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文章論

2017-02-08 | 日本語文法文章論

杜甫的文章论
中日对照版 2013年第1期 杨逸

自传的故事虽引人入胜,但中文翻译诘屈聱牙,有时还惹人恼火。我不止一次地确认了译者的名字,毫无疑问,是个土生土长的中国人。这不禁让我联想到自己用日语写的文章。我虽然在日本久居半生,但仍无法用日语将心中所想尽数诉诸文字。每每都很担心读者会怎样看待自己绞尽脑汁写出的东西。
唐朝诗人杜甫名为《偶题》的诗中有这样两句—文章千古事,得失寸心知。文章虽然流传千古,但只有作者才能体会到其中的甘苦吧。我想这正是比谁都更了解诗人之苦的杜甫所总结出的“文章论”。
孔子也曾用“一言定邦”来诉说文章的重要性。文以载道,即用文章来传道,也就是传播思想。中国历代的士大夫们就是背负这样的使命写出精妙的文章以传递探究传统思想的精髓。
价值观会随着时代的进步而改变,并且因国而异。偶然拿起并翻看日本的畅销书,我感到比起对文章本身及思想内容等的追求,作者更加看重新奇的创意及迎合流行的元素。跟随时代的脚步也许是获得更多读者的杀手锏吧。
可是,“不敢要佳句,愁来赋别离”(不敢奢求佳句,只求能在别离时吟诗抚慰心中的感伤),杜甫的这种平常心又何尝不是文章的另一种境界呢。

http://www.cim.chinesecio.com/hbcms/f/article/info?id=aa41a2475634449d84b755a749976b66
杜甫の文章論
journal.e.7 楊逸2016-07-07

唐の詩人・杜甫の詩「偶題」には、「文章千古事/得失寸心知」という二行がある。―文章は千古に伝わるものだ。その中の甘苦を心得るのは書く者以外にはいないだろう。詩人としての苦労を誰よりもなめてきた杜甫こその「文章論」のようにも思えた。
孔子も「一言定邦」という言葉で文章の重要性を説いた。文以載道―文章をもって道、つまり思想を伝える——、歴代中国の士大夫たるものもそんな使命感を背負い、ひたすら凝った文章で、伝統思想を究めてきた。
時代が進み国も違えば、価値観もおのずと異なる。たまに日本のベストセラーを手に取り、パラパラとめくれば、文章そのものへのこだわりや思想などよりも、むしろ奇抜なアイデアや流行に合わせた構成などの要素が、大事にされていることに気付く。時代の歩幅に合わせるということは、やはり多くの人に読まれるコツなのかもしれない。
——不敢要佳句/愁来賦別離。
(佳句など望まないが、感傷時に詩を詠んで、別離の 寂しさをいやしさえできれば)
杜甫のそんな平常心もまた文章の一つの境地ではないか。
楊逸(ヤン・イー)

1964年、中国ハルビン生まれ。87年に留学生として来日。2008年、「時が滲(にじ)む朝」で、日本語を母語としない書き手として初めて芥川賞を受賞。著書に「獅子頭」(朝日新聞出版)、「孔子さまへの進言」(文芸春秋)など。〈風掠百味(フーン・リゥエ・バイ・ ウェイ)〉とは、風がよぎってゆく瞬間にいろんな匂いをさらっていくといった意味。


https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%96%87%E7%AB%A0%E8%AB%96
文章論
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文章論
作者:牛希濟 唐
本作品收錄於:《全唐文/卷0845》
聖人之德也有其位,乃以治化為文,唐虞之際是也。聖人之德也無其位,乃以述作為文,周孔之教是也。纂堯舜之運,以宮室車輅鍾鼓玉帛之為文,山龍華蟲粉米藻火之為章,亦己鄙矣。師周孔之道,忘仁義教化之本,樂霸王權變之術,困於編簡章句之內,何足大哉!況乎澆季之下,淫靡之文,恣其荒巧之說,失於中正之道。兩漢以前,史氏之學猶在;齊梁以降,國風雅頌之道委地。今國朝文士之作,有詩、賦、策、論、箴、判、讚、頌、碑、銘、書、序、文、檄、表、記,此十有六者,文章之區別也。制作不同,師模各異。然忘於教化之道,以妖豔為勝,夫子之文章,不可得而見矣。古人之道,殆以中絕,賴韓吏部獨正之於千載之下,使聖人之旨複新。今古之體,分而為四。崇仁義而敦教化者,經體之制也。假彼問對,立意自出者,子體之制也。屬詞比事,存於褒貶者,史體之制也。又有釋訓字義,幽遠文意,觀之者久而方達,乃訓誥雅頌之遺風,即皇甫持正、樊宗師為之,謂之難文。今有司程式之下,詩賦判章而已。唯聲病忌諱為切,比事之中,過於諧謔。學古文者,深以為慚。晦其道者揚袂而行,又屈宋之罪人也。且文者,身之飾也,物之華也。宇宙之內,微一物無文。乃頑也,何足以觀。且天以日月星辰為文,地以江河淮濟為文,時以風雲草木為文,眾庶以冠冕服章為文,君子以言可教於人謂之文。垂是非於千載,歿而不朽者,唯君子之文而已。且時俗所省者,唯詩賦兩途。即有身不就學,口不知書,而能吟詠之列。是知浮豔之文,焉能臻於理道?今朝廷思堯舜治化之文,莫若退屈宋徐庾之學,以通經之儒,居燮理之任。以楊孟為侍從之臣,使二義治亂之道,日習於耳目。所謂觀乎人文,可以化成天下也。


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