2012.03.07(水)
富田林市観光協会主催のツアー
近鉄の富田林駅に9:00集合
電車が遅れて喜志で暫くストップしてちょっと焦ったが他にも同じ目的の方がいらして安心する
それでも10分前には到着
後の電車に乗っていた方が一人時間を少しオーバーして到着
市の観光課の方が添乗として2名同乗
そして別の乗用車でも数名同行された上に現地で午前と午後で
5人の語り部さんが同行されるようだ
至れりつくせりの20名の小型観光バスでの史跡めぐりへと出発
先ず、向かったのは
千早赤阪村立郷土資料館
道中に楠正成、産湯の井戸の看板も見受けられた
一月に金剛山登山の後で立ち寄った水仙の丘や奉建塔も見える
駐車場へ着くと直ぐに
楠公誕生の地という案内板がある
ここで現地ガイド(語り部さん)と合流
後から団体さんが見えるというので先に資料館を拝見
大楠公の誕生絵巻や山城の古地図などを館内の案内説明つきで見学する
1294に誕生し1336年に湊川の露と消えた人物
太平記に登場する
4月25日は誕生日だそうで今でも楠公祭がここ千早赤阪村や神戸湊川で執り行われるようだ
資料館の入り口に真新しい
桜井の子別れで有名な父子像があった
「 青葉繁れる桜井の
・・・・・・・・
散るは涙か
はた露か 」
何故この唄を口ずさめるのか自分でも不思議なのだが
妙に身震いしながら資料館を出て生誕の石票に御参りする
敷地内には現代の皇室の方々のお手植えの楠が大きく成長していた
南朝の後醍醐天皇を守護し天命を掛けた人物だからであろう
皇家より拝頂した菊水の紋入りの勇士
次に向かうのはバス移動です
建水分神社
先ず正面に見える鳥居は立派ですが、こちらは南木(なぎ)神社
頂戴した古い観光コースのコピーは縦書きのところ以外は右から左への横書き
{{楠公遺蹟めぐり}} とある
※その説明文より
南木神社は
楠公湊川の戦死を悼み給うた後醍醐天皇が楠公の像を御親ら御作りになり其れを祀ったものである
左に立派な狛犬が守る鳥居
その先に拝殿へと続く急な階段
こちらが
建水分(たけみくまり)神社です
もともとはこの先の水越峠の地域一帯とこの地域一帯の水の配分権を持ち
水の神様であったようです
楠氏が代々御参りされた神社で社殿は
後醍醐天皇の命を奉じて楠公が造営されたもの、明治の時代は国宝であったようだ
今は重要文化財となり拝殿までしか立ち入りは出来ない
拝殿より右に迂回路を下ってくると南木神社の横に奥山へと分け入る道が続く
ここから千早城へと抜けることが出来るようだ
またいつかゆっくりこの地を歩いてみよう
楠公の誕生地と縁の神社を訪ねて少しだけ
当時を偲びいよいよ山城跡へと行きます
途中の狭い道にバスは屋根を枝でこすりながら
なるべく参加者の徒歩距離を少なくするために進んでくれます
標高差200mほどですので足に自信の無い方はここで待機してとの指令が
往復1時間弱、ゆっくりと登り二の丸跡へは行きませんので全員で行きます 10:45
二の木戸跡まで5分
途中で山は急峻になってきます
今は植林や雑木で覆われていますが
その時代は見晴らしが利いたと思われます
そろばん橋という小さな案内板に目が止まり
ガイドさんに質問が飛びます
楠氏が得意とした山城の守備の一手で
尾根を切り、橋にして土を盛り算盤のような滑車を着けて味方は通し
敵が押し寄せると外して落とし弓矢で敵対したそうです
滑車は木製であったのか否かは不明だそうです
(上手く説明できません、スミマセン)
木の根道や落葉の道
雨でなくて良かったですよ
広場に出ました
道が二手に分かれて左へは二の丸跡
右へ本丸跡
現在立っている広場は
茶碗原で台所だったようです
今も茶碗のかけらが出てくるようです
本丸跡への道を進んで行くと
金剛山への道の分岐にやってきました
かなりの時間を要して国見城址から金剛山へと登ることが出来るようです
敗戦した一族が吉野から熊野へ逃れた一つのルートでもあったのでしょうか
落葉の急な登りを慎重に進むと本丸跡に続きます
本丸は千畳敷もあったのですね
山頂に到着 11:20
かなりの広さです
富田林市街や二上山から大阪方面も見えますが霞んでいます
背後(東方)の金剛山
もう雪もないようですね
こんな名板要るのかな?
そろそろお腹も空いてきたので
城を明け渡すことにいたしましょう
下りは絶対に尻餅をつかないようにゆっくりと下ります
今日はウオーキングシューズ、しかも踵が磨り減っています
途中で列詰めの為に何度も立ち止まって待ちます
先ほどの「そろばん橋」まで戻ってきました
あと一息、ご馳走がちらつき始めます
バスの待っているところまで全員無事下山 11:50
泥のついた足元を綺麗にしてバスに乗り込み昼食の場所へと移動です
たま~~にはこんな楽々ハイキングもいものです
歴史にたっぷり触れてね
向かった先は
サバーファーム(農業とふれあえる香りと実りの農園)
園内のレストランで採れたての食材のランチです
蓋を開けると苺の香りがいっぱい
古代米もヘルシーに
フキノトウや椎茸の天ぷらも最高!!!
ちっともカロリー消費してないですが
残してはもったいので
全部いただきました
早くもビールを開けてる御仁もありました
さて、午後からの勉強は如何なるやら
富田林市観光協会主催のツアー
近鉄の富田林駅に9:00集合
電車が遅れて喜志で暫くストップしてちょっと焦ったが他にも同じ目的の方がいらして安心する
それでも10分前には到着
後の電車に乗っていた方が一人時間を少しオーバーして到着
市の観光課の方が添乗として2名同乗
そして別の乗用車でも数名同行された上に現地で午前と午後で
5人の語り部さんが同行されるようだ
至れりつくせりの20名の小型観光バスでの史跡めぐりへと出発
先ず、向かったのは
千早赤阪村立郷土資料館
道中に楠正成、産湯の井戸の看板も見受けられた
一月に金剛山登山の後で立ち寄った水仙の丘や奉建塔も見える
駐車場へ着くと直ぐに
楠公誕生の地という案内板がある
ここで現地ガイド(語り部さん)と合流
後から団体さんが見えるというので先に資料館を拝見
大楠公の誕生絵巻や山城の古地図などを館内の案内説明つきで見学する
1294に誕生し1336年に湊川の露と消えた人物
太平記に登場する
4月25日は誕生日だそうで今でも楠公祭がここ千早赤阪村や神戸湊川で執り行われるようだ
資料館の入り口に真新しい
桜井の子別れで有名な父子像があった
「 青葉繁れる桜井の
・・・・・・・・
散るは涙か
はた露か 」
何故この唄を口ずさめるのか自分でも不思議なのだが
妙に身震いしながら資料館を出て生誕の石票に御参りする
敷地内には現代の皇室の方々のお手植えの楠が大きく成長していた
南朝の後醍醐天皇を守護し天命を掛けた人物だからであろう
皇家より拝頂した菊水の紋入りの勇士
次に向かうのはバス移動です
建水分神社
先ず正面に見える鳥居は立派ですが、こちらは南木(なぎ)神社
頂戴した古い観光コースのコピーは縦書きのところ以外は右から左への横書き
{{楠公遺蹟めぐり}} とある
※その説明文より
南木神社は
楠公湊川の戦死を悼み給うた後醍醐天皇が楠公の像を御親ら御作りになり其れを祀ったものである
左に立派な狛犬が守る鳥居
その先に拝殿へと続く急な階段
こちらが
建水分(たけみくまり)神社です
もともとはこの先の水越峠の地域一帯とこの地域一帯の水の配分権を持ち
水の神様であったようです
楠氏が代々御参りされた神社で社殿は
後醍醐天皇の命を奉じて楠公が造営されたもの、明治の時代は国宝であったようだ
今は重要文化財となり拝殿までしか立ち入りは出来ない
拝殿より右に迂回路を下ってくると南木神社の横に奥山へと分け入る道が続く
ここから千早城へと抜けることが出来るようだ
またいつかゆっくりこの地を歩いてみよう
楠公の誕生地と縁の神社を訪ねて少しだけ
当時を偲びいよいよ山城跡へと行きます
途中の狭い道にバスは屋根を枝でこすりながら
なるべく参加者の徒歩距離を少なくするために進んでくれます
標高差200mほどですので足に自信の無い方はここで待機してとの指令が
往復1時間弱、ゆっくりと登り二の丸跡へは行きませんので全員で行きます 10:45
二の木戸跡まで5分
途中で山は急峻になってきます
今は植林や雑木で覆われていますが
その時代は見晴らしが利いたと思われます
そろばん橋という小さな案内板に目が止まり
ガイドさんに質問が飛びます
楠氏が得意とした山城の守備の一手で
尾根を切り、橋にして土を盛り算盤のような滑車を着けて味方は通し
敵が押し寄せると外して落とし弓矢で敵対したそうです
滑車は木製であったのか否かは不明だそうです
(上手く説明できません、スミマセン)
木の根道や落葉の道
雨でなくて良かったですよ
広場に出ました
道が二手に分かれて左へは二の丸跡
右へ本丸跡
現在立っている広場は
茶碗原で台所だったようです
今も茶碗のかけらが出てくるようです
本丸跡への道を進んで行くと
金剛山への道の分岐にやってきました
かなりの時間を要して国見城址から金剛山へと登ることが出来るようです
敗戦した一族が吉野から熊野へ逃れた一つのルートでもあったのでしょうか
落葉の急な登りを慎重に進むと本丸跡に続きます
本丸は千畳敷もあったのですね
山頂に到着 11:20
かなりの広さです
富田林市街や二上山から大阪方面も見えますが霞んでいます
背後(東方)の金剛山
もう雪もないようですね
こんな名板要るのかな?
そろそろお腹も空いてきたので
城を明け渡すことにいたしましょう
下りは絶対に尻餅をつかないようにゆっくりと下ります
今日はウオーキングシューズ、しかも踵が磨り減っています
途中で列詰めの為に何度も立ち止まって待ちます
先ほどの「そろばん橋」まで戻ってきました
あと一息、ご馳走がちらつき始めます
バスの待っているところまで全員無事下山 11:50
泥のついた足元を綺麗にしてバスに乗り込み昼食の場所へと移動です
たま~~にはこんな楽々ハイキングもいものです
歴史にたっぷり触れてね
向かった先は
サバーファーム(農業とふれあえる香りと実りの農園)
園内のレストランで採れたての食材のランチです
蓋を開けると苺の香りがいっぱい
古代米もヘルシーに
フキノトウや椎茸の天ぷらも最高!!!
ちっともカロリー消費してないですが
残してはもったいので
全部いただきました
早くもビールを開けてる御仁もありました
さて、午後からの勉強は如何なるやら