かつてアメリカ合衆国は民主主義のチャンピオンであると自認していたはずだ。なのに、暴徒が連邦議会に不法侵入し占拠するというようなとんでもない事態が出来した。しかも、それを大統領自身が扇動した疑いがあるという。選挙の結果が自分の思い通りにならないからと言って、選挙そのものを否定していては民主主義の制度そのものが成り立たない。文明国の人間なら誰でも知っていなくてはならない常識である。
大手メディアのことを「フェイク・ニュース」と罵るのは、すでにトランプの口癖になっているが、フェイク・ニュースの最も大きな発信源はトランプ大統領その人である。「選挙が盗まれた」というのも彼の口癖で、今回の選挙結果についておびただしい数の訴訟を起こしている。そのことごとくが裁判所によって却下されているにもかかわらず、トランプの支持者はそれを事実だと信じているのである。トランプの訴えが如何に馬鹿々々しいものであるか、アメリカ在住の映画評論家・町山智浩 さんが二例ほど紹介してくれているので、ここで披露したいと思う。
【ケース1】
トランプ大統領の弁護士・ルドルフジュリアーニはミシガン州では投票登録者数より投票が多かった、架空の投票が大量にあったのではないかと主張した。「ベンビルでは投票登録者数の3.5倍の人が投票された。またモンティチェロでは投票登録者数の1.5倍の人が投票されている。」と言うのである。
アメリカで投票するためには、選挙人名簿に自分の名前を載せてもらうよう、自分の住んでいるところの選挙管理委員会に申請をしなくてはならない。ペンビルとモンティチェロという二つの町で、選挙人名簿の人数よりも多くの人が投票 (over vote) しているというのである。調べてみると確かに、その二つの町ではあらかじめ登録された選挙人名簿の人数よりも多くの人が投票していた。しかし、その二つの町はミシガン州ではなく、実はミネソタ州の町だったのである。ミネソタ州では選挙当日に選挙人名簿の登録申請も受け付けているので、あらかじめ登録されていた選挙人名簿の人数よりも投票数が多くなるのは当然のことだったのである。 こんなお粗末なミスをした、ジュリアーニ(元ニューヨーク市長)はもう弁護士としてはやって行けないだろうと町山さんは述べている。
【ケース2】
「ペンシルベニアでは私(トランプ)の94万1千票が消された。そして、43万5千票がバイデンに書き換えられた。(差し引き)130万票がドミニオンに奪われた。」と主張した。
※ドミニオンというのは集計器のメーカーである。そのメーカーの経営者が民主党贔屓で集計器のソフトに細工したと主張しているのである。
しかし、集計は複数のメーカの機械が分担して行う。ペンシルベニアにおけるドミニオンの集計分は全部で約130万票で、その内の67万6千票がトランプ氏の票として計上されている。なにを勘違いしたのかが分からないが、トランプ陣営の人々は計算に弱いということが露呈されてしまった。
本来なら、こんな訴えをしたこと自体を恥じねばならないことである。ところがトランプは懲りずに次から次へと明確な証拠もなしに訴訟し、そしてことごとく却下されている。今までに彼の主張に明確な根拠があると認められたものは何一つないというのが現実である。トランプがとても大統領にふさわしい人物でないことは明らかであるにもかかわらず、彼の支持者たちはそのことを見ようとはしない。そして口々に「選挙が盗まれた」と本気で叫ぶのである。詐話師の言葉がこれほど人々の心に強く訴える力があるのはなぜだろう?
トランプの支持者の核にいわゆるプア・ホワイトと称される人々がいる。トランプ大統領の「アメリカの労働者は不法移民に職を奪われている。」という言葉に共感しているのだろうと考えられる。本来なら自分たちはもっと恵まれているはずなのに、そうでないのは民主党のリベラルな政策によって、自分たちは割を食っているのだという思いがあるのだろう。 私には、アーリア人の優越性を訴えることによって国民の熱狂的な支持を集めたヒットラーとトランプが重なるのだが、それは思い過ごしだろうか?