食の旅人

~ 食べることは生きること、生きることは旅すること、そうだ食べることは旅すること~
  野村洋文

ジョギング開始

2019-05-18 18:04:14 | 日記

本日、初めてのジョギング~  走ることは自己との闘いであり、孤独との葛藤でもあります。 実家の周辺が、散歩コースであり、ジョギングコースでもあることに、今さらながら、ありがたみを感じます。 宝の持ち腐れとは、まさにこのこと。 ちなみに、500mほど走ったら、息切れがしたので、初回はこのぐらいで止めにして、徐々に、身体を慣らす所存です。

 


ユディトⅠ

2019-05-18 06:47:24 | 日記

世界最高のエロスと称される、クリムトの「ユディトⅠ」が、現在、上野の東京都美術館に展示されております。先日、上野に寄った際、鑑賞予定でしたが、急用のため行けずじまいでした。 クリムトやムンクが生きた時代は、19世紀末、産業革命以来の技術革新により、国・街は大きく変わり、モノが大量生産されるようになりました。この利潤追求・利益優先の社会は華やかで、世界史的に、豊かな良き時代、「ベル・エポック」と呼ばれております。 しかし、芸術家というものは、えてして、アマノジャクな人種のようでして、その輝きに逆行するかのように、デカタンスにベクトルの先を向けてゆきます。近代的な建築物や、乗り物、人物、風俗といった、時代の先端を描こうとはせず、不安定な精神、魂のようなもの、つまり、あいまいで不確実な何かに興味を注いでいたのです。裏を返すと、時代が、彼らにそうさせたとも捉えられます。 いわゆる、象徴主義です。ムンクの「叫び」なんか、その典型例ですものね。(ただし、ムンク自身が精神病患者で、現在も、あるカテゴリーの精神病患者に絵を描かせると、ムンクさながらの絵を描くようです) ちなみに、同じく象徴主義を代表する画家・ミレイの「オフィーリア」なんかを観ても、破滅的な臭いがプンプンします。(ハムレットに捨てられたオフィーリアが、河に落ちて流されてゆく場面) 話をクリムトの「ユディトⅠ」に戻しまして、僕はこの絵からは、象徴主義的・破滅的なイメージを抱くことができません。 クリムト自身、女性が好きで好きで、さらに、女性からもてて、もてて、どうしょうもない人でした。女性のために生きて描いたような画家です。 彼の本能がそのままキャンバスに一元的に表現されただけのような気がしてならないのです。 繰り返しますが、「ユディトⅠ」からは、クリムト自身の「女性大好~~き!!」オーラがプンプン臭ってきます。その正直な感性が、世界最高のエロスを生み出せたのでしょう~😊  あしからず。