真壁昭夫:法政大学大学院教授
錦湖アシアナグループが 中核企業のアシアナ航空を売却
4月15日、韓国の中堅財閥企業である錦湖(クムホ)アシアナグループは、グループの中核企業である韓国2位のエアライン「アシアナ航空」を売却すると発表した。
この発表の影響は韓国経済にとって大きい。
中核企業の売却は、錦湖グループという財閥の瓦解(がかい)につながるからだ。
財閥企業の成長に依存して経済成長を遂げてきた韓国にとって、これは見逃すことのできない大きな問題だ。
最大のポイントは、韓国の財閥企業が世界経済の変化にうまく対応できなかったことだ。
特に、航空会社の経営内容は、その国の経済状況を的確に映す水晶玉のようなものといえる。
錦湖グループが解体に向かっていることは、韓国経済の減速だけでなく、成長が行き詰まりつつあることを示唆しているように思えてならない。
企業にとって重要なことは、変化に適応し、利害関係者の納得を得ながら成長を実現することだ。
錦湖アシアナグループは外部環境に目を向けず、独善的な発想でリスク管理を欠いた経営を漫然と続けた。
それは、韓国の財閥企業全体に共通する問題だ。
財閥企業という経済の最重要基盤がぜい弱になる中、韓国の政治・経済への不安は高まるだろう。
韓国経済の屋台骨である 有力財閥の行き詰まり
錦湖アシアナグループによるアシアナ航空の売却決定。
これは、韓国の財閥企業の“同族経営”が限界を迎えたことを意味する。
韓国の財閥企業は、経営の形態を根本から変えなければ、持続的な成長を目指すことが難しいだろう。
それは、韓国の経済にとって、最も重要かつ深刻な問題である。
錦湖アシアナグループは、アシアナ航空を中核に、レジャー、石油化学、タイヤ、建設など複数の事業を運営してきた韓国特有の財閥企業だ。
2000年代に入り、同グループは拡大路線を追求した。
その目的は、韓国のナショナル・フラッグ・キャリアである大韓航空を傘下に収める韓進グループを追い抜くことだった。
特に、2006年、錦湖グループが大宇建設を買収したことは、韓国経済界でも論争を呼んだ。
どちらかといえば、大宇建設の企業価値を大きく上回る買収金額、買収のための借り入れ増加が錦湖グループの経営を悪化させるとの見方が多かった。
そこまでのリスクを冒してまで、同グループを率いる朴三求(パク・サムグ)会長は、財閥全体への統帥権を確立したかったわけだ。
同グループ傘下の企業は、朴兄弟によって経営が指揮されてきた。
兄弟とはいえ、常に利害が一致しているわけではない。
朴三求会長は大宇建設買収を強行して拡大路線を進めることによって、弟の朴賛求(パク・チャング)氏の影響力を弱めたかった。
兄弟同士の覇権争いが、身の丈を超えた買収の正当化につながり、同グループの経営を悪化させた。
2009年、錦湖グループは資金難に直面し、大宇建設の経営権を手放さざるを得ない状況に直面した。
それ以降、同グループは資産の売却を進め、当座の資金繰りを確保せざるを得ない状況に陥ってきた。
資産売却によっても同グループの財務状態は悪化し続けた。
最終的にはグループの収益の柱であるアシアナ航空を売却しなければならなくなってしまった。
これは、リストラを続けると最終的に企業そのものがなくなることを確認する良い例だ。
環境変化に 対応できなかった同族経営
韓国財閥企業は、世界経済の環境変化に適応することができなくなっている。
それは、財閥企業の成長に依存してきた韓国経済にとって、深刻な問題だ。
まず、アシアナ航空の業績悪化の背景には、韓国経済の減速が大きく影響している。
大手航空会社の経営状態は、その国の経済状況を的確に表すことが多い。
景気が良ければ、観光やビジネスでエアラインを使う人は増える。
それが航空会社の業績拡大を支える。反対に、景気が減速すると観光などのためにエアラインを使う人は減少する。
昨年、最大の輸出国である中国の景気が悪化し、韓国経済のエンジンである輸出が大きく落ち込んだ。
その結果、韓国経済は下り坂を転がり落ちるような勢いで減速した。
中国は、これまで輸入に頼ってきた半導体などを国内で生産しようとしている。
中国の景気が持ち直したとしても、韓国の景気が上向くとは言いづらい。
韓国が中国に対して関係の強化を求めたとしても、中国にそのゆとりはない。
中国は、対米交渉などを念頭にわが国との関係強化に動いている。
韓国経済の不確実性はかなり高まっている。
グローバル経済の中で、韓国経済は漂流していると言ってよい。
その上、格安航空会社(LCC)の参入によって、競争が激化し、航空運賃には低下圧力がかかっている。
大手航空会社が利用者を獲得するためには、接客サービスなどを向上させ、LCCにはない満足を提供することが欠かせない。
しかし、大韓航空も、アシアナ航空も、同族経営の下で創業家出身のトップの方だけを向いてビジネスを続けた。
その結果、大韓航空では“ナッツリターン事件”が起き、社会からバッシングされた。
アシアナでは資金繰りのために子会社を売却し、機内食を提供することが難しくなってしまった。
さらに、アシアナ航空では朴会長のための行事準備のために、フライト前のブリーフィングが省略されていたことなども暴露されている。
複数の企業で同族経営の弊害が明らかになり、株主や従業員、地域社会から非難されている状況はかなり深刻だ。
財閥企業依存度の高い 韓国経済の限界
韓国経済は成長の限界に直面していると言わざるを得ない。
韓国は、財閥企業を優遇し、競争力を高めることで経済を成長させてきた。
経済成長を支えた財閥企業の同族経営は、一族の栄華を追求するあまり、環境変化に適応することの重要性に関心を向けなかった。
韓進や錦湖の経営危機はその典型だ。経済を牛耳ってきた財閥企業の経営形態を根本から改めない限り、韓国が持続的な成長を目指すこと
は難しい。
本来であれば、財閥企業の同族経営問題はかなり前に是正されるべきだった。
しかし、韓国の政治家は自らの政治生命を守るために、同族経営を黙認してしまった。
問題の先送りが続いてきた結果、手を付けることができないほど、同族経営のマイナス面が大きくなっている。
韓国政府の財閥企業への対応を見ていると、“腫れ物に触るような”印象すら受ける。
半導体の輸出という成長の原動力が弱まっていることを考えると、サムスンを筆頭に財閥企業の収益環境は一段と厳しさを増すだろう。
それに伴い、韓国の所得や雇用不安も高まる可能性が高い。
韓国世論は、政治・経済への不満をさらに募らせるだろう。
追い打ちをかけるように、韓国を取り巻く外部環境が変化している。
中国は韓国との関係を重視しなくなっている。
米国は明らかに韓国と距離を取り始めた。
米韓首脳会談の中で文大統領がトランプ大統領と“サシ”で話した時間は、約2分だった。
文大統領は米国に北朝鮮への配慮を求めたかった。米国はそれを真っ向から遮った。
これは、米国にとって韓国が国際秩序を乱す“困った国”と化しているからだ。
韓国は、政治・経済・外交とあらゆる政策領域で、袋小路に入ってしまったように思う。
国内経済や対日関係において世論が不満を募らせるだろう。
他方、韓国政府は民間企業の成長を促進し、富の再分配機能を強化する策を持ち合わせていないように見える。
北朝鮮の核開発活動が継続している中で、韓国国内の情勢不安が高まることは、世界の政治・経済にとって無視できないリスクと考えるべきだ。