「なんとなく就職に強そう。」という理由だけで工学部に入った俺はいろいろと間違っていた。単純に数学が得意というだけで理系を選択し、友達がみんな狙うからというだけで地元の大学を選び(あと通いやすいから)、なんやかんやで現役合格できた。しかし、そこで俺を待ち受けていたのは無気力、無関心の二大問題だった。何もしたくないし、授業も親には悪いけど正直あんまり興味なかった。課せられる実験やレポートなんかも一つ提出が間に合わなかっただけで雪崩れのように全てのやる気が消えていった。学部の友達とはだんだん疎遠になり、同じ大学に進学した高校の頃の友達もなんかボランティアとかサークルとかで忙しいっぽい。そういう俺は入部2日でバレーボールサークルに行かなくなり、夏休みが明けて学祭が終わっても実家→大学→ラーメン→バイト→実家のライフサイクルを永遠くり返していた。
だから俺にとって田辺ってヤツは最高に面白い存在だった。再履修の時たまたま隣り同士で喋った俺達は速攻で(あるいは即効?)で打ち解けあい、よくつるむようになった。田辺は下宿生だったが仕送りが少なく、けれどバイトが嫌で嫌でしょーがないらしく、ギリギリのビンボー生活をしていた。だから俺は田辺の下宿先にメシを差し入れするかわりに必修の課題とかやってもらう仲になっていた。田辺は勉強はできるくせに俺とはちがうベクトルで授業に関心がないらしく、単位も落としまくっていた。
が、田辺の部屋には山のように本とガラクタがあり、太陽光で鳴るオルゴールや0,01秒まで表せる針時計など比較的わかりやすいものから、棒の先についた小さなオッサンの人形がぐるぐるまわるだけのものやレバーを引けばシャーベット状のオニオンスープがでる消火器のようなものなど意味不明なものも多かった。
そんな田辺と俺は小学生の夏休みの自由研究よろしくひとつの工作をした。それはあえていうなら音声認識ダイヤルフォンみたいなものだ。1234567890にそれぞれア行、カ行、サ行…ラ行とワ+ンを割り振り、言葉を話すだけで電話がかけられるという代物だ。たとえば110番なら「アイーン」、119番なら「オイラ」0120は「ワイ、きゃわ☆」まぁ不正確なところもあったし、ぶっちゃけ数字で入力したほうが早いんだけど、ちょっとした洒落のつもりでつくったんだ、そのへんは気にしない。でも案外これが俺らふたりのなかでウケて、この電話番号は下ネタになるだとか、自分んちの番号が教授のあだ名になるだとか、どーでもいいことで爆笑してた。
そんなある日、いつものようにふたりでラーメンを食ってる時、田辺が「あのさ、大学やめるわ。」と唐突に言った。また何かの冗談かと思って「おい、それカノジョの番号か? w」と餃子をつまみながら笑うと「3人目のな、」と笑って返してきた。その日もやっぱり今までと変わらず、いつも通りだったと思う。でもその一週間後、田辺はマジで大学をやめた。
その後、俺はなんとか留年もなく進級でき、ゼミで少しだけ友達もできた。退屈だったけど平穏な学生生活を送った。卒業後の進路選択を迫られる頃、俺は大学院への進学か就職かの二者択一を決断しなければならなかった。大学院へ進学すれば大手企業への推薦もあるらしい。でも、そうかといって自分に研究者としての資質が本当にあるのかは大きな疑問であった。俺はひとりもんもんと頭を悩ませていると研究室のドアがバッと開けられ、同じゼミ生が困惑した表情で1枚の手紙を渡してきた。
「なんか、企業の社長さんからみたいだけど…」
一見果たし状とも受け取れる一文が裏に書かれているだけだ。
なるほど、俺はニヤリとした。
こりゃ意味わかんねーよな。
俺は驚く友人を横目に携帯をとりだし、いくつかの番号を打ち込んだ後、最後の4ケタを叫んだ。
「俺の親愛なる『おバカへ』!!!」
【おわり】