9月10日(日)
今日は大和郡山の筒井町で筒井順慶の遺徳を忍ぶ『順慶まつり』が開催されると聞いて、元気を出して見物に行った。第17回目になるらしい。
午前10時30分、開会式を待つ人達で筒井城跡はいっぱいだった。
火縄銃の発砲で開始となり、来賓祝辞の挨拶があって、続いて出陣式が行われた。僧形の筒井順慶と鎧姿の島左近、松蔵右近(共に筒井氏の家臣)が杯を交わし、飲み干した盃を地面で打ち割ってから武者行列の総勢が城跡を出てお練りに向かわれた。
筒井順慶は1580年、織田信長によって大和国支配を託され筒井城を建てたが、目まぐるしい戦国時代のこと、「本能寺の変」で信長が明智光秀によって討たれた後は豊臣秀吉に従うようになったという。歴史はいろいろ語られ、知る人ぞ知るいろんな逸話があるなか、今日の来賓の方のお話で、明智光秀と豊臣秀吉の戦いを傍観していたとして”日和見”の語源となった「洞ヶ峠(ほらがとうげ)」の史実を知った。1584年36歳の若さでこの世を去った順慶はけっしてそのような卑怯者ではなく、強くて賢い武将であったと力説されていたのは、筒井順慶を誇りに思う市民の声の様だ。
一方、今日は光専寺に安置されている木造の筒井順慶座像が公開され、無料で拝顔させていただけた。お写真もOKだったのでここに投稿させてもらおう。
城址では色んな模擬店が並び、ゲームや大和獅子太鼓演奏等のイベントがあったようだが、私は疲れない内にと家路に向かった。途中でお練りの行列に出合えたのはラッキーだった。
歩く人も見物する人も皆んな笑顔の楽しいお祭りであった。