児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

一日遅れのバレンタイン

2015-02-16 | 物語 (電車で読める程度)


昨日の2月14日はバレンタインデーだ。私は近くの百貨店へと走った。昨日の盛り上がりはなく、どの店舗も山のようにあったチョコレートは姿を消していた。一瞬、スーパーにいって板チョコを買うことが頭をよぎった。いや、ダメダメ。ちゃんといいチョコレートを食べさせてあげたい。お歳暮向けのお店が並ぶコーナーでひとつだけまだバレンタインチョコを売っているところをみつけた。内心小躍りしながらゆっくりと近づく。綺麗に包装されたチョコレートが見本としておいてあった。「すみません。これ、おひとついただけますか。」すると若い売り子が「申し訳ございません。こちら先程完売となりましてホワイトチョコのみの販売となりますがいかがいたしましょうか…」と少し困った顔で答えた。「そうなんですか、なら仕方ないですわね……」私はその場から去るしかなかった。

ホワイトチョコでは意味がないのだ。
昔、息子が小学校に入る前、おうちでホワイトチョコをそう、ちょうどバレンタインの日につくってみたことがあったが、息子はおいしくないと、ほとんど残してしまったのだ。

昨日買いに行ければよかった。
そんな後悔が頭の中でうずまく。
でも、私のパート先ではお給料の前借りは原則禁止だった。ヒールのかかとが擦れて痛い。さっき走ったせいだ。
肩を落として駐輪場に向かう。鍵を差し込んでところどころ錆びの浮いたママチャリを押す。カゴもボロボロで新品で買ったあの日からもうずいぶんと時間が経ったことを思い出させた。
この自転車も実は息子が中学一年生になったとき入学祝にプレゼントしたものだ。


帰り道、私はいつも贔屓にしているスーパーに寄った。ここはお野菜が他より安い。今晩のおかずを考えながらふとお菓子売場に目をやると、大きなカゴにキチンと包装されたバレンタイン用のチョコが投げ売られていた。
かなり売場周辺をぐるぐる回り買うか悩んだ。デカデカと「30%引き」というシールを貼った店員は本当にセンスがないと思う。ただ、メッセージカードが後ろについていたので、散々悩んだあげく、ひとつ自分の買い物カゴに入れた。

キャベツやもやし、あと切らしていたお醤油なんかをカゴに詰めレジに並ぶ。ポイントカードをお財布から取り出し顔をあげるとレジ打ちの店員と目が合った。

「あら、奥さん。お久し振り。」

彼女は息子の同級生の母親だった。

「あぁ、どぅも。 …こんにちは。」

同級生の母親はいやらしい目つきで私の方をみた。

「本当にお久し振りね。おたくの息子さんはお元気?」

もたもたとバーコードを読み込む彼女に私はイライラした。そもそも、ここでパートを始めていたなんて、聞いていない。最悪だ。

「うちの子は去年の春、会社の独身寮に入っちゃって寂しいかぎりですの。まぁ食費は旦那の分だけでよくなったんで楽ですけど、フフフ。」

聞いてもいないことを早口でまくしたてる。そこで私は半玉のキャベツの下にあるものを思い出した。マズい、どうしよぅ…。私はこのレジに並んだことを心底悔やんだ。

案の定、彼女にそれがさらされた時、「あら、」と一瞬わざとらしく手を止めた。

「そういえば、バレンタインでしたわね。今日でしたっけ?」

私は何も答えないまま一万円を払い、お釣を財布にねじ込んで、ひったくるようにしてカゴを奪った。



悔しさや恥ずかしさで、頭がどうにかなりそうだった。




パンパンの買い物袋を自転車の前カゴにのせるとキィッと短い悲鳴をたてた。
変則のないママチャリはいつもよりペダルが重く感じられた。


家に帰りついた時にはもう夕方だった。なにも物音がしないから、きっと疲れて寝てしまっているんだろう。息子とはもう、ずっとまともに会話もしていなかった。たくさん話したいことがある。けれど、もしかしたらそれは重い期待となってあの子を苦しめてしまうかもしれない。そう思うと口が開かなかった。

けれど、今日はバレンタイン。
一日遅れちゃったけど
なにかひとつだけ、伝えよう。




「30%引き」のシールをなんとかきれいに剥がして、私はメッセージカードと向き合った。



たくさんかけたい言葉はあるけど

あえて 今ひとつだけ、

伝えるならば

それはーーーーーーーーー、























ハッビーバレンタイン

あなたがいてくれて ありがとう
















【おわり】