いまを去ること20数年まえ。
娘が中学1〜2年生のころ。
毎週土曜日、娘を学校まで車で迎えに行くのが、わたしたち夫婦の習慣でした。
わたしたち夫婦は公立高校教員。
公立学校はそのころもう週休二日になっていたが、娘の通う私立中学はまだ土曜日が休みではなかった。
そこで、学校がひける12時半ごろ迎えに行き、
「1週間がんばったごほうびに」、ファミレスで豪華(?)ランチを食べることにしていたのでした。
娘のクラス担任はふだんから帰りの会が長い。
臨時の決めごとや話し合いなどがあると、平気で小一時間はたってしまう。
いまのように携帯メールなどのない時代。
やきもきしながらひたすら待つしかないのでした。
最長で2時間待ったことがあります。
「わたしたち、何してるんだろうね」と笑いつつも、娘を待つ時間は少しも苦にならないのでした。
学校近くのスーパー駐車場で待つわたしたち。
「あ、来た来た」
学校の角を曲がって、小柄な娘がトコトコ歩いてきます。
朝別れたばかりの娘を見て、いとしさがこみあげてきます。
「お帰り、遅かったね」
「うん、だってさ、先生がさ」などと言いながら車に乗り込んでくる娘。
親たちが自分を長時間待つのは、娘にとってあたりまえのことなので、ありがとうなどの言葉はありません。
「さあおなかペコペコだよ、今日はなに食べようか」
と3人で言い合って、ルンルンと車はスーパー駐車場を出発します。
...とまあ、こんなアホみたいな「超過保護行動」をとっていたわたしと夫。
娘の成育過程では、一事が万事こんな調子でした。
だからいま、実家に行く際に親が送り迎えすることは、娘にとっては「至極当然」。
そして、わたしと夫にとってもじつは、それほどの抵抗感はありません。
娘のためにはそれくらい何でもない(メンタル的には)...。
けれど、寄る年波でからだがきつくなっている。
娘が(マメをつれて)自力で実家訪問ができるくらい、たくましくなってくれたらなあ。
70代の親は40~50代のころの親とはちがうんだと、気づいてくれたらなあ。