2011年11月17日(木) 午後の部
俵山温泉で一息ついた後、中国道に入り一路九州へ向かいます。思えば、2週間程前にも九州に行って来たところです。今年4度目の九州上陸となりますが、今年はかの地で赤い電気機関車を撮影していません。この機会を利用して少しの時間ですがチャレンジしてみる事にします。が、お昼ごろまでの好天が嘘だったように、空は厚い雲に覆われています。撮影には厳しい状況に近づいています。関門橋を渡り、九州へ足を踏み入れます。撮影ポイントは、昨年来た事がある鹿児島本線/遠賀川-海老津の千代丸踏切です。前回は海老津駅から歩いて行きました。実際 は遠賀川駅の方が近かったのですが・・・・。その時は休日でしたので、先着の同業者3名ほどが良いポジションを独占して、私はその外側から撮影する悲惨な状態でした。平日の今日は予想通り同業者の姿は無く、この踏切を独占できます。とは言え、時刻は午後3時になろうとしています。11月というただでさえ陽が短いこの時期に、今にも雨が降りそうな天気です。暗すぎます・・・。光が足りません・・・・。昨日は強い光に悩ませられましたが、一転今日は光を欲しています。おまけに来る列車はスピードが速く、生半端なシャッタースピードでは止まってくれません
。
金太郎ことEH500を見届けた後、海老津駅方面へ移動します。お立ち台通信にある海老津東方1.2キロに位置する、線路北側にある住宅地「高陽団地」の線路沿いの道路から狙います。が,大きな誤算が・・・。住宅地に買われてている犬が、カメラをぶら下げた怪しい男(私)を吠えること、甚だしい。一匹が吠え始めると、近所の犬も釣られて一斉に吠え始めます。犬の苦手な人間にとっては実に居心地が悪い。鎖に繋がれているから大丈夫と思っていても気分のいいものではありません(住民の方にも迷惑を掛けてしまいますから)。
幸いなことに?北九州方面からEF81に牽かれたコンテナ列車がやってきます。写真の出来はともかく、1時間程の間に3種類の機関車を撮影出来ました。あたりはすでに薄暗くなってきています。もう、ここらで潮時です。何時までも吠え続ける忠犬たちに別れを告げ、大分県を目指します。
北九州市を通って、未だ高速道路が未整備な豊前地方を南下し、山守川を越え大分県に入ります。中津市へは2月に立ち寄って以来です。在住の知人の姿が浮かびますが、平日に突然訪
問する訳にもいきません。ひとり市内でラーメンをいただきます。
この日は、中津で1泊。ホテルに入るなり、服を着たまま就寝・・・。それからの事は、何も覚えていません
2011年11月17日(木)
朝、目覚めたとき自分が今どこに居るのか分りませんでした。そうだ、今小郡駅(改名後の新山口という名前は頭に浮かびません)前のビジネスホテルに居るんだと認識するまでかなりの時間を要しました。こんな時は、相当疲れが溜まっているいるのでしょう。昨夜は浜田ICからの高速に上がり、山口県を目指しましたが、映画を見る為、広島で寄り道→http://blog.goo.ne.jp/hally583/d/20111123
をしたりして、ここに着いたのが午前0時。昨日は1日で800キロ移動しました。身体は、まだ寝ていたいと言うメッセージを発しています。今日からは、ゆっくりと旅を楽しみたい気持ちが強くなってきました。せっかくの休暇ですから。でも、せっかくの休暇だからこそこの時しか出来ないことをせねばと、私としては珍しく誘惑に打ち勝ち、寝床から抜け出し、次なる目的地に出発します。
今日こそは、納得のいく<岡見貨物>の写真を撮りたい!という《しょぼい》野望を胸にして・・・。
向かったのは、美祢線四朗ヶ原-南大嶺の田園地帯の直線区間(お立ち台通信Vol.5、P184)に紹介されていたポイントです。今回、ここに的を絞ったのは作例では、影が編成に落ちていなかったから。昨日は、これに泣かされました。今日こそは編成全体にバッチリ陽が当たっている写真を撮りたいのです・・・・。高速道路ICからも近く、またカーナビのおかげもあり、迷うことなく現地に到着出来ました。一目で、このロケーション気に入りました。が、作例と違い、後ろの方に山の影が落ちています。やはり11月ともなるとここでも光線状態は芳しくない様です。上手くクリア出来る場所を探しているうちに、予想より早く列車がやってきます。この時ばかりは、慌てました。このワンショットに懸けて、那須与一の心境でシャッターを切り続けます。
結果は、後方のタキに影が掛かっていますが、これなら合格点を上げても良いかなと自身で納得します。
先ほどの貨物列車が南大嶺駅で対向待ちしているのを確認して、美祢駅北方にある貨物列車の到着地に先回りします。駅前ロータリーの傍にある踏切横で黄色いスイッチャーが待機しているのが見えます。3人の宇部興産セメントサービスの方が、先ほどの貨車を受け取る為、待機しています。「写真を撮らせてください。」と言うと、「どうぞ、どうぞ、好きなだけどうぞ」との返事が返ってきました。このありがたい言葉を無駄にはしまいと、入替えの一部始終をカメラに収めることにします。
列車はここより北にあるヤードに到着。黄色いスイッチャーは貨車を受け取りに出発します。
JRから引き継いだ貨車を牽いて工場に続く専用線を黄色いスイッチャー<No.12>はゆっくりと走っていきます。緑の絨毯を行く綺麗な機関車は絵画のようです。
当初は、おまけの様に思っていた専用線探訪でしたが、予想以上に充実した時間を過ごせました。去りゆく貨車を眺めていると、昨日の朝に撮影したものが、何両か含まれていました。貨物の世界は奥が深い・・・・。
急遽休暇をいただく事になりました。情けない事に、準備が出来ないまま休みに突入・・・。来年にでも取ろうと思っていたのですが、諸事情でこの時期に取ることになりました。初めの2日ほどは、どこにも行かず引きこもり状態。さすがに勿体ないと思い、休みを利用して旅に出ることにしました。
2011年11月16日(水)
日付が変ったのを見計らい、夜逃げの様にこっそりと自宅を出ます。鳴門ICから浜田ICまでの長いドライブの始まりです。瀬戸大橋を渡り、山陽道に出ると快調だったドライブが一転、苦難の道に。みるみるスピードが落ちてしまいます。走行車線も追い越し車線もトラックで溢れていて、いつの間にか3方向大型トレーラーに挟まれ、押しつぶされそうな気持で運転を続けます。PAに入ろうとしても、駐車場は仮眠をとるトラックで一杯。中には本線の路側帯にまではみ出て駐車しているのも・・・・。この状態が延々続きます。物流のほとんどをトラックが占めている事は頭では分っていましたが、この時ばかりは思い知りました。想像以上でした。ところが広島から一転中国道に入ると、状況は一転。車が走っていない・・・・。最終行程の浜田自動車道では、対向車もほとんどなく、気が付けば日本海側に着いてしまいました。
国道9号線を西に走り、益田市内に入る頃、ようやくあたりは明るくなります。益田駅裏で、お目当ての列車を待ちます。やがて昇ってきた朝日に照らされ、朱色に塗られた機関車2台に牽かれたタンク車の列がゆっくりと構内に入ってきます。この光景を目にして<ここに来てよかった>と心底思いました。長時間のドライブ疲れも一瞬、忘れてしまいます。20年、いや10年位前は結構方々で見られた、国鉄色のDD51の牽く車扱貨物ですが、今では本当に少なくなりました。
しばし、重連貨物の威容に見とれていましたが、益田駅での長時間停車の間に先行し、日本海の見えるポイントで待ちうける事にします。 今年のJR貨物カレンダー6月分に採用された、海をバックに走るこの貨物列車の美しい姿に魅せられ、自分も同じ場所に立ってみたいとずっと思っていました。この夢をかなえるため、写真と同じ場所を探して、車を東に走らせます。鎌手~岡見にあるその場所は、およその見当はついていますが、肝心の徒歩で海に向かっていく小道の入口がよくわかりません。
何度か、道を間違えながらも、ようやく見つけました。<我、ジャブローの進入路、見つけたり>の気分です。 舗装道路から<けもの道>といっても良い、細い道に分け入るとすぐに、紺碧の日本海とその入江を渡る小さな鉄橋が目に飛び込んできます。素晴らしいロケーションです。但し、足を滑らすとそのまま崖下の海に真っ逆さまに・・・。高所恐怖症の人でなくとも、後ずさりしてしまいます。入口の周りにはたくさんの駐車があり、てっきり同業者密集を予想しましたが撮影の先客は一人のみ。撮影ポイントよりさらに下った場所に、釣り人が多数いる様子。こちらの方は密集状態の様です。
来た頃は、線路全体が影になっていました。が、貨物列車が来るころには鉄橋の半分まで陽が当たる様になり、困惑・・・。このまま全体にこれではまだら模様になってしまう・・・・。そして、その懸念は現実のものになってしまいました・・・。どうやらごく限られた季節のみ、陽があたる様です。ここでも事前のリサーチ不足が露呈してしまいました(ショボン・・・)。
気持ちを切り替え、先ほどの貨物が到着した発電所の方に偵察に出かけます。すでに、機関車は切り離され、益田駅に回送させるのを待っています。先ほどのポイントに戻り、重連回送を狙います。
光線状態は先ほどより良くなりましたが、やはり影が差しています。もっと根本的な問題として、この短い鉄橋にDD51×2台は長過ぎて、はみ出てしまう・・・。いろいろな迷いはありましたが波と風の音しか聴こえない、崖の上で、碧い海を眺めていると些細なことは気にならなくなってきました。旅客列車を2本見送った後、回送機関車は突然姿を現し、視界を横切って行きました。紺碧の中に赤い矢の様な残像を残して・・・・。