児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

俺たちに今はない

2015-02-19 | 物語 (電車で読める程度)


紫煙が真っ暗の空に立ちのぼる。
煙草か凍った息か、ふたつは混じり合い、やがて闇に溶けていった。フーッと長い息を吐ききり、俺は髪をかきあげる。もたれかかっていた非常階段の手すりには錆びが浮いていたのか、右手が鉄臭かった。鬱陶しい。何もかもがだ。一瞬の夜風が吹いて、俺は思い出したように携帯をみた。24:53。今日も朝までこの店と心中か。そう思うと、あまり愉快な気分にはならなかった。10分ちょっとの休み時間。それは俺が俺でいていい唯一の時間。
人間関係が終わってる、社員ですらコロコロ辞めていくのに、それでも時給がいいからと今のバイトにしがみついている俺は憐れだろうか。

また煙草にそっと口をつける。高く行く手を阻む雑居ビルの壁。室外機と排気ダクトを上にたどると、区切られた空がある。ここからじゃ星ひとつみえやしない。型どられたビルの端からどす黒い夜が流れこんで、自分が溺れてしまいそうになる。自然と手すりをギュッと握った。俺は買っておいた缶コーヒーのプルタブを開け、少しだけ口に含んだ。

すると後ろの非常口がガチャリと開いた。振り返ると、隣りにある飲食店の店員であった。ヒョロリと背が高く、角張った頬に落ちくぼんだ双眸は店のロゴが入った楽しげな制服が最高に似合わない男だった。彼は煙草を取り出すとこちらに頭を下げ、目の前の灰皿に近寄ってきた。俺は軽く会釈して短くなった煙草を灰皿に押しつける。缶コーヒーをまた一口飲んだ。

「こんばんは。お隣りのお店の方ですか?」

少し間があってから彼はこちらに尋ねてきた。

えぇ、そうです。とだけ俺は言って、携帯に目を落とす。電池が残り10%を切っていた。もう一本吸うか悩み、結局コーヒーを手にとった。

そろそろ戻るか。彼に灰皿を譲ろうと場所を空けたとき、彼がポツリと「お疲れ様です。」と言った。なんだかその言葉が煙のように儚くて、「あなたの方こそ、」と余計なことを言ってしまった。
すると彼は目を丸くして、何か言いたげにこちらを仰ぎ見たが、すぐに視線をそらしてしまった。


それから俺は度々この錆び臭い喫煙所で彼と遭遇するようになった。



彼とは会話とも言えないような散発的なものばかりであったが、彼についていくつかのことが明らかとなった。


・四大をでたということ
・経済学部であったこと
・バイトから今の店の正社員になったこと
・今月からこちらに異動になったこと
・実家は千葉だということ
・俺より4つ年上だということ
・煙草はあまり吸うほうじゃなかったこと
・スロットで先週、数万円勝ったこと


正直、どうでもいいことばかりだった。でも、枯れたように笑う彼の声にはどこか自虐染みたものが含まれていて気に障った。


「…だからさ、どうせ俺達みたいなのに明日なんか来ないんだよ。」


いつになく饒舌な彼がそうボヤいたとき、俺は無意識のうちに灰皿を蹴っていた。

彼はビクッとして話しをやめる。
それはとてもいい提案に思えた。


「…もう、戻りますので。」


その日のシフトは最悪のメンツで忙しさよりも人選のミスによるストレスの方が多く、あがった時にはイライラを越えて一種の虚しさすら感じた。さっさと着替えて外に出ると、早朝の青白い世界が俺を迎え入れた。まだ太陽にあたためられていない冷気に俺はようやく「今日」が終わってしまっていたことを実感した。










俺がいたはずの「今日」は

あっという間に「昨日」と なり、

俺の知らない「今日」が

音もなくはじまる。












だから、たしかなことは刹那的に生きるようでは遅すぎるということだ。
ボニーとクライドの乗るフォードV8がどれだけ速くても、夢の向こう側へと辿り着くことはできないのだ。




「今」に生きていては
永遠に「今」をつかむことはできない





だから、俺は「明日」に生きる。











夜に吐き出した紫煙のような雲が
まだ朝焼けの中に漂っていた。










【おわり】