2時間後にカウントダウンパーティーを控えた、大晦日のホテルアバンティ。
ホテルの威信を賭けた、一年を締めくくる一大イベントに向け、忙しく立ち回るホテルの従業員達。
そんなホテルに次々と集まってくる“訳あり”の宿泊客。
1932年に製作されたハリウッド映画『グランド・ホテル』の出演スター、ジョン・バリモア、ジョーン・クロフォード、ライオネル・バリモア、グレタ・カルボの名を冠した4つのグランド・スイートルームを舞台に、4つの物語が展開する。
ガルボ・スイートの只野憲二(香取慎吾)の場合。
彼は、ベルボーイとして働きながら、シンガーソングライターとしてメジャーデビューすることを目指していた。
しかしその夢も叶わないと悟り、30歳を目前に歌手の道を諦めて故郷へ帰ることを決意。
大晦日の夜、ベルボーイとしての最後の仕事に就いていた。
そんな彼は、偶然にも客として来ていた幼馴染みの小原なおみ(麻生久美子)と出会う。
何やら訳ありの様子ながらフライトアテンダントとして頑張っているという久美子は、夢を諦めようとしている憲二を励ますのだった。
憲二が荷物を届けたガルボスイートの客は、翌日に舞台初日を迎える大物演歌歌手・徳川膳武(西田敏行)。
彼はリハーサルで自分に自信を無くし、二度と舞台には立てないと泣き崩れ、憲二に自殺を手伝って欲しいと頼み込む。
慌てた憲二は死にたがる徳川を懸命に励ますが、彼の気持ちは変わらない。
遂に憲二は、徳川のギターを借りて自分の曲を披露した。
やたら前向きな『天国うまれ』を、この大物演歌歌手に取り入れられれば歌手の道が開けるかもしれない…という、少しばかりの打算も込めつつ、憲二は徳川の前で一世一代のパフォーマンスを演じる。
クロフォードスイートの場合。
かつては若き国会議員・武藤田勝利(佐藤浩市)の愛人だった、客室係のシングルマザー・竹本ハナ(松たか子)。
彼女は、大晦日の夜も幼い子供を両親に預け、散らかり放題のクロフォードスイートの片付けをするハメになる。
ゴージャスな服やアクセサリーが部屋中に散らばっている。
宿泊客は、おそらく自分とあまり年齢の変わらない女性。
ハナは、いけないと思いつつも、脱ぎ捨てられた毛皮のコートを羽織り、アクセサリーを着け、鏡に自分を映して悦に入る。
と、そこへ突然、耳の大きな男(近藤芳正)が入ってきた。
ハナは、客の私物を勝手に身につけていたことがバレてはマズイと焦るが、その男は自分をこの部屋に泊っている女と勘違いしていた。
それを利用して、そのまま客を装い、なんとか切り抜けようとするハナは、仕方なく男に言われるまま、一緒にラウンジへと向かう。
ハナが成りすましている宿泊客は、実は耳の大きな男の父親(津川雅彦)の愛人だった。
耳の大きな男はハナに対して、父親と別れるように説得しようとするが、どうも話はうまく噛みあわない。
そこへ、家族の反対を押し切って、ホテルアバンティへと愛人に会いにやってきた父親が、到着直前に交通事故に遭ったという知らせが入った。
バリモアスイートの場合。
汚職国会議員としてマスコミに追い詰められ、都内のホテルを転々とする毎日の武藤田勝利。
かつてのクリーンなイメージはなく、身も心もボロボロになり、大晦日の夜、ホテルアバンティにたどり着いた。
彼は二つの選択を迫られていた。
国会の証人喚問で洗いざらい喋ってぶちまけるか、だんまりを決め込んでダーティなイメージのまま政治家を続けるか。
どこにも逃げ場の無くなった武藤田は、第3の選択肢を思いつく。
全てを飲み込んだまま自殺する。
自意識過剰のナルシストな彼にとって、最もカッコいい「切り札」と言える。
そんなとき、偶然知り合ったひとりの女、コールガールのヨーコ(篠原涼子)。
世事に疎いヨーコは、彼がスキャンダルの渦中にいることを知らないまま、武藤田に連れられてホテル内を闊歩する。
いつもはヨーコを見つけるとつまみ出していたホテルの従業員達の態度も豹変し、実にイイ気分のヨーコだったが、そんな素晴らしい夜も長くは続かない。
やがてヨーコは武藤田が死を覚悟していると知る。
自殺を思い留まらせようと必死に武藤田に話し掛けるヨーコだが、そんな彼女の思いは届かず、武藤田はひとりで部屋に篭ってしまった。
ライオネルスイートの場合。
ホテルの“最前線”における責任者である副支配人・新堂平吉(役所広司)の任務は、この大晦日をつつがなく終えること。
しかし、そんな彼の願いをよそに、次から次へとトラブルが発生する。
コールガールはホテル内をうろつき、表には汚職国会議員逮捕の瞬間を狙ってマスコミ陣が押し寄せ、大物演歌歌手は部屋で死にたいと騒ぎ、カウントダウンパーティーのために呼んだ芸人が連れてきた凶暴なアヒルが人を襲いながら逃げ回っているとの知らせが入ってきた。
しかも、こんなときに総支配人(伊東四朗)が行方不明だ。
更に追い討ちをかけるように、新堂自身の身の上に大きな問題が降りかかってきた。
別れた妻・由美(原田美枝子)が、現在の夫・堀田(角野卓造)と共にホテルに滞在していたのである。
バッタリ由美と出会ってしまった新堂。
彼は思わず見栄を張ってしまい、自分は滞在客だと偽ってしまう。
そして、タキシードを着ているのは、日頃の仕事の功績が認められ、今夜「マン・オブ・ザ・イヤー」を受賞してスピーチをしなければならないからだと嘘をつく。
しかし、由美の現在の夫こそが、今夜表彰される「マン・オブ・ザ・イヤー」であることを、彼は知る由もなかった。
登場人物それぞれのエピソードが並行して進みつつ絡み合い、もつれあって、最後は全員で力を合わせて“大脱走”を演出し、カウントダウンパーティー会場で一堂に会して大団円!
まるで、いくつもの糸を一つに紡いで色鮮やかな織物を織り上げるかのような、なめらかな展開の演出が心憎い。
2時間という限られた時間と、ホテル内という定められた空間に、たくさんの登場人物といくつものエピソードが絶妙の絡みを見せながら最後には一つのシーンへと集約していく。
三谷幸喜が満を持して世に送り出した脚本、さすがである。
今、これだけのエンターテイメント性を持つ脚本を書ける作家は、他にいないのではないだろうか。
そして、ともすれば地味でこじんまりとした話に落ち着きそうなこの物語を、最高級のエンターテイメントに仕上げているのは、絢爛豪華なキャストだけではない。
国内外の作品で美術を手がける種田陽平が、三谷幸喜とのディスカッションを繰り返して作り上げた、ゴージャスで風格漂うホテルアバンティのセットが素晴らしい。
1325平米という日本最大の広さを誇る東宝スタジオ第8ステージ一杯に、車寄せ・エントランス・フロント・ロビー・ラウンジ・中庭・連絡通路などの、ホテル1階部分を丸々建設。
更に東宝スタジオの3つのステージに、4つのスイートルーム、4つのツインルーム、廊下、エレベーターホールなども作り上げた。
『キル・ビル』の美術も担当した種田が、映画の観客がどこのホテルか?と問い合わせが来るくらいだと嬉しいと語るほど、微に入り細に入り作り込んだセットは、映画を観ている2時間16分の間、ホテルアバンティに滞在していたかのような錯覚を起こさせるほどの出来栄えである。
今年の正月明けに公開された本作であるが、まだ未見の方には是非大晦日に観ていただければ、きっと心温まる年越しが送れるはずだ。
「The有頂天ホテル」
2005年/日本 監督:三谷幸喜
出演:役所広司、松たか子、佐藤浩市、香取慎吾、篠原涼子、戸田恵子、生瀬勝久、YOU、麻生久美子、オダギリジョー、角野卓造、寺島進、浅野和之、近藤芳正、川平慈英、堀内敬子、梶原善、石井正則、原田美枝子、伊東四朗、唐沢寿明、津川雅彦、西田敏行
ホテルの威信を賭けた、一年を締めくくる一大イベントに向け、忙しく立ち回るホテルの従業員達。
そんなホテルに次々と集まってくる“訳あり”の宿泊客。
1932年に製作されたハリウッド映画『グランド・ホテル』の出演スター、ジョン・バリモア、ジョーン・クロフォード、ライオネル・バリモア、グレタ・カルボの名を冠した4つのグランド・スイートルームを舞台に、4つの物語が展開する。
ガルボ・スイートの只野憲二(香取慎吾)の場合。
彼は、ベルボーイとして働きながら、シンガーソングライターとしてメジャーデビューすることを目指していた。
しかしその夢も叶わないと悟り、30歳を目前に歌手の道を諦めて故郷へ帰ることを決意。
大晦日の夜、ベルボーイとしての最後の仕事に就いていた。
そんな彼は、偶然にも客として来ていた幼馴染みの小原なおみ(麻生久美子)と出会う。
何やら訳ありの様子ながらフライトアテンダントとして頑張っているという久美子は、夢を諦めようとしている憲二を励ますのだった。
憲二が荷物を届けたガルボスイートの客は、翌日に舞台初日を迎える大物演歌歌手・徳川膳武(西田敏行)。
彼はリハーサルで自分に自信を無くし、二度と舞台には立てないと泣き崩れ、憲二に自殺を手伝って欲しいと頼み込む。
慌てた憲二は死にたがる徳川を懸命に励ますが、彼の気持ちは変わらない。
遂に憲二は、徳川のギターを借りて自分の曲を披露した。
やたら前向きな『天国うまれ』を、この大物演歌歌手に取り入れられれば歌手の道が開けるかもしれない…という、少しばかりの打算も込めつつ、憲二は徳川の前で一世一代のパフォーマンスを演じる。
クロフォードスイートの場合。
かつては若き国会議員・武藤田勝利(佐藤浩市)の愛人だった、客室係のシングルマザー・竹本ハナ(松たか子)。
彼女は、大晦日の夜も幼い子供を両親に預け、散らかり放題のクロフォードスイートの片付けをするハメになる。
ゴージャスな服やアクセサリーが部屋中に散らばっている。
宿泊客は、おそらく自分とあまり年齢の変わらない女性。
ハナは、いけないと思いつつも、脱ぎ捨てられた毛皮のコートを羽織り、アクセサリーを着け、鏡に自分を映して悦に入る。
と、そこへ突然、耳の大きな男(近藤芳正)が入ってきた。
ハナは、客の私物を勝手に身につけていたことがバレてはマズイと焦るが、その男は自分をこの部屋に泊っている女と勘違いしていた。
それを利用して、そのまま客を装い、なんとか切り抜けようとするハナは、仕方なく男に言われるまま、一緒にラウンジへと向かう。
ハナが成りすましている宿泊客は、実は耳の大きな男の父親(津川雅彦)の愛人だった。
耳の大きな男はハナに対して、父親と別れるように説得しようとするが、どうも話はうまく噛みあわない。
そこへ、家族の反対を押し切って、ホテルアバンティへと愛人に会いにやってきた父親が、到着直前に交通事故に遭ったという知らせが入った。
バリモアスイートの場合。
汚職国会議員としてマスコミに追い詰められ、都内のホテルを転々とする毎日の武藤田勝利。
かつてのクリーンなイメージはなく、身も心もボロボロになり、大晦日の夜、ホテルアバンティにたどり着いた。
彼は二つの選択を迫られていた。
国会の証人喚問で洗いざらい喋ってぶちまけるか、だんまりを決め込んでダーティなイメージのまま政治家を続けるか。
どこにも逃げ場の無くなった武藤田は、第3の選択肢を思いつく。
全てを飲み込んだまま自殺する。
自意識過剰のナルシストな彼にとって、最もカッコいい「切り札」と言える。
そんなとき、偶然知り合ったひとりの女、コールガールのヨーコ(篠原涼子)。
世事に疎いヨーコは、彼がスキャンダルの渦中にいることを知らないまま、武藤田に連れられてホテル内を闊歩する。
いつもはヨーコを見つけるとつまみ出していたホテルの従業員達の態度も豹変し、実にイイ気分のヨーコだったが、そんな素晴らしい夜も長くは続かない。
やがてヨーコは武藤田が死を覚悟していると知る。
自殺を思い留まらせようと必死に武藤田に話し掛けるヨーコだが、そんな彼女の思いは届かず、武藤田はひとりで部屋に篭ってしまった。
ライオネルスイートの場合。
ホテルの“最前線”における責任者である副支配人・新堂平吉(役所広司)の任務は、この大晦日をつつがなく終えること。
しかし、そんな彼の願いをよそに、次から次へとトラブルが発生する。
コールガールはホテル内をうろつき、表には汚職国会議員逮捕の瞬間を狙ってマスコミ陣が押し寄せ、大物演歌歌手は部屋で死にたいと騒ぎ、カウントダウンパーティーのために呼んだ芸人が連れてきた凶暴なアヒルが人を襲いながら逃げ回っているとの知らせが入ってきた。
しかも、こんなときに総支配人(伊東四朗)が行方不明だ。
更に追い討ちをかけるように、新堂自身の身の上に大きな問題が降りかかってきた。
別れた妻・由美(原田美枝子)が、現在の夫・堀田(角野卓造)と共にホテルに滞在していたのである。
バッタリ由美と出会ってしまった新堂。
彼は思わず見栄を張ってしまい、自分は滞在客だと偽ってしまう。
そして、タキシードを着ているのは、日頃の仕事の功績が認められ、今夜「マン・オブ・ザ・イヤー」を受賞してスピーチをしなければならないからだと嘘をつく。
しかし、由美の現在の夫こそが、今夜表彰される「マン・オブ・ザ・イヤー」であることを、彼は知る由もなかった。
登場人物それぞれのエピソードが並行して進みつつ絡み合い、もつれあって、最後は全員で力を合わせて“大脱走”を演出し、カウントダウンパーティー会場で一堂に会して大団円!
まるで、いくつもの糸を一つに紡いで色鮮やかな織物を織り上げるかのような、なめらかな展開の演出が心憎い。
2時間という限られた時間と、ホテル内という定められた空間に、たくさんの登場人物といくつものエピソードが絶妙の絡みを見せながら最後には一つのシーンへと集約していく。
三谷幸喜が満を持して世に送り出した脚本、さすがである。
今、これだけのエンターテイメント性を持つ脚本を書ける作家は、他にいないのではないだろうか。
そして、ともすれば地味でこじんまりとした話に落ち着きそうなこの物語を、最高級のエンターテイメントに仕上げているのは、絢爛豪華なキャストだけではない。
国内外の作品で美術を手がける種田陽平が、三谷幸喜とのディスカッションを繰り返して作り上げた、ゴージャスで風格漂うホテルアバンティのセットが素晴らしい。
1325平米という日本最大の広さを誇る東宝スタジオ第8ステージ一杯に、車寄せ・エントランス・フロント・ロビー・ラウンジ・中庭・連絡通路などの、ホテル1階部分を丸々建設。
更に東宝スタジオの3つのステージに、4つのスイートルーム、4つのツインルーム、廊下、エレベーターホールなども作り上げた。
『キル・ビル』の美術も担当した種田が、映画の観客がどこのホテルか?と問い合わせが来るくらいだと嬉しいと語るほど、微に入り細に入り作り込んだセットは、映画を観ている2時間16分の間、ホテルアバンティに滞在していたかのような錯覚を起こさせるほどの出来栄えである。
今年の正月明けに公開された本作であるが、まだ未見の方には是非大晦日に観ていただければ、きっと心温まる年越しが送れるはずだ。
「The有頂天ホテル」
2005年/日本 監督:三谷幸喜
出演:役所広司、松たか子、佐藤浩市、香取慎吾、篠原涼子、戸田恵子、生瀬勝久、YOU、麻生久美子、オダギリジョー、角野卓造、寺島進、浅野和之、近藤芳正、川平慈英、堀内敬子、梶原善、石井正則、原田美枝子、伊東四朗、唐沢寿明、津川雅彦、西田敏行