ぐらのにっき

主に趣味のことを好き勝手に書き綴っています。「指輪物語」とトールキンの著作に関してはネタバレの配慮を一切していません。

「字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ」とLotR字幕問題のこと

2007年08月10日 | 指輪物語&トールキン
読書カテゴリーで感想書こうかとも思ったんですが、多分にLotR字幕問題との絡みがあるので、やっぱり指輪カテゴリーで書くことにしました。
太田直子著字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶについてです。
この本、存在は知っていたのですが、読もうと思ったのはLotR字幕問題についての記述があると知ったからです。
それもかなり誤解されたことが書いてあると・・・
もともとは4月にみっちさんのブログで知ったのですが、詳しい経緯はLotR字幕改善について健闘された字幕改善連絡室にあります。
これを読んで、「でもとりあえず元を読まないとなあ・・・」と図書館に予約を入れてまっているうちに、6月には太田氏に送った字幕改善連絡室の方たちからの手紙にすぐに誠意ある返信があったという報告がされ、事態は収束してしまいました(汗)まあ良かったんですけど・・・
で、旅行中に図書館にやっと届いたという連絡が来ていて、ようやく実物を読むことができました。
まずは、問題のLotR字幕問題に関する記述について。まるごと引用は問題あるかも、なんですが、逆に誤解を生まないためには原文をそのまま読んでもらうのがいいかなあ、ということで、ちょっとその部分を引用します。

たとえば数年前の大ヒット映画『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの字幕が原作小説ファンによって激しい非難の嵐にさらされたとき、その配給会社の制作部長は映画フィルムを丸々一本捨てる覚悟で、「原作ファンが求める字幕」を打ち込んでみせたそうだ。
わたしは実際にそれを見ていないのであくまで想像だが、「原作ファンこだわりの字幕」は、おそらく字幕としては最低のものだったろう。意訳や要約を許さない原作どおりの字幕は、膨大な字数になったろうし、へたをすると字幕が三行四行にもなって画面を侵食し、しかも全然読み切れなかったのではあるまいか。そんな掟破りの字幕を敢えてフィルムに打ち込んでみせ、その制作部長は原作ファンを説得したそうだ。
 「ほらね、あなたがたが求めるような字幕にすると、こんなになっちゃうんですよ。これじゃ読めないでしょ」と。
 もちろん、部長の独断では映画フィルムを一本無駄にすることなどできなかったかもしれない。会社が字幕にそれなりの理解を持っていたからできたことだろう。しかし部長の毅然たる決意がなければ、こんな破格の「説得プロジェクト」は実現しなかったはずだ。この一件は、われわれ字幕屋の間で燦然と輝く伝説になっている。


まず驚いたのは、一応字幕改善のなり行きを見守っていたものとして、「ファンを説得するために要求どおりの字幕を打ち込んで見せて説得した」となんて事実は明らかになかった、ということですね。
太田氏も後に事実確認をせずに伝聞だけで書いてしまった、と返答しているそうで、決して太田氏が作り話をでっちあげたわけではないようです。
しかし逆に、字幕関係者の中では、あの字幕騒動がそういう話に捻じ曲がって広まっているのだ・・・ということなんですよね。これが一番ショックだったことかもしれません。
ちなみに当時の字幕改善運動についてはLOTR読み解き英語工房でまとめられています。
映画1作目劇場版→劇場版DVD→SEE版DVDと少しずつ字幕は改善され、2作目からは原作の共訳者の田中明子氏が下訳をしたものを字幕翻訳家のT.N氏が字幕にする、という形式が取られるようになり(ハリポタは最初からこの方式だったため、字幕問題は出ていないですよね。私が知る限りでは)、字幕の質は格段に良くなりました。
今では1作目の上映はSEE版が主流になっているため、最初の劇場版を見られる機会はほとんどなくなりましたが、たまに劇場版の字幕を観ると、「こんなにひどかったっけ」とあまりのひどさに目を奪われてしまいます(汗)1作目は劇場で見ていない人も多いので、初めてあの字幕を見るとびっくりするようですよ。
字幕運動のおかげで、ここまで字幕の質は改善されたのです。
当時、私は字幕問題があまりにも大きな騒動になっていたため、慎重に自分で判断しようと、署名などにも参加していませんでした。
結局のところ、字幕が大きく改善された事実によって、この運動が正しかったことを理解したわけで、何の協力もできなかったのを申し訳なかったと思っています。
でも逆に、当時の騒動に疑問を持っていた立場だったからこそ、今ではその正しさを自信を持って言える、とも思っています。
でも今回の一件で、あの運動で映画字幕に関する問題提起がなされ、映画字幕全体の向上につながって行くはず・・・と思っていたのはかなり希望的観測だったんだなあと、がっかりもしてしまいましたね・・・

字幕問題のおかげで映画に疎い私が知った衝撃の事実は、映画の字幕はたった1週間で作られている、ということでした。
・・・そんな短い期間じゃ、あんなひどいものが出来上がるのも無理ないなと・・・
こんな翻訳、小説や演劇の世界ではあり得ないことです。
普通翻訳者は、その作品のことはもちろん、作者や周辺のこと、たとえば作者の出身国の社会状況など、そういったことを後書きで解説できるくらいには調べてから翻訳するものですよね。
それがなぜ映画だけこんな短期間で訳さなければならないのか・・・

このあたりの事情がわかったという意味で、この本を読んだことは有意義でした。
有意義だったんだけど・・・ちょっと背筋が寒くもなりましたね。
太田氏の場合、字幕を担当することになった作品について、できるだけ背景なども調べるよう努力するようです。そういう努力をしているのだということがわかったのは嬉しかったですね。
(しかしLotRの字幕も担当した売れっ子で大物のT.N氏が同じような真摯な努力をしてるかどうかには疑問がありますが・・・氏の字幕に批判が多いのはそういう点にあるのではないかと思っています)
嬉しかったのですが・・・何しろ期間が1週間ですから、本を2、3冊読んで、そこでおしまいになってしまうのだそうです・・・
調べるつもりがないのではなく、時間がないから仕方ないのだ、ということはよくわかりました。
それでも、その程度の知識しかない人が訳しているのか・・・と思うと、やはりゾッとしてしまうのです・・・
何年もかけて丁寧に作られて来た作品の、その最後の段階でそんな作品について理解がない人の翻訳がつくのは・・・やはり悲しすぎます・・・

翻訳期間が短いのは、配給会社の問題なんですね、ということもよくわかりました。配給会社の、字幕などに時間もお金もかけていられない、という態度が。
映画公開全体にかかる収支を考えると、やむを得ないことなのかもしれませんが・・・
そんな中、最良の方法は、LotRでの2作目以降やハリポタでも取られていたように、その作品に知識のある識者が下訳をし、それを字幕翻訳家が字幕にフィットするように直す、という方法なのでしょう。太田氏も、英語以外の言語を訳す場合の最良の方法としてこの方法を挙げてします。
しかし、この方法は字幕翻訳の方法としては最も時間とお金がかかるもので、なかなか実現できないのだそうです。

そんな条件の悪い中、日本では字幕翻訳に誇りを持って、できるだけ質の高い日本語の字幕にしようと努力してきた人たちがいるのだ、というのはすごいことだと思います。
他の国の字幕と比べて日本の字幕は格段にレベルが高いのだとか。これもわかるような気がします。中国の字幕とかすごいらしいですからね・・・(汗)
以前、機内映画で、LotR3部作の、劇場版とは違う、機内上映用の字幕がついたものを見たのですが、いや~ものすごい代物でしたよ(汗)あんまりすごいので字幕から目が離せなかったです(笑)
外国の字幕ってこんな感じなのかもな・・・と思ったりしました。それを思うと、プロフェッショナルな字幕翻訳家がたくさんいる日本は良かったな、と思います。

思うんですが・・・
字幕の問題は、配給会社のスタンスの問題だけではないな、とも、この本を読んで思ったのでした。
字幕翻訳家の方々は、短期間でできるだけ質の高い字幕を作っている、ということにむしろ誇りを持っているように感じました。少なくとも太田氏はそのようでした。
映画の翻訳が、できるだけ時間をかけていいものになるべきだ、とは思っていないようなのです。
最後の方に、再びLotRの名前が出てきている箇所があって、そこでの発言が氏の本音を出しているなあ、と思ったので再び引用してみます。

もうひとつの字幕批判に、「原作主義」がある。
『ロード・オブ・ザ・リング』のように、もともと熱烈な原作小説ファンがいて、それが映画化された場合、そのファンを納得させる字幕を作るのは至難の業だ。これまでしつこいほど書いて来たように、字幕は単なる「映画理解のための補助輪」にすぎない。ストーリーを全く知らない人が一度だけその映画を見たとき、それなりに楽しめるように配慮してある。原作を熟知したファンの細かな用語的こだわりには、はっきりいってつきあっていられないのだ。映画館に行けばいやでも字幕が目に入るので「意訳」にムカつくのはわかるが、物語の細部まで理解しているのなら字幕など読む必要はないではないか。スクリーンの隅っこにあるうっとうしいキズだと思って無視していただけないものか。だめ?


これを読んで即座に「だめに決まってんじゃん!」と叫んでしまった私・・・
LotR字幕騒動は、そもそも用語的なこだわりとかそういうのではなく、もっと根本的なことを問題としていたので、「字幕改善連絡室」の方たちも、原作ファンが抗議していたのではないのだ、と主張されています。
が、私は敢えて原作ファンの立場としてこの意見に物申したいです。
映画を見る人の大多数は原作を知らない人かもしれないけれど、結局DVDまで買って何度も映画館に通い、たくさん字幕を見ることになるのは原作ファンです。
原作ファンじゃなくてその映画が好きになる人もいると思いますが、そういう人は結局は原作を読むことになり、やがて原作ファンと同じような感想を持つことになります。
まあ、その映画が原作ファンにとって良いものであった場合ですが・・・。そういう場合こそ、せっかく映画の出来がいいのに、最後に字幕でコケられるのは許せないのです。LotR1作目はまさにそういう状況だったのです。
「物語の細部まで理解しているのなら字幕など読む必要はないではないか」と言う言葉にもカチンと来ましたね。
英語わかる人はいいですよ。でも、英語を聞き取れない人にとって、字幕は物語の一部、映画の一部なんです。
原作と一言一句違わない台詞だったら、確かに字幕は無視できます。でも、たいてい原作とは少しずつ違っているでしょう。そうしたら、やはり字幕を読むしかないんです。
そして、珍妙な字幕は、例え画面の片隅にあったとしても、思わず目を奪われてしまって集中を削ぐのですよ・・・
LotR1作目のボロミアの最期のシーンの「我ら人間」の字幕を初めて見た時、「えええ~」と思わず涙がひっこみましたもんね・・・あれは忘れられませんよ・・・

とまあそんな訳で、この本を読んだことで、映画字幕の問題点が色々とわかって、有意義だったなと・・・
そして、そんな状況を思うと、やはりLotRでの字幕改善運動は、映画字幕全体の改善に向けて、意味のあるものだった、と思います。
たとえ、その結果が字幕業界ではねじ巻けれられて伝わっていたとしても・・・

この本については、本当はもっと感想というか言いたいこともあるのですが、字幕のことだけでお腹一杯になるくらい感想書いてしまったので、もういいや(笑)
コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« アメリカで見た指輪グッズた... | トップ | RENT »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
燦然と輝く伝説 (みっち)
2007-08-11 09:06:57
これが太田氏ひとりの誤解ではなく、字幕屋さんたちの間では「そういうこと」になっているらしい、というのが悲しいです。

遅れましたが、お帰りなさい^^。
返信する
字幕業界?って・・・ (ぐら)
2007-08-11 20:06:21
そうですよね、あの字幕騒動が、字幕業界ではそんな話になってしまっているのは悲しいですね・・・
やはり字幕業界?の壁はまだまだ厚いんだなあと思いました。

旅行に行っていて、ただでさえ遅れていたLotROはもう完全にドロップアウト状態です・・・(汗)
返信する

コメントを投稿

指輪物語&トールキン」カテゴリの最新記事