68年前の今日の日は「太平洋戦争開戦日」である。
NHKテレビで昨日、一昨日と2夜連続で「真珠湾攻撃」の特集を放映していた。
“忘れしゃんすなあの日のことを 二度とするまい殺し合い”
人間、得てして嫌なこと、悪しきことは忘れ去りたく、良いこと、楽しかったことはよく覚えているものである。しかし、68年前のこの日のことは、我々の年代ですら忘れがちである。
ましてや若い世代では、ほとんどの方は頭の片隅にもないのでは?・・・もっとものことである。このせちがない社会環境を生き抜くことは至難なこととなり、過去のことより、“今この時をどう生きるか”が先決のご時勢である。
そのことを知りつつも、敢えて「68年前の今日」を再現する。勿論私も乳飲み子であり、この日のことは知る由もなく、長じて知った出来事である。
“臨時ニュース・臨時ニュースを申し上げます”
―帝國陸海軍は本八日未明西太平洋において米英軍と戰鬪状態に入れり―
(大本營陸海軍部發表・十二月八日午前六時)
陸軍は 英植民地のマレ―・コタバルへ敵前上陸、
海軍は ハワイ・真珠湾へ奇襲攻撃を同時に敢行している。
(時差の関係で陸軍が早い)
「真珠湾攻撃」をみる。
日本海軍は空母6隻(飛行機353機)で奇襲攻撃、敵戦艦4隻を撃沈するなど太平洋艦隊に大打撃を与えている。
この報は、暗電・トラ・トラ・トラ(ワレ奇襲ニ成功セリ)で本国にもたらされているが、それさえ聞けずに名誉の戦死を余儀なくされた人達が居たことも忘れてはならない。
なかでも、この作戦で用いられた特殊潜行艇(全長:24m・全幅:1.85m)5隻(2人乗り)に乗り組んだ九軍神たちである。(1人は捕虜)
結果として、彼等の現場での戦果は皆無であるも、本戦争における両国民の意識高揚の小道具となる。
即ち、日本では、大本営による「敵艦アリゾナ轟沈」の小道具に使われ、国民の熱狂を誘引することとなる。
一方、米国では、座礁で捕虜となったS少尉の特殊潜行艇を市中引き回しならぬ、全米本を土引き回して、ルーズベルト大統領の軍事国債発行に係る正当性の小道具に使われている。
後に彼等は軍神と崇められ、4ヶ月後に日比谷公園で海軍合同葬を営んで貰ったとあるが、そのご遺族には、12月8日は“痛恨の極み”の一日であったに違いない。
そして昭和20年8月15日、全戦没者310万人(軍人・軍属230万人、民間人・800万人)の犠牲をもって漸く終戦を迎えたのである。
なお、昨日テレビ放送の「真珠湾攻撃」について 半藤、沢木両作家の対談で、以下の両氏の言葉が印象的であった。
半藤氏 「海軍あって 国家なし」
沢木氏 「戦争は 絵空ごとでない」
参照 幣ブログ
「真珠湾攻撃」
http://salon.stage007.com/header1007905/dream/1020673/archive/5/0
「神の国の」
http://salon.stage007.com/header1007905/dream/1020673/archive/3/0