜面は谷になっており
加えて木製の橋!! 所長さん初め先頭の3、4人はスムーズに蟹の横ばいで渡れましたが
後はつるつる~~、恐いよう~~~!!
みけさんと上に回りこむルートは無いか探しますが崖崩れになってます、無理です
所長さんが「横になってゆっくりしっかり渡れば大丈夫♪」と言いながら手を差し伸べてエスコート
あのこわこわおばさんも難なく平気で渡られました
どうやら難所は乗り越えたようです
程なく伯母谷地区の集落に着きました
今ではこの先に3軒が暮らしておられるだけだそうです
地区の集会所で一つしかないトイレを順番に拝借します
扉が開いたので勝手に使用させていただきました、ありがとうございました
この地区のお寺もありましたよ
庭先から前方に青空とともに姿を現したのは
山ノ神~~~様!! 馬ノ鞍峰山~~~!! ♪♪♪
素晴らしい!! お~~い!!
引き寄せて~~~~♪
あ~シャクナゲの咲く頃また行きたいなぁ~~
憧れはとめどなく広がりて、、、、、、
そろそろゴールへ向けて下ります
川上村最南端の伯母谷地区の集落には立派な石垣とともに巨木がじっと皆を見据えています
大銀杏の木もこのトチの木も歴史の変遷を静かに見守ってきたのですね
杉の木も~~~!!
廃屋の庭先に蝋梅が咲きかけている
う~~んロマンの香り~~
あーーーーー青空を雲がーーーーーまたも隠すか、、、、
そして左に目をやると絶壁が見える
あの下に寄り添って集落の生活があったのですね
集落から生活道の舗装道路をきついヘアピンカーブを下って行くと前方に見えてきた
絶壁は先ほど覘いていた岩場です
暗くなって一歩間違えば・・・・・やはり危険と隣り合わせの街道です
下方に大迫ダム湖が近づいてきました
現国道169号線が畔を走っています
このような素晴らしい色合いを見せるのはそう多くないと所長さんは仰ってました
伯母谷トンネルが見えて国道に合流
本日の旧東熊野街道歩きのゴールです 14:10
旧国道はトンネルが出来るまで手前を左へ巻いていたのですね
国道へ合流する少し手前で見つけた小さな案内板
字が消えかけてはっきりしませんが「「橘 将監の墓」」とあります
何方なのでしょうか?
1.2キロほどと数字が見てとれますが降りてきた道すがら、お墓には気付きませんでした
宿題を課された気分でバスに乗り込みます
そして
風呂~ふろ~お風呂~♪
山登りではないので早々の下山で温泉へまっしぐら~
今日は杉の湯さんの浴槽の清掃日で夕方5時からしか利用できません
なので、上北山へ南下して橋を渡り
薬師の湯
上北山温泉へと向かいます
流れる川はもう熊野川の上流です
伯母峰あたりで分水嶺となり吉野川となって下市から五條へ
そして紀ノ川となって和歌山へ
逆にこちらは北山川となり池原ダムや七色ダムを経て紆余曲折しながら熊野川となり新宮市へ
時間はたっぷりあります
15:50 出発です
露天風呂にまったり浸かり、道中雪解け水のシャワーを浴びて冷えた身体を温めます
ここはアメニティがボディソープだけだったのを忘れてシャンプー、リンスを持参しませんでした
そこは抜かりなく、みけさんのを半分以上せしめてシメシメでした
帰りの車中はぐっすりと、と言うのはアサハカでした
隣のオバサマとしゃべりにしゃべって所長さんに
さっきの「「橘 将監」」てどんな人なんでしょうか?と質問を浴びせます
さて、どんな人なのか知りませんので帰ったら調べておきます
ひょっとしたら天誅組に関係ある方かも???????
ほんの少し居眠っただけで橿原神宮駅に着いたときはまだ明るく
阿部野橋行きの電車を待ちます
特急は行ってしまったようなので、みけさんも急行で一緒に帰ります
阿部野橋で其々の地下鉄に乗るために別れます
19:50 家に着き
到着とお礼のメールをみけさん宛に送信
程なく到着の返信あり
今日もすこぶる楽しい歩きが出来ました
みけさん、奈交の皆さんご一緒してくださりありがとうございました
また次回も楽しい山歩きにお連れくださいね~~~
終わります
rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr
あ、帰ってから調べた「「橘 将監」」様は以下の方のようです
ちょっとお借りしてきました、ゴメンナサイ(多分、川上村の資料だったと思います)
後南朝の滅亡の時代の方のようですね~~~
歴史は不思議~~奥が深~~い
またそのうちに復習するか
否、絶対しないと思います
((ではね~~))
ひとしきり大迫ダム湖を覘いたり大迫地区の集落を確認したりして岩場を離れて本道へと戻ります
左へカーブして行くその先にまたも橋が出現 13:15
しかも深く抉られた斜面は谷になっており
加えて木製の橋!! 所長さん初め先頭の3、4人はスムーズに蟹の横ばいで渡れましたが
後はつるつる~~、恐いよう~~~!!
みけさんと上に回りこむルートは無いか探しますが崖崩れになってます、無理です
所長さんが「横になってゆっくりしっかり渡れば大丈夫♪」と言いながら手を差し伸べてエスコート
あのこわこわおばさんも難なく平気で渡られました
どうやら難所は乗り越えたようです
程なく伯母谷地区の集落に着きました
今ではこの先に3軒が暮らしておられるだけだそうです
地区の集会所で一つしかないトイレを順番に拝借します
扉が開いたので勝手に使用させていただきました、ありがとうございました
この地区のお寺もありましたよ
庭先から前方に青空とともに姿を現したのは
山ノ神~~~様!! 馬ノ鞍峰山~~~!! ♪♪♪
素晴らしい!! お~~い!!
引き寄せて~~~~♪
あ~シャクナゲの咲く頃また行きたいなぁ~~
憧れはとめどなく広がりて、、、、、、
そろそろゴールへ向けて下ります
川上村最南端の伯母谷地区の集落には立派な石垣とともに巨木がじっと皆を見据えています
大銀杏の木もこのトチの木も歴史の変遷を静かに見守ってきたのですね
杉の木も~~~!!
廃屋の庭先に蝋梅が咲きかけている
う~~んロマンの香り~~
あーーーーー青空を雲がーーーーーまたも隠すか、、、、
そして左に目をやると絶壁が見える
あの下に寄り添って集落の生活があったのですね
集落から生活道の舗装道路をきついヘアピンカーブを下って行くと前方に見えてきた
絶壁は先ほど覘いていた岩場です
暗くなって一歩間違えば・・・・・やはり危険と隣り合わせの街道です
下方に大迫ダム湖が近づいてきました
現国道169号線が畔を走っています
このような素晴らしい色合いを見せるのはそう多くないと所長さんは仰ってました
伯母谷トンネルが見えて国道に合流
本日の旧東熊野街道歩きのゴールです 14:10
旧国道はトンネルが出来るまで手前を左へ巻いていたのですね
国道へ合流する少し手前で見つけた小さな案内板
字が消えかけてはっきりしませんが「「橘 将監の墓」」とあります
何方なのでしょうか?
1.2キロほどと数字が見てとれますが降りてきた道すがら、お墓には気付きませんでした
宿題を課された気分でバスに乗り込みます
そして
風呂~ふろ~お風呂~♪
山登りではないので早々の下山で温泉へまっしぐら~
今日は杉の湯さんの浴槽の清掃日で夕方5時からしか利用できません
なので、上北山へ南下して橋を渡り
薬師の湯
上北山温泉へと向かいます
流れる川はもう熊野川の上流です
伯母峰あたりで分水嶺となり吉野川となって下市から五條へ
そして紀ノ川となって和歌山へ
逆にこちらは北山川となり池原ダムや七色ダムを経て紆余曲折しながら熊野川となり新宮市へ
時間はたっぷりあります
15:50 出発です
露天風呂にまったり浸かり、道中雪解け水のシャワーを浴びて冷えた身体を温めます
ここはアメニティがボディソープだけだったのを忘れてシャンプー、リンスを持参しませんでした
そこは抜かりなく、みけさんのを半分以上せしめてシメシメでした
帰りの車中はぐっすりと、と言うのはアサハカでした
隣のオバサマとしゃべりにしゃべって所長さんに
さっきの「「橘 将監」」てどんな人なんでしょうか?と質問を浴びせます
さて、どんな人なのか知りませんので帰ったら調べておきます
ひょっとしたら天誅組に関係ある方かも???????
ほんの少し居眠っただけで橿原神宮駅に着いたときはまだ明るく
阿部野橋行きの電車を待ちます
特急は行ってしまったようなので、みけさんも急行で一緒に帰ります
阿部野橋で其々の地下鉄に乗るために別れます
19:50 家に着き
到着とお礼のメールをみけさん宛に送信
程なく到着の返信あり
今日もすこぶる楽しい歩きが出来ました
みけさん、奈交の皆さんご一緒してくださりありがとうございました
また次回も楽しい山歩きにお連れくださいね~~~
終わります
rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr
あ、帰ってから調べた「「橘 将監」」様は以下の方のようです
ちょっとお借りしてきました、ゴメンナサイ(多分、川上村の資料だったと思います)
後南朝の滅亡の時代の方のようですね~~~
歴史は不思議~~奥が深~~い
またそのうちに復習するか
否、絶対しないと思います
((ではね~~))