F2
大正村の高台の一番奥にある旧三宅家は築後300年を超える重厚な旧家。
しばらく前にこに移築されたものです。
明るい戸外から中に入ると囲炉裏で火を炊いているオジサンの姿が
すぐには分からないほど暗かった。天井も柱も煤で真っ黒、電球が1つ。
「薪を燃やして煙で屋根や家を守っているのです」と.
近年,表側の茅葺屋根をふき替えられたそうできりりとした屋根でした。
京都から来てもらう職人さん、カヤの確保など茅葺屋根の保存は大変なようです。
オジサンのそんな話を聞きながら、虫も逃げ出すという煙の多さに私も煙くて
早々に退散しました。
囲炉裏のある部屋と三和土をはさんで入口脇の牛か馬のいただろう空間には
飼葉桶と思われる盥などあって、家畜も家族同然だった頃を少しだけしのびました。
この家は明智城跡に登る道沿いにありますが
ここは明智光秀の城ではありません。光秀の城は岐阜になるようです。 旧三宅家入口
大正村の高台の一番奥にある旧三宅家は築後300年を超える重厚な旧家。
しばらく前にこに移築されたものです。
明るい戸外から中に入ると囲炉裏で火を炊いているオジサンの姿が
すぐには分からないほど暗かった。天井も柱も煤で真っ黒、電球が1つ。
「薪を燃やして煙で屋根や家を守っているのです」と.
近年,表側の茅葺屋根をふき替えられたそうできりりとした屋根でした。
京都から来てもらう職人さん、カヤの確保など茅葺屋根の保存は大変なようです。
オジサンのそんな話を聞きながら、虫も逃げ出すという煙の多さに私も煙くて
早々に退散しました。
囲炉裏のある部屋と三和土をはさんで入口脇の牛か馬のいただろう空間には
飼葉桶と思われる盥などあって、家畜も家族同然だった頃を少しだけしのびました。
この家は明智城跡に登る道沿いにありますが
ここは明智光秀の城ではありません。光秀の城は岐阜になるようです。 旧三宅家入口
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