生まれた奇蹟は 泡のひとカケラ 深く藍い海の
2023年は私の記憶に強烈に残り続ける年になるだろう。4月のはじまりというのはこの国で生まれ育った人間にとってもう一つの“新年”のような感覚がある。その新しい一年を過ごすために気持ちを整えているさなかで、またしても悲しい知らせが目に飛び込んできた。一報を受けてじわりと心に広がったのは1月の衝撃とは異なる感情だった。ある程度覚悟をしていた部分が大きいのだろう。それでも、何とも悔しく、やるせない気持ちになったまま新たな日々を歩みだし今日に至る。しばらくは上手く言葉がまとまらなかったが、木々が青さを取り戻し昼の時間が少しずつ長くなるにつれ徐々に心も落ち着いてきた。そして今回もこうしてここに自身の言葉を書き残しておこうとおもった。
敬愛する音楽家がまたしても旅立ってしまってから一週間を七回分迎えた。信心深くはなくとも長いことこの国の文化に馴染んでいるゆえか節目というものを意識してしまう。未だに彼を悼む記事があちこちで発信されており、音楽界のみならず彼が与えた影響の大きさを再認識する日々である。4月の衝撃から改めて彼が遺した音楽を聴き続けているが、今まであまり聴いてこなかったごく初期のアレンジャーとしての仕事や界隈のプロデュース作品などもよく聴いている。その幅の広さとアレンジ力の凄まじさは陳腐な言い回しかもしれないが正に類稀なる才能の証左なのだろう。彼の音楽は間違いなく100年経っても200年経っても遺る音楽だ。あらためて確信する。偉大な音楽家だった。
坂本龍一が居なくなってしまった。高橋幸宏に続いてあまりにも早くあまりにも悲しく、無念で悔しくて堪らない。今もたくさんの音源を聴く中で油断しているとつい涙が出てしまう。振り返ると個人的に最初の接点はやはりYMOだった。学生時代にYMOの映像を見て衝撃を受けてそれまで一切興味の無かった楽器に手を出し始めたこととか、SONYから各種再発盤が出たときは趣味の合う悪友たちと自転車をすっ飛ばしてCDショップに走ったこととか様々な思い出も蘇ってくる。かような折に敢えてこんな話をしているのは、最近になって初めてYMOのHello, Goodbyスタジオ録音バージョンを聴いた際の思いを書き記しておきたかったからだ。YMOのカバーも本家のステレオバージョンと同様、ドラムが左チャンネルから鳴っていることに先ず驚いてしまった。そしてフィルインが本家よろしく跳ねる跳ねる。リスペクトとこだわりの塊。ここで改めておもったことがある。やはり優れた音楽はいつまでも遺るし、また、その遺り方もさまざまであり、各々の中で共鳴したものが遺伝子の如く後世の音楽家達にも受け継がれていくのである。正に「芸術は長く、人生は短し」ではないか。こんな私のようなちっぽけな人間にだってその遺伝子的カケラが身体の隅々に散らばり続けている。
坂本さん、あなたのような偉大な音楽家と同じ時代を生きることができたこの奇蹟を噛み締めています。あなたの音楽をずっと愛して死ぬまで聴き続けます。そしていつか叶うならばどこかの宇宙でお会いしたいです。
素晴らしい作品の数々をありがとうございました。いつまでも大好きです。安らかにお休みください。
(最後の傑作『12』を聞きながら。)
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Dearest Ryuichi,
— 矢野顕子 Akiko Yano (@Yano_Akiko) April 4, 2023
Would you like to play piano four hands together again?
I miss you very much.
— ネコ吸い🐈坂本美雨 (@miusakamoto) April 5, 2023
— 細野晴臣_info (@hosonoharuomi_) April 16, 2023
— 高橋幸宏 information (@yukihiro_info) April 3, 2023
— ryuichi sakamoto (@ryuichisakamoto) April 2, 2023
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