8月4日が到来しても、恐らく「現金化」は実現しない
配信日時:2020/08/02 05:00 | カテゴリー : 韓国崩壊
新宿会計士政治経済評論
自称元徴用工判決問題を巡り、日本製鉄の在韓資産であるPNR社の株主持分の強制売却に関する公示送達の期日が、今月4日に到来します。
これを受けて世の中的には「いよいよ日韓関係が終焉に向けて動き出す」、といった議論もないわけではないのですが、個人的には、「現金化」が実現する可能性は低いとみています。
そもそも非上場株式の売却自体が法的にきわめて困難であることに加え、韓国側の狙いが面倒くさい売却手続を実施することよりも手っ取り早く日本企業からカネをむしり取ることにあるとみられるからです。
自称元徴用工問題
自称元徴用工問題のなにが問題なのか
韓国側で「戦時中、強制徴用工だった」と自称する者たちが日本企業を訴え、韓国の裁判所がこれを認めるという、いわゆる自称元徴用工問題が、再び注目され始めています。
そして、この自称元徴用工問題の中核をなすのが、2018年10月30日に当時の新日鐵住金(現・日本製鉄)、同11月29日に三菱重工業に対し、それぞれ韓国の「大法院」(最高裁に相当)が下した損害賠償判決です。
なぜこれが問題なのかといえば、こんな判決を日本政府が認めたら、そもそも1965年の日韓請求権協定ですべて解決しているはずの日韓両国の請求権問題が「解決していない」ということになってしまうからであり、それこそ日韓の法的基盤が覆ってしまうからです。
問題は、それだけではありません。
現在、日本製鉄、三菱重工、不二越の3社については、在韓資産が韓国の裁判所によって差押え・凍結処分を受けています。
差押え対象の資産は非上場株式や知的財産権(特許権や商標権)ですが、韓国の原告側は「日本企業が損害賠償に応じなければこれらを売却する」と脅しているのです。
そして、日本政府関係者の発言などによれば、万が一、日本企業のこれらの資産が売却されてしまえば、日本企業に「不当な不利益が生じた」ことになり、日本政府は韓国に対し、何らかの対抗措置を発動するのではないか、との観測もあります。
自称元徴用工判決問題、8月4日に向け注目集まる
そして、8月4日には、初の事例として、日本製鉄の在韓資産であるPNR社(日本製鉄が30%、韓国ポスコが70%を保有)の株式売却に向けた公示送達の効力が発生します。
「万が一、韓国の裁判所が売却命令を下せば、もう日韓関係はおしまいだ」――。
そんな話も聞こえてきます。
実際、毎日新聞の秋山信一記者が執筆した次の記事によると、菅義偉官房長官は1日、読売テレビの番組に出演し、これらの資産が売却された場合には「ありとあらゆる対応策を政府では検討している」、「方向性はしっかり出ている」などと述べたのだそうです。
菅官房長官 元徴用工問題「方向性出ている」 対抗措置示唆で韓国側けん制
―――2020年8月1日 13時39分付 毎日新聞デジタル日本語版より
これについて秋山記者は、公示送達の効力が8月4日に発生すれば、「韓国の裁判所が売却命令を出す可能性がある」ため、菅官房長官のこの発言は「対抗措置を示唆することで韓国側を牽制した」ものだと評しています。
ちなみにこの毎日新聞の秋山記者は、2018年11月の時点で、他メディアに先駆けていち早く国連国際法委員会の2001年の「国際不法行為に関する決議文書」の存在を報じていた人物です(『毎日新聞が報じた徴用工判決巡る「日本側の対抗措置」とは?』参照)。
秋山記者の記事の内容は、いちおう、読売テレビで菅官房長官が発言した内容をそのまま報じるという体裁であり、かつ、あまり長い記事ではありません。
しかし、ポイントの掴み方は非常に優れていて、やはりきちんとした取材ないし知識の裏付けが見て取れます。
もっとも、菅官房長官が読売テレビで発言したとされる内容自体は、とくに目新しいものではありません。
というのも、菅官房長官は当時から、「韓国は国際法を守れ」と牽制する一方、「日本が考えている対抗措置については明らかにしない」という一貫した立場を示しているからです。
自称元徴用工判決から2年弱、すでに多くのメディアが「日本政府は担当チームがさまざまな対抗策を検討している」、「日本政府が取り得る措置は2桁にも達する」、「いや、100以上の対抗策をすでにリストアップしている」、などと報じてきました。
真田教授の「金融締め上げ」論
それだけに、今回、万が一にも日本企業の資産売却が実現してしまえば、日本がどんな対抗措置を取るのか、少なくない人が興味を感じていることは間違いありません。
その具体的な対抗措置として、最も効果的なものは、金融制裁だ、という話があります。
これについて愛知淑徳大学の真田幸光教授は数日前、産経系のウェブサイト『zakzak』のインタビューに対し、「日本の金融機関が超短期のドル資金を融通しなくなるだけで、1日にして韓国の銀行はデフォルトに陥ってもおかしくない」と述べたそうです。
やられたらやり返す!「元徴用工問題」蒸し返す韓国に金融制裁だ 日本企業の資産現金化に対し「銀行のドル資金枯渇作戦」 識者「韓国は国家破綻に」
慰安婦土下座像の設置など相変わらず「反日」に余念がない韓国。
8月に入ると、いわゆる元徴用工訴訟で差し押さえられた日本企業の資産の現金化が可能になる。<<…続きを読む>>
―――2020.7.30付 zakzakより
もっとも、このzakzakのタイトルのつけ方は、若干ミスリーディングです。
当ウェブサイトではこれまで何度も述べてきたとおり、日本から外国に対する強制力を伴った金融制裁として、外為法の支払い制限などを課すには、かなりハードルが高いからです(『中央日報「日本が対韓金融制裁カードを検討」』等参照)。
実際、真田教授の発言も、決して「日本が金融制裁をすればよい」などの短絡的なものではなく、「(この措置は)あくまでも日本の金融機関の与信判断によるものでなければならない」、「日本が制裁の形を取らないようにすることが重要だ」、とくぎを刺した格好になっています。
真田教授は国際金融の専門家であり、とくに韓国の金融の脆弱性について肌感覚で理解されていますが、それと同時に、経済制裁の法的制約、経済制裁がもたらす効果などの本質的な部分を踏まえ、慎重に発言しているといえるでしょう。
そのうえで真田教授はzakzakに対し、「韓国にまた、上げ足を取られ、日本が国際社会で悪者にされないようにするとともに、実質的には韓国を制裁することが必要」などと述べたのだそうですが、これこそ不肖、当ウェブサイトでいうところの「サイレント型経済制裁」、「消極的経済制裁」に相当すると思います。
このあたり、大蔵省の銀行に対する窓口規制が効いた過去と異なり、現在、金融庁が銀行自己資本比率告示を国際的なバーゼル規制と整合しないものに変更することは難しく、どうしても民間金融機関の自主的な措置に委ねざるを得ません。
したがって、当ウェブサイトではこれまでに何度も述べてきたとおり、「自称元徴用工問題そのもの」を契機として金融制裁を発動することは、なかなか難しいと考えている次第です(おそらく真田教授も同意見ではないかと思います)。
そもそも現金化は可能か?
「現金化」を巡る誤解
ただし、世の中で「8月4日が到来したらすぐに現金化が行われるのではないか」という議論が蔓延していることは事実ですが、この点については、当ウェブサイトとしては賛同しません。
なぜなら、以前からしばしば議論しているとおり、そもそも論として非上場株式の競売手続を用いた現金化は、カネも時間もかかるなど、正直、非現実的だからです。
非上場株式の売却、「法治国家では」とても難しい
数日前より、読者雑談記事などで議論されていたのが、「非上場会社の株式を差し押さえたとして、どうやってそれを売却することができるのか」、というものです。
これについては以前、『非上場株式の売却を「時限爆弾」と呼ぶ韓国メディア』で、某隣国で日本企業の在韓資産が差し押さえられているという問題を巡って、「日本企業の資産が換金される可能性は低い」と述べましたが、「法に定められた手続をまったく守らない国」において、日本と同じ議論が成り立つのか、という点については、あらためて議論しておく価値がありそうです。<<…続きを読む>>
―――2020/07/20 05:00付 当ウェブサイトより
この「資産売却が可能にある」などと論じている人たちは、「株式」といえば、東証などの取引所で日々取引されている「上場株式」を思い浮かべるかもしれません。上場株式であれば、たしかに、その日の時価ですぐに売却できてしまうため、とても簡単です。
しかし、韓国国内で差し押さえられている株式は、上場株式ではありません。非上場株式です。
ということは、競売に先立って、まずはわざわざ財務調査を実施し、売却するための最低落札価格を決定しなければならない、というわけです。
このあたり、論者によっては「額面株式だったらその額面を最低落札価格にすればよいのではないか」、「その会社の資本金をもとに最低落札価格を決めればよいじゃないか」、などと述べているケースもあるようですが(素人丸出しですね)、ものごとはそこまで単純ではありません。
カネも時間もかかる…簡単ではない財務DD
会社というものは、設立された瞬間以降、営業活動を開始すれば、純資産は常に変動し続けますし、会社の資本金はその会社にその金額の財産が存在することを保障するものではないのです(このことは、簿記検定3級程度の知識があればだれにでもわかる話です)。
だからこそ、裁判所はPNR社の株式の売却に先立ち、まずは調査人を選任して財務内容の調査を実施させ、最低落札価格を決めなければなりません。そして、この財務内容の調査を、一般に「財務デューデリジェンス(DD)」と呼びます。
一般に大企業同士の合弁会社の財務DDは、非上場会社であっても企業規模が大きいため、下手をすると時間は数週間必要ですし、費用も数百万円単位で必要となります。
ハードルは、それだけではありません。
原告側がそこまでのコストと時間をかけたとしても、株式を買い取る人が出てくるという保証はありません。
ここで、PNR社の株式をX氏という人物が2000万円で買い取ったとしましょう。しかし、PNR社のような合弁会社の場合、一般に「譲渡制限条項」が付されていて、あらかじめ決められた株主以外の第三者が株式を取得することを予防することが可能です。
実際、『大韓民国商法第335条』には、こんな規定が置かれています。
大韓民国商法第335条(株式の譲渡制限)
①株式は、他人に譲渡することができる。ただし、会社は、定款で定めるところにより、その発行する株式の譲渡に関して理事会の承認を必要とすることができる。
②第1項ただし書の規定に違反し、理事会の承認を得ない株式の譲渡は、会社に対して効力がない。
(※日本語訳は筆者による。以下同じ)
つまり、もし譲渡制限条項が付されている株式を裁判所の命令で売却し、運良くX氏という買い手が出現したとしても、PNR社としては、X氏への株式譲渡については株主名簿書換を拒絶することができる、というわけです。
Xさんは結局、株式を取得することができない
そうなると、Xさんとしては、せっかく株式を買い取ったとしても、PNR社に対して「俺が株主だ」と主張することもできません。つまり、PNR社の経営にも参加できませんし、配当金の請求権も行使できない、というわけです。
そこで、XさんはPNR社に対し、「株式の譲渡を承認してくれ」、「もし承認しないならば代わりにその株式を売り渡す相手を指定してくれ」、と請求することができます。これが、『大韓民国商法』第335条の2の規定です。
大韓民国商法第335条の2(譲渡承認の請求)
①株式の譲渡に関して理事会の承認を得なければならする場合には、株式を譲渡しようとする株主は、会社に対して譲渡の相手方及び譲渡しようとする株式の種類と数を記載した書面に譲渡の承認を請求することができる。
②会社は、第1項の請求があった日から1月以内に株主にその承認するかどうかを書面で通知しなければならない。
③会社が第2項の期間内に株主に拒否の通知をしないときは、株式の譲渡に関して理事会の承認があるものとみなす。
④第2項の譲渡の承認を拒否の通知を受けた株主は、通知を受けた日から20日以内に会社に対して譲渡の相手方の指定又はその株式の買取を請求することができる。
常識的には、PNR社とX氏は同第4項の規定を使い、X氏が競売で買い取った株式をPNR社に買い上げてもらう、という選択を取るのではないでしょうか。
最大の地雷は「2度目の財務DD」
その指定をすればめでたし、ではありません。ここでもうひとつ、とてつもない地雷が待っているのです。それが『第335条の5』の規定です。
大韓民国商法第335条の5(譲渡価格の決定)【※抜粋】
①第335条の4の場合には、株式の売り価額は、株主と売り請求人間の協議でこれを決定する。
つまり、PNR社とX氏が『大韓民国商法第335条の4第4項』の規定を使って株式を会社が買い取るというかたちで合意したとしても、その売却価格については両者で協議しなければならず、一般的にはここでもう1度、財務DDを実施しなければならないのです。
X氏はこの財務DDでいくらのコストが必要か、この財務DDの結果PNR社の株式の公正価値がいくらと算定されるかを織り込んだうえで、PNR社の株式を落札しなければなりません。まともに考えたら、「X氏」のような人物が出現するはずなどないのは明らかでしょう。
韓国滅亡に向けて
韓国側の本当の狙い
では、なぜ韓国側は、非上場株式の差押えという「悪手」をわざわざ選んだのでしょうか?
その理由はおそらく、彼らも本気でPNR社の株式を売却しようとは思っておらず、今回の差押えも、結局のところは日本企業を脅すための単なるポーズに過ぎないからです。早い話が、日本企業からカネをむしり取れるなら、何でも良いのでしょう。
非常にわかりやすくいえば、次のような流れです。
•大法院判決が出た瞬間→「判決が出たぞ、日本企業はカネを払え!」
•日本企業が賠償に応じないとアポなしで日本企業を訪れ「日本企業はカネを払え!」
•それでも日本企業が賠償に応じないと→「資産を差し押さえたぞ、日本企業はカネを払え!」
•日本企業が無視すると→「資産を売却するまでに猶予を与えてやるぞ、日本企業はカネを払え!」
•日本政府も無視すると→「国会で基金法案を提出してやったぞ、日本企業はカネを払え!」
•それでも日本が無視し続けると→「いよいよ公示送達に踏み切るぞ、日本企業はカネを払え!」
ということは、8月4日も、おそらくは
「公示送達の期日が到来したぞ、まだ現金化まで少しだけ時間をやるから日本企業はカネを払え!」
とやるつもりでしょう。
本当に見え透いた、安っぽい瀬戸際外交です。だからこそ、日本政府は「売却したらぶん殴るぞ」とだけ言い含めておいて、「無視して放置」を決め込んでいるのでしょう。おそらく日韓の膠着状況は当分続く、というわけです。
ついうっかり売却してくれないかな?
ただし、いちおう「日韓の膠着状況が続かない」とうい可能性を、2つほど示しておきたいと思います。
1つ目は、『非上場株式の売却、「法治国家では」とても難しい』でも述べた、「韓国が法治国家ではない」というリスクです。
具体的には、韓国の裁判所が民事執行法の手続を無視して、最初の財務DDを実施せずに最低落札価格を勝手に決めて売却手続を始めてしまう、という可能性が考えられます。
また、これに関連して、先ほど挙げた「ミスターX」が民間人ではなく韓国政府(あるいは政府系社会保障基金など、韓国政府の意向を受けた機関投資家)である、というシナリオについても、考えておく必要があるかもしれません。
そもそも韓国は自称元徴用工判決が出るほどの国であり、法治国家ですらありません。
また、文在寅(ぶん・ざいいん、またはウェン・ツァイイン)韓国大統領を含めた政権一味が、北朝鮮との国家統合を重視するあまり、日米両国との関係を決定的に損ねることを厭わない国だ、というのもリスク要因です。
一方、2つ目のリスクは、わが国の姿勢です。
昨日の『経産相発言から読む:韓国のWTO提訴は悪手中の悪手』でも説明しましたが、外交というものも、しょせんは人間が動かしていますし、人間というものは感情を持つ生き物です。
韓国という国があまりにも「話にならない国」であるがため、政権幹部からは韓国に対するウンザリ感も漂います。
このため、公示送達の期日到来の事実をもって、「韓国による国際法違反が完成した」などとして、日本政府がただちに何らかの対抗措置を講じる、という可能性は、皆無ではないと思う次第です。
膠着は米大統領選まで続く?その前に入国制限も…
ただし、当ウェブサイトとしては、この自称元徴用工問題については、最終的な落としどころの選択肢が基本的に4つしかないと考えていることもまた事実です。
自称元徴用工問題の「4つの落としどころ」
•①韓国が国際法や約束をきちんと守る方向に舵を切ることで、日韓関係の破綻を避ける
•②日本が原理原則を捻じ曲げ、韓国に対して譲歩することで、日韓関係の破綻を避ける
•③韓国が国際法を破り続け、日本が原理原則を貫き続けることで、日韓関係が破綻する
•④日韓双方譲らずに現在の膠着が続き、これとまったく違う次元で日韓関係が破綻する
このうち①②については確かにリスクではありますし、現在のところ、両方とも排除できるものではありませんが、可能性はかなり低いと考えてよいと思います。ということは、残り③と④が、当ウェブサイトの掲げるメインシナリオだと考えています。
このうち③は、韓国における現金化が実現した場合や、日本政府が韓国に対して切れてしまった場合のことです。
しかし、個人的に最も可能性が高いのは、④でしょう。具体的には、たとえばドナルド・J・トランプ米大統領が再選を賭けて11月の大統領選に臨むにあたり、起死回生策として北朝鮮攻撃などに踏み切る、というシナリオです。
その際、米国が韓国に対し、「米国を取るのか、北朝鮮(または中国)を取るのかを選べ」と選択肢を突き付け、韓国が煮え切らない態度を取った場合に、韓国を焦土化して撤退する、という可能性です。
そのカードを米国が切る場合は、自称元徴用工問題を巡る「資産売却スルスル詐欺」や昨日論じた「WTOへの輸出『規制』提訴問題」とはまったく異次元の、韓国経済の大々的な崩壊が発生するのかもしれません。
つまり、自称元徴用工問題は解決せず、韓国は北朝鮮もろとも米国によって滅ぼされる、という、なんとも奇妙な落としどころが準備されている、という可能性ですね。
ちなみにトランプ政権にとっても、いきなり中国と対決するのではなく、まずは北朝鮮と対決する、というのが、「米中戦争の前哨戦」としては非常にやりやすいのではないかと思うのですが、このあたりは自称元徴用工問題とはテーマが異なってきますので、いずれ機会を見て議論したいと思う次第です。
配信日時:2020/08/02 05:00 | カテゴリー : 韓国崩壊
新宿会計士政治経済評論
自称元徴用工判決問題を巡り、日本製鉄の在韓資産であるPNR社の株主持分の強制売却に関する公示送達の期日が、今月4日に到来します。
これを受けて世の中的には「いよいよ日韓関係が終焉に向けて動き出す」、といった議論もないわけではないのですが、個人的には、「現金化」が実現する可能性は低いとみています。
そもそも非上場株式の売却自体が法的にきわめて困難であることに加え、韓国側の狙いが面倒くさい売却手続を実施することよりも手っ取り早く日本企業からカネをむしり取ることにあるとみられるからです。
自称元徴用工問題
自称元徴用工問題のなにが問題なのか
韓国側で「戦時中、強制徴用工だった」と自称する者たちが日本企業を訴え、韓国の裁判所がこれを認めるという、いわゆる自称元徴用工問題が、再び注目され始めています。
そして、この自称元徴用工問題の中核をなすのが、2018年10月30日に当時の新日鐵住金(現・日本製鉄)、同11月29日に三菱重工業に対し、それぞれ韓国の「大法院」(最高裁に相当)が下した損害賠償判決です。
なぜこれが問題なのかといえば、こんな判決を日本政府が認めたら、そもそも1965年の日韓請求権協定ですべて解決しているはずの日韓両国の請求権問題が「解決していない」ということになってしまうからであり、それこそ日韓の法的基盤が覆ってしまうからです。
問題は、それだけではありません。
現在、日本製鉄、三菱重工、不二越の3社については、在韓資産が韓国の裁判所によって差押え・凍結処分を受けています。
差押え対象の資産は非上場株式や知的財産権(特許権や商標権)ですが、韓国の原告側は「日本企業が損害賠償に応じなければこれらを売却する」と脅しているのです。
そして、日本政府関係者の発言などによれば、万が一、日本企業のこれらの資産が売却されてしまえば、日本企業に「不当な不利益が生じた」ことになり、日本政府は韓国に対し、何らかの対抗措置を発動するのではないか、との観測もあります。
自称元徴用工判決問題、8月4日に向け注目集まる
そして、8月4日には、初の事例として、日本製鉄の在韓資産であるPNR社(日本製鉄が30%、韓国ポスコが70%を保有)の株式売却に向けた公示送達の効力が発生します。
「万が一、韓国の裁判所が売却命令を下せば、もう日韓関係はおしまいだ」――。
そんな話も聞こえてきます。
実際、毎日新聞の秋山信一記者が執筆した次の記事によると、菅義偉官房長官は1日、読売テレビの番組に出演し、これらの資産が売却された場合には「ありとあらゆる対応策を政府では検討している」、「方向性はしっかり出ている」などと述べたのだそうです。
菅官房長官 元徴用工問題「方向性出ている」 対抗措置示唆で韓国側けん制
―――2020年8月1日 13時39分付 毎日新聞デジタル日本語版より
これについて秋山記者は、公示送達の効力が8月4日に発生すれば、「韓国の裁判所が売却命令を出す可能性がある」ため、菅官房長官のこの発言は「対抗措置を示唆することで韓国側を牽制した」ものだと評しています。
ちなみにこの毎日新聞の秋山記者は、2018年11月の時点で、他メディアに先駆けていち早く国連国際法委員会の2001年の「国際不法行為に関する決議文書」の存在を報じていた人物です(『毎日新聞が報じた徴用工判決巡る「日本側の対抗措置」とは?』参照)。
秋山記者の記事の内容は、いちおう、読売テレビで菅官房長官が発言した内容をそのまま報じるという体裁であり、かつ、あまり長い記事ではありません。
しかし、ポイントの掴み方は非常に優れていて、やはりきちんとした取材ないし知識の裏付けが見て取れます。
もっとも、菅官房長官が読売テレビで発言したとされる内容自体は、とくに目新しいものではありません。
というのも、菅官房長官は当時から、「韓国は国際法を守れ」と牽制する一方、「日本が考えている対抗措置については明らかにしない」という一貫した立場を示しているからです。
自称元徴用工判決から2年弱、すでに多くのメディアが「日本政府は担当チームがさまざまな対抗策を検討している」、「日本政府が取り得る措置は2桁にも達する」、「いや、100以上の対抗策をすでにリストアップしている」、などと報じてきました。
真田教授の「金融締め上げ」論
それだけに、今回、万が一にも日本企業の資産売却が実現してしまえば、日本がどんな対抗措置を取るのか、少なくない人が興味を感じていることは間違いありません。
その具体的な対抗措置として、最も効果的なものは、金融制裁だ、という話があります。
これについて愛知淑徳大学の真田幸光教授は数日前、産経系のウェブサイト『zakzak』のインタビューに対し、「日本の金融機関が超短期のドル資金を融通しなくなるだけで、1日にして韓国の銀行はデフォルトに陥ってもおかしくない」と述べたそうです。
やられたらやり返す!「元徴用工問題」蒸し返す韓国に金融制裁だ 日本企業の資産現金化に対し「銀行のドル資金枯渇作戦」 識者「韓国は国家破綻に」
慰安婦土下座像の設置など相変わらず「反日」に余念がない韓国。
8月に入ると、いわゆる元徴用工訴訟で差し押さえられた日本企業の資産の現金化が可能になる。<<…続きを読む>>
―――2020.7.30付 zakzakより
もっとも、このzakzakのタイトルのつけ方は、若干ミスリーディングです。
当ウェブサイトではこれまで何度も述べてきたとおり、日本から外国に対する強制力を伴った金融制裁として、外為法の支払い制限などを課すには、かなりハードルが高いからです(『中央日報「日本が対韓金融制裁カードを検討」』等参照)。
実際、真田教授の発言も、決して「日本が金融制裁をすればよい」などの短絡的なものではなく、「(この措置は)あくまでも日本の金融機関の与信判断によるものでなければならない」、「日本が制裁の形を取らないようにすることが重要だ」、とくぎを刺した格好になっています。
真田教授は国際金融の専門家であり、とくに韓国の金融の脆弱性について肌感覚で理解されていますが、それと同時に、経済制裁の法的制約、経済制裁がもたらす効果などの本質的な部分を踏まえ、慎重に発言しているといえるでしょう。
そのうえで真田教授はzakzakに対し、「韓国にまた、上げ足を取られ、日本が国際社会で悪者にされないようにするとともに、実質的には韓国を制裁することが必要」などと述べたのだそうですが、これこそ不肖、当ウェブサイトでいうところの「サイレント型経済制裁」、「消極的経済制裁」に相当すると思います。
このあたり、大蔵省の銀行に対する窓口規制が効いた過去と異なり、現在、金融庁が銀行自己資本比率告示を国際的なバーゼル規制と整合しないものに変更することは難しく、どうしても民間金融機関の自主的な措置に委ねざるを得ません。
したがって、当ウェブサイトではこれまでに何度も述べてきたとおり、「自称元徴用工問題そのもの」を契機として金融制裁を発動することは、なかなか難しいと考えている次第です(おそらく真田教授も同意見ではないかと思います)。
そもそも現金化は可能か?
「現金化」を巡る誤解
ただし、世の中で「8月4日が到来したらすぐに現金化が行われるのではないか」という議論が蔓延していることは事実ですが、この点については、当ウェブサイトとしては賛同しません。
なぜなら、以前からしばしば議論しているとおり、そもそも論として非上場株式の競売手続を用いた現金化は、カネも時間もかかるなど、正直、非現実的だからです。
非上場株式の売却、「法治国家では」とても難しい
数日前より、読者雑談記事などで議論されていたのが、「非上場会社の株式を差し押さえたとして、どうやってそれを売却することができるのか」、というものです。
これについては以前、『非上場株式の売却を「時限爆弾」と呼ぶ韓国メディア』で、某隣国で日本企業の在韓資産が差し押さえられているという問題を巡って、「日本企業の資産が換金される可能性は低い」と述べましたが、「法に定められた手続をまったく守らない国」において、日本と同じ議論が成り立つのか、という点については、あらためて議論しておく価値がありそうです。<<…続きを読む>>
―――2020/07/20 05:00付 当ウェブサイトより
この「資産売却が可能にある」などと論じている人たちは、「株式」といえば、東証などの取引所で日々取引されている「上場株式」を思い浮かべるかもしれません。上場株式であれば、たしかに、その日の時価ですぐに売却できてしまうため、とても簡単です。
しかし、韓国国内で差し押さえられている株式は、上場株式ではありません。非上場株式です。
ということは、競売に先立って、まずはわざわざ財務調査を実施し、売却するための最低落札価格を決定しなければならない、というわけです。
このあたり、論者によっては「額面株式だったらその額面を最低落札価格にすればよいのではないか」、「その会社の資本金をもとに最低落札価格を決めればよいじゃないか」、などと述べているケースもあるようですが(素人丸出しですね)、ものごとはそこまで単純ではありません。
カネも時間もかかる…簡単ではない財務DD
会社というものは、設立された瞬間以降、営業活動を開始すれば、純資産は常に変動し続けますし、会社の資本金はその会社にその金額の財産が存在することを保障するものではないのです(このことは、簿記検定3級程度の知識があればだれにでもわかる話です)。
だからこそ、裁判所はPNR社の株式の売却に先立ち、まずは調査人を選任して財務内容の調査を実施させ、最低落札価格を決めなければなりません。そして、この財務内容の調査を、一般に「財務デューデリジェンス(DD)」と呼びます。
一般に大企業同士の合弁会社の財務DDは、非上場会社であっても企業規模が大きいため、下手をすると時間は数週間必要ですし、費用も数百万円単位で必要となります。
ハードルは、それだけではありません。
原告側がそこまでのコストと時間をかけたとしても、株式を買い取る人が出てくるという保証はありません。
ここで、PNR社の株式をX氏という人物が2000万円で買い取ったとしましょう。しかし、PNR社のような合弁会社の場合、一般に「譲渡制限条項」が付されていて、あらかじめ決められた株主以外の第三者が株式を取得することを予防することが可能です。
実際、『大韓民国商法第335条』には、こんな規定が置かれています。
大韓民国商法第335条(株式の譲渡制限)
①株式は、他人に譲渡することができる。ただし、会社は、定款で定めるところにより、その発行する株式の譲渡に関して理事会の承認を必要とすることができる。
②第1項ただし書の規定に違反し、理事会の承認を得ない株式の譲渡は、会社に対して効力がない。
(※日本語訳は筆者による。以下同じ)
つまり、もし譲渡制限条項が付されている株式を裁判所の命令で売却し、運良くX氏という買い手が出現したとしても、PNR社としては、X氏への株式譲渡については株主名簿書換を拒絶することができる、というわけです。
Xさんは結局、株式を取得することができない
そうなると、Xさんとしては、せっかく株式を買い取ったとしても、PNR社に対して「俺が株主だ」と主張することもできません。つまり、PNR社の経営にも参加できませんし、配当金の請求権も行使できない、というわけです。
そこで、XさんはPNR社に対し、「株式の譲渡を承認してくれ」、「もし承認しないならば代わりにその株式を売り渡す相手を指定してくれ」、と請求することができます。これが、『大韓民国商法』第335条の2の規定です。
大韓民国商法第335条の2(譲渡承認の請求)
①株式の譲渡に関して理事会の承認を得なければならする場合には、株式を譲渡しようとする株主は、会社に対して譲渡の相手方及び譲渡しようとする株式の種類と数を記載した書面に譲渡の承認を請求することができる。
②会社は、第1項の請求があった日から1月以内に株主にその承認するかどうかを書面で通知しなければならない。
③会社が第2項の期間内に株主に拒否の通知をしないときは、株式の譲渡に関して理事会の承認があるものとみなす。
④第2項の譲渡の承認を拒否の通知を受けた株主は、通知を受けた日から20日以内に会社に対して譲渡の相手方の指定又はその株式の買取を請求することができる。
常識的には、PNR社とX氏は同第4項の規定を使い、X氏が競売で買い取った株式をPNR社に買い上げてもらう、という選択を取るのではないでしょうか。
最大の地雷は「2度目の財務DD」
その指定をすればめでたし、ではありません。ここでもうひとつ、とてつもない地雷が待っているのです。それが『第335条の5』の規定です。
大韓民国商法第335条の5(譲渡価格の決定)【※抜粋】
①第335条の4の場合には、株式の売り価額は、株主と売り請求人間の協議でこれを決定する。
つまり、PNR社とX氏が『大韓民国商法第335条の4第4項』の規定を使って株式を会社が買い取るというかたちで合意したとしても、その売却価格については両者で協議しなければならず、一般的にはここでもう1度、財務DDを実施しなければならないのです。
X氏はこの財務DDでいくらのコストが必要か、この財務DDの結果PNR社の株式の公正価値がいくらと算定されるかを織り込んだうえで、PNR社の株式を落札しなければなりません。まともに考えたら、「X氏」のような人物が出現するはずなどないのは明らかでしょう。
韓国滅亡に向けて
韓国側の本当の狙い
では、なぜ韓国側は、非上場株式の差押えという「悪手」をわざわざ選んだのでしょうか?
その理由はおそらく、彼らも本気でPNR社の株式を売却しようとは思っておらず、今回の差押えも、結局のところは日本企業を脅すための単なるポーズに過ぎないからです。早い話が、日本企業からカネをむしり取れるなら、何でも良いのでしょう。
非常にわかりやすくいえば、次のような流れです。
•大法院判決が出た瞬間→「判決が出たぞ、日本企業はカネを払え!」
•日本企業が賠償に応じないとアポなしで日本企業を訪れ「日本企業はカネを払え!」
•それでも日本企業が賠償に応じないと→「資産を差し押さえたぞ、日本企業はカネを払え!」
•日本企業が無視すると→「資産を売却するまでに猶予を与えてやるぞ、日本企業はカネを払え!」
•日本政府も無視すると→「国会で基金法案を提出してやったぞ、日本企業はカネを払え!」
•それでも日本が無視し続けると→「いよいよ公示送達に踏み切るぞ、日本企業はカネを払え!」
ということは、8月4日も、おそらくは
「公示送達の期日が到来したぞ、まだ現金化まで少しだけ時間をやるから日本企業はカネを払え!」
とやるつもりでしょう。
本当に見え透いた、安っぽい瀬戸際外交です。だからこそ、日本政府は「売却したらぶん殴るぞ」とだけ言い含めておいて、「無視して放置」を決め込んでいるのでしょう。おそらく日韓の膠着状況は当分続く、というわけです。
ついうっかり売却してくれないかな?
ただし、いちおう「日韓の膠着状況が続かない」とうい可能性を、2つほど示しておきたいと思います。
1つ目は、『非上場株式の売却、「法治国家では」とても難しい』でも述べた、「韓国が法治国家ではない」というリスクです。
具体的には、韓国の裁判所が民事執行法の手続を無視して、最初の財務DDを実施せずに最低落札価格を勝手に決めて売却手続を始めてしまう、という可能性が考えられます。
また、これに関連して、先ほど挙げた「ミスターX」が民間人ではなく韓国政府(あるいは政府系社会保障基金など、韓国政府の意向を受けた機関投資家)である、というシナリオについても、考えておく必要があるかもしれません。
そもそも韓国は自称元徴用工判決が出るほどの国であり、法治国家ですらありません。
また、文在寅(ぶん・ざいいん、またはウェン・ツァイイン)韓国大統領を含めた政権一味が、北朝鮮との国家統合を重視するあまり、日米両国との関係を決定的に損ねることを厭わない国だ、というのもリスク要因です。
一方、2つ目のリスクは、わが国の姿勢です。
昨日の『経産相発言から読む:韓国のWTO提訴は悪手中の悪手』でも説明しましたが、外交というものも、しょせんは人間が動かしていますし、人間というものは感情を持つ生き物です。
韓国という国があまりにも「話にならない国」であるがため、政権幹部からは韓国に対するウンザリ感も漂います。
このため、公示送達の期日到来の事実をもって、「韓国による国際法違反が完成した」などとして、日本政府がただちに何らかの対抗措置を講じる、という可能性は、皆無ではないと思う次第です。
膠着は米大統領選まで続く?その前に入国制限も…
ただし、当ウェブサイトとしては、この自称元徴用工問題については、最終的な落としどころの選択肢が基本的に4つしかないと考えていることもまた事実です。
自称元徴用工問題の「4つの落としどころ」
•①韓国が国際法や約束をきちんと守る方向に舵を切ることで、日韓関係の破綻を避ける
•②日本が原理原則を捻じ曲げ、韓国に対して譲歩することで、日韓関係の破綻を避ける
•③韓国が国際法を破り続け、日本が原理原則を貫き続けることで、日韓関係が破綻する
•④日韓双方譲らずに現在の膠着が続き、これとまったく違う次元で日韓関係が破綻する
このうち①②については確かにリスクではありますし、現在のところ、両方とも排除できるものではありませんが、可能性はかなり低いと考えてよいと思います。ということは、残り③と④が、当ウェブサイトの掲げるメインシナリオだと考えています。
このうち③は、韓国における現金化が実現した場合や、日本政府が韓国に対して切れてしまった場合のことです。
しかし、個人的に最も可能性が高いのは、④でしょう。具体的には、たとえばドナルド・J・トランプ米大統領が再選を賭けて11月の大統領選に臨むにあたり、起死回生策として北朝鮮攻撃などに踏み切る、というシナリオです。
その際、米国が韓国に対し、「米国を取るのか、北朝鮮(または中国)を取るのかを選べ」と選択肢を突き付け、韓国が煮え切らない態度を取った場合に、韓国を焦土化して撤退する、という可能性です。
そのカードを米国が切る場合は、自称元徴用工問題を巡る「資産売却スルスル詐欺」や昨日論じた「WTOへの輸出『規制』提訴問題」とはまったく異次元の、韓国経済の大々的な崩壊が発生するのかもしれません。
つまり、自称元徴用工問題は解決せず、韓国は北朝鮮もろとも米国によって滅ぼされる、という、なんとも奇妙な落としどころが準備されている、という可能性ですね。
ちなみにトランプ政権にとっても、いきなり中国と対決するのではなく、まずは北朝鮮と対決する、というのが、「米中戦争の前哨戦」としては非常にやりやすいのではないかと思うのですが、このあたりは自称元徴用工問題とはテーマが異なってきますので、いずれ機会を見て議論したいと思う次第です。