Zen禅

心理学に基づく坐禅の研究-心の風景を眺め、流れていく気持ちの音を静かに聴く(英訳)

必要な苦痛Necessary pain

2022-02-14 | バレエ

 

 

 

 

 

苦痛について知ると

体の構造上の仕組みが

科学的にできていることを知ることに繋がる。

Knowing about pain leads to understanding

how the human body is scientifically designed

and its mechanical structure.

 

去年の秋頃、バレエの稽古に本気になった。

Around the fall of last year,

I became serious to practice ballet.

本当に本気でやっている人からみれば、

私は始めてさえも見えないかもしれないが、

やっとやる気にスイッチが入った感じだ。

For those who are really taking serious ballet,

I may not be counted as a serious trainee

but feels like my mind switched and

turned on to do practice at last.

ずっと坐っていた人が、

じゃーそろそろ立てようかーと腰を上げる感じだ。

It feels like, someone who has been staying in sitting form

for a long time then say that

“Well, I’m going to let myself up before long” and one’s butt up.

 

スイッチが入ってから、

とにかく基本を固めることに集中している。

Since I switch on, I am focusing on concreating the basics.

 

1.脂肪を筋肉に変える

   Turn fats into muscles.

2. 基本ステップを身につける

   Master the basic steps.

3.練習を生活習慣にする

   Routinize practicing daily  

 

上の3つは日々の基本目標として、

毎日最低でも10分はやるようにしている。

The above three are the basic daily goals

and I try to execute them for at least 10 minutes every day.

 

その3つの計画の中で一番辛くしんどいのは

1番の『脂肪を筋肉に変える』ことである。

The most painful and tough stuff in those three plans is

the No.1, “Turning fats into muscles”

脂肪は重い。本当に重い。

Fat is heavy. It is really heavy.

 

脂肪は骨格のジョイント部位も圧迫するから

骨の動かす範囲を広くすると激痛を起こす。

The fat presses on the joints of the skeleton,

so when trying to widen the range of movement of the joint

causes severe pain.

しかも内臓についている脂肪は感じにくいのもあって、

どれほど脂肪がついているのかさえ確認できない。

Moreover, the attached fat on internal organs is hard to feel,

so it is not possible to identify how much fats are in the organs.

 

脳についている脂肪は脳障害も起こすだろうけど、

脳をスキャンしない限り

その深刻ささえ知ることができない。

It has been told that the fat attached to the brain

also causes brain damage,

but we cannot know how serious it is

until scanning inside the brain.

 

脂肪は使い切れなかった栄養分の蓄積で、

体が飢えた場合を想定して

用意している非常食料装置のようである。

Fat is a kind of accumulation of nutrients that

have not been used up,

and it is like a kind of emergency food storage

prepared in case of the body is starved.

だから、理論上では使える分量の脂肪を取り、

使い切れば体に貯まることは無い。

Theoretically, as long as intake within the amount of fat that

the body requires to use it up,

it will not be stocked.

 

けれど、使い切れる分量が年齢によって違ってきて、

歳に合った脂肪の摂取分量がはっきり分からない。

But the amount of fat the body can use up varies

depending on each age range, and it is not clear

how much fat can be ingested for each age.

 

脂肪は取り足りなくても体に害を及ぼす。

If the fat intake is not enough it causes damage.

昔、極限に脂肪分を落として

肌のトラブル、うつ病、無気力などで苦しんだことがあった。

Years ago, I removed fat intaking extremely

and I had suffered from skin troubles, mental depression, lethargy, and so on.

なので、脂肪は敵でもなければ

味方でもないことはわかっている。

So it made me know that fat is neither an enemy nor an ally.

 

その体に必要不可欠な脂肪を必要最低限にしようとすると、

そこに精神的な苦痛、身体的な苦痛がついてくる。

When you try to minimize intaking of fat

and keep it in an essential amount that the body needs,

you will experience the pain both mentally and physically.

脂肪が筋肉繊維一つ一つについてしまっていると

筋肉を使う矢先に、まず脂肪が痛む。

Where the fat is attached to each muscle fiber

before use, the muscle the fat causes pain at first.

 

その痛みをどう扱っていくかが悩みの一つであった。

How to cope with that pain was one of my anguishes.

 

精神的な痛みは坐禅や瞑想の技法によって

ある程度克服することはできる。

Some of the mental pains can be overcome

by the technique of Zazen-meditation or contemplation.

たが、身体的な痛みがあまりにも酷いと

坐禅の心身分離法も効かない。

However, when the physical pain is too severe,

the Zazen-meditation technique of separate body and mind no longer works.

 

ある日、ハムストリング筋のストレッチングをしていたら、

相変わらず激痛が走った。

One day, when I was doing stretches my leg hamstring muscles,

like always there was severe pain running on them.

でも姿勢を治すのも面倒くさくなって、

筋肉が切れるなら切れてみろと放置した。

But at that time, changing the posture was more tired than the pain,

so I thought if my muscles were cut then I will allow being cut.

 

まあー筋肉が実際切れれば、

練習しない正当な言い訳にもなるだろうし、

都合よくずっと寝ていられるから良いかもと思った。

Well, if my leg muscles are actually cut off,

it would be a good excuse unable to practice

and can be a convenient reason that I can sleep all day long.

 

その時は寝た状態で足だけを上げたまま

角度を170度くらい広げていたのだが、

その苦痛の感覚が変わっていくのを感じた。

At that moment, I was lying down and my legs up

widening them the angle about 170 degrees,

in the progress, I felt the feeling of pain was getting to change.

私は足の後ろ筋肉を更に伸ばし、

足の骨の角度を変えながら

その痛みがどう変わっていくかを観察した。

I stretched out the back leg muscles further

and started to observe how the pain would change

while changing the angle of leg joints.

 

20分ほど経つと鋭かった痛みが段々と鈍くなってきた。

When about 20 minutes passed

the sharp pain gradually became dull.

そこで10分ほど休みを入れて、

また同じ姿勢に戻ったのだが、

鈍い痛みが更に鈍くなってきた時に、

なんと重力を感じるようになってきたのであった。

After that, I took about 10 minutes brake

and returned to the same position,

when the dull pain became duller,

surprisingly I began to feel the gravity.

 

痛みが鈍くなってきたことで、

痛み以外の足自体の重さを感じるようになったのである。

As the pain became dull,

I began to feel the weight of the legs themselves

other than the pain.

足の重さの感じは新しかったので、

足の筋肉が切れるような痛みも二の次になった。

The feeling of the weight of my legs was new to me,

so the pain of knife-cutting like the pain was secondary.

 

感じるべきは足そのものの重さだったのだ。

What I must feel was the weight of my leg itself.

 

その瞬間から痛みを脂肪が圧迫されて生じる痛みと

筋肉が弱いゆえに生じる痛みを分別できるようになった。

From that moment on, I became able to distinguish the pains,

one caused by pressing on fat

and the other causes pain because muscles are weak to move.

 

痛みが分別できれば、痛みそのものと

痛みを認識する脳の機能も正しく認識できる。

If the pain is classified,

will be able to correctly recognize the pain itself

and the brain function of perception for pain.

 

脂肪を筋肉に変えようとするなら、

痛みを認識と身体反応を分別しなければならない。

If someone wants to turn fat into muscle,

the one should distinguish perception of pain and physical reaction.

 

体の痛みは付加的につくもので、

むやみに克服させるべき敵でもない。

The body pain comes additionally,

and it is not an enemy that recklessly overcomes it.

 

苦痛はそれを正しく理解し、

理屈的に対応していけば、

行くべき道を示してくれるのである。

If the pain is accurately understood

and responded to logically,

it will indicate the way you should take.

 

 

 

注:写真はウェブから借りました。

 The picture was taken from a website.

 

 

 


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7 Comments

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analytical (榮 久)
2022-02-15 02:45:17
「痛み」もここまで分析すると
美学に近いような?

私の稽古は「痛い」のが普通でした
身を持って知る、ここが痛点、急所なんだと
でも、突き詰めて分析しようとは
役立ったのはMassageとか指圧とかが
上手と言われる事かな

でも桂蓮さんの文章を読むと
己や他者や周りの事なども見詰め言語化して行ける
観察力、分析力が
あの哲学者 Wittgenstein の本を読解するようです。

痛みも忘れて言語に

何だかイタリアの友人を思い出します。
とにかく伝わる言葉にする工夫がアチコチに

日本の政治家に見習わせたいですね
返信する
Unknown (비트겐슈타인??)
2022-02-15 04:11:47
비트겐슈타인Ludwig Josef Johann Wittgenstein
いつものように真面目に読んでない哲学書、哲学者言及でしたので、
ウィキさんに助けてもらいました。

何故か、今回は韓国語バージョンをクリックしたのでしたが、
それが長くて、読むのに時間が相当かかりました。

韓国語バージョンを読んでから
日本語バージョンにリンクしてみましたが、
韓国編が生い立ち中心のドラマチックな遍歴
日本編は事実中心の評価中心なのが面白かったです。
後で、英語編までいけたら書き加えますね。

正直、今回の記事は
昨日の夜中に書き上げて一気に通訳して投稿したものです。
予定外の記事でした。

本来はロシアバレエ公演に行ったことを写真付きで書く予定でしたけど、
夫が撮ってくれた写真が全部酷く
気にいらなかったので
急遽内容を変えて
思いついたことにしたのです。

でも言語化していった過程を解読してもらい、
安堵しました。
見えないだろうなーと思いながら書いたので
榮久様の透視力に感謝したところです。
返信する
Unknown (補足)
2022-02-15 04:29:18
英語バージョンリンクしてみました。
韓国編+日本編でしたので、
精読せず、大まかな脈だけ掴みました。
さすが、ウィキの現地であって、
情報量がマックスでしたね。

そういえば、Wittgensteinは何となく知っていて
哲学書のあちらこちらで言及されてましたね。

>including the young Alan Turing who described Wittgenstein as "a very peculiar man". The two had many discussions about the relationship between computational logic and everyday notions of truth.<

Alan Turingについては英語版でしかなかったですね。
ツリングが出てくるとは、そりゃびっくり!


ところで、榮久さまは
Imitation gameご覧になったことありますか?
エニグマに関する映画でしたけど。
返信する
Unknown (mi8no7o4)
2022-02-15 08:02:20
温かいコメントをいただきありがとうございます。
一見違う世界のブログへ入り込んだ思いで読ませてもらいましたが、奥深くとても感慨深いものがありました。 また訪問させていただきます。 頑爺
返信する
Alan Turing (榮 久)
2022-02-16 01:09:52
映画 "Imitation game"

そう言えば
「岩波ホール」は、2022年7月29日(金)を以て閉館に

もう、ずいぶん長く映画は見ていません
モニターは何台もありますが妹の機種以外はPCのDual monitor用に

コロナ感染症世界で
"a very peculiar man" は 

Audrey Tang「唐 鳳」さん
"referential transparency"

私のPC仲間では、やはり、なるほどと、高評価でした。

ご存知の様に
日本の「学歴というのか出身校と出身環境」で
就職や社会でのカテゴリー分けが 
民主主義が未だ根付かない明治以来の途上国かも知れません。
意見を述べないのが通常、「物言えば唇寒し秋の風」とか
「出る杭は打たれる」とか・・・
縄文、弥生、古墳時代の頃にローマ帝国の最盛期が
弁論、哲学の歴史風土が違いすぎる

こにが日本の世界認識誤謬の源があるように思えます。
民主主義とか話し合いとか選挙とか合理性とか知性とか
日本の自然信仰と無常が好きな国民性に合わないのかも知れませんね?

実力主義重視の世界のなかでも
すぐお隣の「台湾」コロナ以前はよく尋ねていて
大好きな国の一つです。

話は変わりますが
仲間内での話題でプログラム言語で使える文字種は128種類
日本語は「ひらがな、かたかな共に106文字
 常用漢字1965文字、人名用漢字751文字」と
でも、悲しみを伝えるのは難しいと、茶飲み話で。

韓国語には仕事で尋ねても英語+ゼスチャーで
少し日本語も通じることがあり、なんとか過ごせました。

台湾は旧字であっても漢字圏にあり読めますし
日本語も通じる事が多い国ですね。

"痛みは" 遠ざかりましたか? 未だ言語化展開中?
返信する
Unknown (言論学)
2022-02-16 14:04:11
やはり、Alan TuringはPC仲間では知名度があったのでしたね。

もしアラン・チューリングが生きてた英国の時代
同性愛禁止令が無かったら
コンピューターがより早く普及されたかもしれませんよね。
彼が発明した暗号解読機がコンピューターのルートになり、彼が自殺しなかったら
またもホルモン療法を強制されなかったら
コンピュターの発展も違ってきたかもと思ったりします。
そんな彼がWittgensteinとの交流があったというのは
同性愛同士だったからかもと思ったり、

日本や韓国の哲学は
既に書かれている思想について
評価ないし再読解が主流ですよね。

東洋哲学は西洋哲学と根本的にルートが違うし
扱う概念も全く違うから
私は両者を区別、識別して分離すべきだと思ってます。

日本の思想は行動様式倫理に基盤していて
韓国独自の思想はやはり儒教の影響下でしょうね。

アメリカ住まいになって
大学の哲学講座をYouTubeで視聴することは結構ありますが、
彼らの哲学姿勢は現実にしっかり根付いています。
思想そのもを開いて展開することはまずないですね。

AがBを言った。
BはCを言った。
だが、A、B,CはXについてDの段階である。
よって、XはA,B、CとはZである。
そんな流れですかね。
なので、全てのA,B,C,Dを知っていないと
XとZが分からないのです。

それを日本では部分だけを取り上げて
執着するのかな、みたいな。

私は哲学論争については
言おうとしていることの
前提条件を互いに熟知していないと
空振りになると思います。

思想の知識を身にまとうことは可能だけど
それは所詮、まとったもの
風で簡単に剥がれます。

台湾には一度も行ったことないのですが、
何人かしっている人はいますね。
中国人と少し違う感じはありましたね。



痛みは、常に筋肉痛だから
日常です。
最近は、お尻筋肉の内部筋(名前が複雑で忘れました)を鍛えているから
歩く時も激痛中です。
でも、狙ってやっているので
痛みはつきものですね。

でもまあー痛くない時は逆に心配になります。
あれ?効いてないのかな?
なんで?痛くない?とか不安になりますね。
間違っているのかな?とか、
でも、知識が増えたことで痛みを効率的に減らしてはいます。

質問ですが、
動作をする時、集中しやすい(保ちやすい)考え方とか構え方とか、そのコツというか、ありましたら教えてください。
集中が切れやすく困っています。
返信する
私の「痛み」 (榮 久)
2022-02-17 10:34:27
それは、打撲や擦り傷等などの無粋な原因がおも

武闘の痛みじゃなくて 舞踏の痛みは妹に

朝食時に尋ねました
曰く、スタジオの床が固いのでは?

それと、レッスン後に必ず クールダウンで筋肉を和らげること
舞台や発表会のリハで急に練習量が増えたのなら仕方ないけど
筋肉疲労を回復する、休ませる事
無理せず楽しむ工夫が大切なポイントじゃないかなと。

では、楽しむ工夫を!!
返信する

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