最近の子供は「食べ物の好き嫌い」が激しいようで、「食育」と言うことが話題になっている。
学校給食でも様々な事が試みられているようであるが、私に言わせるならば「学校以前の問題」と言いたい。
それなら「幼稚園や保育園で?」と考える人もいるかと思うが、「それでも手遅れ」と言わざるを得ない。
私の場合は「殆ど好き嫌いはない」と言えるのだが、私の子供は「それに輪をかけて」好き嫌いがない。
高校生の頃に、多くの人が好まない「レバー」を「こんなに上手いものを何で皆は嫌いなんだろう?」と言っていた事を覚えている。
それでは、何故好き嫌いを無くす事が出来たのだろうか?。
答えはいたって簡単な事なのだが、すでに好き嫌いが出来てしまった子供(大人も含めて)には無理な相談である。
私の場合は、戦争中の生まれだったので「好き嫌いなど言える状態ではなかった」と言う事情もあるのだが、子供の場合は「離乳食を始めた段階で少しずつ何でも食べさせた」と言うのが主な理由である。
乳児に離乳食を食べさせる場合、基本的には「苦いものや辛いものなどを除けば、殆どなんでも口に入ったものは食べる」と言う性質を利用したのである。
乳児には「好き嫌いはない」と言っても良いと思うのだが、「親が嫌いなものは作らない」と言うことが多い事から、「必然的」に「好き嫌い」が出来るのだと言っても過言ではないだろう。
正直な話、私自身は、「レバーはそれ程好きではない」と言うのが本音なのだが、子供の場合は「離乳食」の段階で慣らされているので平気なのである。
人参、ピーマン、ほうれん草、・・・・と、何でも好きで、保育園、小学校、中学校と「おやつ代わりに煮干を丸ごと」食べていたのも、好き嫌いが始まる前に食べさせていたためである。
その為もあってか、サンマ、アジなどの焼き魚は、「ハラワタ」のないものは喜ばないのだが、これは多分に私の影響も有ると思う。
小さい頃は「サンマのハラワタは苦い」と言って食べたがらなかったのであるが、少し大きくなった頃から、私が「美味しい、美味しい」と言って食べているのを見て、少しずつ「マネ」をするようになったのである。
親が「美味しい、美味しいと言って食べる姿」を見れば、子供だって興味を示すはずである。
単に「栄養があるから」とか「好き嫌いはいけない」と言うのではなく、「親が手本を示す」と言うことも必要な事だろう。
食べ物の好き嫌いばかりではなく、「躾」にも同じことが言えるはずである。
「子供は親の背中を見て育つ」、「三つ子の魂百までも」「この親にしてこの子あり」など、幼児期だけに限らず「親が子供に与える影響」は大きいものがあるのだが、現代社会では、その事が殆ど「無視」されている。
欧米諸国では「子供は社会からの預かり物、一人前の社会人にして返すのが親の責任」と言う考え方がある。
日本の場合は「正反対」で、「子供は親の所有物」と言う考えかたが基本にある。
どちらがよいかの判断は、人それぞれ違うと思うので、ここでは敢えてしないでおきます。
学校給食でも様々な事が試みられているようであるが、私に言わせるならば「学校以前の問題」と言いたい。
それなら「幼稚園や保育園で?」と考える人もいるかと思うが、「それでも手遅れ」と言わざるを得ない。
私の場合は「殆ど好き嫌いはない」と言えるのだが、私の子供は「それに輪をかけて」好き嫌いがない。
高校生の頃に、多くの人が好まない「レバー」を「こんなに上手いものを何で皆は嫌いなんだろう?」と言っていた事を覚えている。
それでは、何故好き嫌いを無くす事が出来たのだろうか?。
答えはいたって簡単な事なのだが、すでに好き嫌いが出来てしまった子供(大人も含めて)には無理な相談である。
私の場合は、戦争中の生まれだったので「好き嫌いなど言える状態ではなかった」と言う事情もあるのだが、子供の場合は「離乳食を始めた段階で少しずつ何でも食べさせた」と言うのが主な理由である。
乳児に離乳食を食べさせる場合、基本的には「苦いものや辛いものなどを除けば、殆どなんでも口に入ったものは食べる」と言う性質を利用したのである。
乳児には「好き嫌いはない」と言っても良いと思うのだが、「親が嫌いなものは作らない」と言うことが多い事から、「必然的」に「好き嫌い」が出来るのだと言っても過言ではないだろう。
正直な話、私自身は、「レバーはそれ程好きではない」と言うのが本音なのだが、子供の場合は「離乳食」の段階で慣らされているので平気なのである。
人参、ピーマン、ほうれん草、・・・・と、何でも好きで、保育園、小学校、中学校と「おやつ代わりに煮干を丸ごと」食べていたのも、好き嫌いが始まる前に食べさせていたためである。
その為もあってか、サンマ、アジなどの焼き魚は、「ハラワタ」のないものは喜ばないのだが、これは多分に私の影響も有ると思う。
小さい頃は「サンマのハラワタは苦い」と言って食べたがらなかったのであるが、少し大きくなった頃から、私が「美味しい、美味しい」と言って食べているのを見て、少しずつ「マネ」をするようになったのである。
親が「美味しい、美味しいと言って食べる姿」を見れば、子供だって興味を示すはずである。
単に「栄養があるから」とか「好き嫌いはいけない」と言うのではなく、「親が手本を示す」と言うことも必要な事だろう。
食べ物の好き嫌いばかりではなく、「躾」にも同じことが言えるはずである。
「子供は親の背中を見て育つ」、「三つ子の魂百までも」「この親にしてこの子あり」など、幼児期だけに限らず「親が子供に与える影響」は大きいものがあるのだが、現代社会では、その事が殆ど「無視」されている。
欧米諸国では「子供は社会からの預かり物、一人前の社会人にして返すのが親の責任」と言う考え方がある。
日本の場合は「正反対」で、「子供は親の所有物」と言う考えかたが基本にある。
どちらがよいかの判断は、人それぞれ違うと思うので、ここでは敢えてしないでおきます。