食の旅人

~ 食べることは生きること、生きることは旅すること、そうだ食べることは旅すること~
  野村洋文

台湾

2010-05-14 06:03:41 | 日記
 台湾国という一つの独立国家と思っている台湾と、台湾省という中国の一部と言い張り続ける中国。


 1894 年、、、、、、


 日清戦争で、清に勝った日本は、台湾を清から奪い取る。


 当時の台湾島は、貧弱で、清政府にとっては、何の魅力もない場所。


 「 どうぞ、お好きに持っていってください、、、、、」 てな具合だった。


 この不毛の地に、日本は産業発展の基礎を築き上げ、義務教育制度を導入することで、台湾人の知的水準は飛躍的に高くなった。


 また、有効に伝染病の予防と治療を行い、公衆衛生を強化したため、台湾人は長期に渡り高い出生率を維持し、死亡率は大幅に低下した。


 やがて、、、、、


 大東亜戦争で、日本が負けると、台湾は大陸の中国に返還される。


 台湾の住民は、他国日本の支配から、やっと祖国に戻れると、大陸からやってくる軍隊を歓迎する


 ところがである、、、、、


 彼らは、水道も知らず、蛇口をひねると水が出るのを見てびっくりするありさま、、、


 デパートのエレベーターを見ては腰を抜かし、、、


 文字の読み書きができない兵隊も多く、日本のおかげで識字率がほぼ100%だった台湾の人達は、あきれるばかりだった。


 一緒についてきた役人達も、日本政府が残した公の財産を自分の懐に入れ、台湾人が役所にものを頼むときには、彼らにワイロを贈らなければ事が進まなかった。


 このような、目を覆う惨状をして、台湾の人たちは、、、、、


 「 犬が去って、豚が来た 」


 と表現した。


 犬 ( 日本 )はうるさく番犬にはなったが、豚 ( 中国 )はあらゆるものを自分で食ってしまい、あとは寝ているだけ。   という意味である。


 そして、、、、、


 台湾全島で、住民による暴動が始まり、それを弾圧するために、中国政府は 3万人の台湾民を虐殺するに至った。


  遠ざかっていく歴史を鑑みるとき、その脆弱なエネルギーの中で翻弄され続けた民族の慟哭が、抑揚のないうごめきとなり、僕の深部に圧し掛かってくる。