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生物進化論と人間社会のあり方

2017-01-29 08:26:56 | ブログ
 進化生物学者の長谷川英祐さんは、「働きアリの中に働かないアリがおり、そのような働かないアリの存在に意義がある」などの研究で知られている。

 NHKの科学番組で、長谷川さんは、働かないアリやカッコウの托卵の例を挙げ、「ダーウィンの進化論に異議あり」を表明していた。

 ダーウィン説に異議を唱えるのは聞き捨てならないと思い、長谷川さんの「働かないアリに意義がある」(メディアファクトリー新書)を読んでみた。

 長谷川さんたちが1ヵ月以上ある種の働きアリの観察を続けたところ、だいたい2割くらいは「働いている」と見なせる行動をほとんどしていないことが分かった。

 このような働かないアリがいるということは、働きアリの仕事であるエサ集め、卵・幼虫や女王の世話、巣の修理などの作業の生産性が下がったり、卵が死滅するなど、コロニーが壊滅するリスクが増大するであろう。これは、ダーウィンの自然選択説である「生物は多くの子どもを残そうとする」という原則に反するのではないか、というわけである。

 そこで、なぜ働かないアリが存在するのかを探求したところ、「働かないアリに意義がある」という結論に達したという。そのポイントをまとめると、次の通りである。
(1)ハチやアリには、必要とする労働に対する反応の違い(反応閾値)という「個性」がある。
(2)コロニーが必要とする労働の質と量は時間とともに変動する。それに効率よく対処するには、ハチやアリには反応閾値の違いという個体差が必要である。反応閾値に個体差があると、必要な仕事に必要な数のワーカーを臨機応変に動員することができる。
(3)従って、仕事が増えると、働かないアリも働くようになる。
(4)働かないアリは、反応の鈍い「働けないアリ」である。
(5)疲労という宿命があると、働かないアリのいる非効率的なシステムのほうが長期間存続できる。

 そうすると、働かないアリに意義があるのであり、コロニーを一つの生物とみたとき、ダーウィンの自然選択説と矛盾しないことになる。

 ドーキンスは、「自らのコピーを増やそうとする遺伝子の利己性」を主張する。これは、ダーウィンの自然選択説を現代生物学にふさわしい言葉で表現し直しているもののように受け取れる。また、ドーキンスが注目している利己性をもつ主体は、生物の個体や集団(群)ではなく、遺伝子そのものである。このため、多くの利他行動の事例がその主張の根拠となっている。

 ドーキンスの挙げる事例の中に「働かないアリ」の説明はないが、例えばカッコウの托卵の例が挙げられている。カッコウに托卵される小鳥は、自分の種に特有な模様のある卵を識別する能力を身につけ、カッコウの卵を排除する。一方、カッコウの方は、自分の卵の色、大きさ、模様を里親の卵に類似させるように進化し、これに対抗する。このようにして、よりだませる形質をもつカッコウの遺伝子と、カッコウの卵の擬態にわずかな不完全さがあっても見逃さない鑑識眼をもつ托卵される小鳥の遺伝子とが拮抗し、最終的には両者が共生するような状態となる。

 こうなると、長谷川さんの主張は、ドーキンスの主張に包含されることになり、特にダーウィンの自然選択説に異議を唱える必要はないのではないか、と思われる(異議は唱えても、自然選択説に代わる代案を提案できない)。

 それにしても、ドーキンスの言う「自らのコピーを増やそうとする遺伝子の利己性」が自然選択という進化の過程を説明しているのだろうか、という疑問が残る。そのような利己性がなければ自然選択という土俵に上がれないことはわかる。しかし、理論的には両者は別物であって、イコールで結べないということである。

 自らのコピーを増やそうとしても、突然変異が入ってきて種の遺伝子が変わっていくし、環境の変化によってその種が自然選択されるとは限らない。今までに存在していた種の99.9%は絶滅し、0.1%だけが生き残ったという説が本当であるとすれば、実際のところ、遺伝子の利己性などとるに足りない進化の要因であるようにみえる。長谷川さんが指摘しているように、自然選択説は理想的な状態でしか成り立たない仮説であり、これによって地球という環境で長期間に亘って行われる生物進化の過程を実証することは困難であるということになる。

 長谷川さんが本当に主張したかったことは、働かないアリをもってダーウィン説に異議を唱えることではなく、この真社会性昆虫の行動を通じて、人間社会の組織のあり方、ひいては人間社会の在り方を強調したかったのではないか、と思われる。

 長谷川さんは、人間の組織にはメンバーの間に個性が必要であり、規格品ばかりの組織はダメと述べている。性能のいい、仕事をよくやる規格品の個体だけで成り立つコロニーは、決まり切った仕事だけをこなしていくときには高い効率を示すが、刻々と変わる状況に対応して組織を動かすためには、様々な状況に対応可能な一種の「余力」が必要になる。

 こうなると、長谷川さんの意見に乗じて、人間社会のあり方について一言も二言も言いたくなってくる。

 この複雑化の一途をたどる社会にあっては、様々なタイプの能力が必要であることは明らかである。AI(人工知能)やロボットの発達によって、人間がやる必要のない仕事が出てくるが、人間でなければできない仕事も増えるこそすれ減ることはないように思われる。その種の仕事として、高い学歴を必要とする仕事ばかりでなく、ほとんど学歴を必要としない仕事も残るだろう。そのような状況のとき、高学歴や有名大学卒のエリートが優遇されるような社会では、社会の衰退を招くだけである。今、世界的にこの傾向が顕著になっている。いわゆる3K職場や介護職場の人手不足、外国人労働者を導入しなければ会社組織が運用できなくなる例など人の知るところである。その結果として、反エリート主義、反既得権益が台頭し、エリート層も安閑としてはいられない。

 人間社会の中で、自然選択説に反すると思われる例として、生涯独身の人、妊娠中絶、育児放棄、子ども虐待などがある。独身者には人生の墓場を避けて自由謳歌の向きもあるが、望ましい配偶者を得られずに終わるケースもあるので、一概には言えない。妊娠中絶は、個人の利益に社会の必要性がからみ、時代や地域によって変わってくるので微妙である。育児放棄や子ども虐待は、脱税や公金横領などと同様に、社会にとっての裏切り行為である。

 ヒトの社会学では、社会的コスト(義務)を応分に負担せずに社会システムがもたらす利益だけを享受する者が生じてくる。アリの世界にも本当に働かない裏切りアリが存在するが、裏切り者がはびこると、社会が回らなくなり、全員が滅びることになるので、そのような裏切り行為に抑制がかかるのだという。

 参考文献
 長谷川英祐著「働かないアリに意義がある」(メディアファクトリー新書)
 リチャード・ドーキンス著「利己的な遺伝子」(紀伊国屋書店)
 池田清彦著「進化論の最前線」(インターナショナル新書)

時間とは何かを考える

2017-01-08 08:30:30 | ブログ
 昨年12月18日のブログ「トポロジーと量子力学」では、トポロジカル絶縁体について記述した。この絶縁体は、量子スピンホール効果と呼ばれる現象を示す。以下、この部分の記述をもう一度再録する。

 一枚の2次元絶縁体に上向きの磁場と、同時に同じ強さの下向きの磁場をかけたとき、理論上は、そのエッジには時計回りのホール電流と、反時計回りのホール電流とが同時に流れると考えられる。言い換えれば、外部から磁場を印加しない状態でも、エッジには上向きスピンと下向きスピンとが等量、逆向きに流れている状態であり、正味の電流はゼロであるが、スピン分裂のため、互いに逆向きのスピン流が生じている状態となる。これが量子スピンホール効果である。

 エッジに生じる上向きスピンの流れと下向きスピンの流れとは、互いに時間反転対称性を保ったまま共存する現象であるという。言い換えれば、一方の流れが過去の現象であるとすれば、他方の流れは未来の現象ということになる。現在時点というものがどこにあるのか分からないが、両方の現象が共存する時間帯が現時点であろうか。逆に言えば、時間反転対称性が破れたとき、量子スピンホール効果は消失する。

 トポロジカル絶縁体に外部磁場を印加すると、時間反転対称性が破られ、トポロジカル絶縁体状態が壊れるという。スピンをもつ電子が運動すると、スピン軌道相互作用により内因性の磁場が発生する。しかし、量子スピンホール効果にとってスピン軌道相互作用こそ不可欠であり、ある程度以上にスピン軌道相互作用が強い物質でなければ量子スピンホール効果が生じないことがわかっている。

 こうなると、時間反転対称性を破ることなしに実験によって量子スピンホール効果を検出できるのだろうかという疑問が生じる。実験では、そのようなエッジ状態が存在することが実証されている。

 ここに至って、量子スピンホール効果によるスピン流という電子の運動の時間発展とは何だろうか、という問題が生じる。電子の運動は、過去の方向にも未来の方向にも時間発展している。つまり、電子系にとって時間とは何かということになる。

 参考文献によれば、このような量子系に固有の時間体系を「内部時間」と呼んでいる。相対性理論によれば、運動する粒子は固有時間をもつ。内部時間をこの種の固有時間と類似させたくなるが、各々の定義は異なる。

 余談になるが、一般相対論で扱う重力場での粒子の運動方程式は、時間反転に対して不変である。つまり、一つの解が得られたとき、その解の時間方向を反転させてtを-tに置き換えたものも解である。そういうわけで、時間反転した時空も存在するはずとされているが、実証はされていない。

 量子スピンホール効果の観測問題に戻ると、量子系の内部時間とは別に観測する人間の固有時間によってその過去、現在、未来が決まるのであるから、問題なく量子スピンホール効果の全貌を観測できるということになる。

 今に思えば、古典力学の運動方程式も時間反転に対して不変であるが、多くの人は、その解のt=0が観測者の現在時刻に一致し、解の時間発展は未来の方向を向いているとともに、観測者の時間発展に一致すると思い込んでいたのである。幸いにもこの思い込みは誤った結果に導かれるようなことはなかった。

 相対性理論の出現によって、高速で運動する粒子の固有時間は観測者の固有時間とは異なることを知った。それでもなおかつ粒子のt=0と観測者のt=0を一致させることができ、方程式の解の時間発展は未来の方向を向いていると理解することにしている。

 今、量子スピンホール効果の時間反転対称性を知り、運動する量子の「内部時間」と観測者の固有時間とは進行方向さえ一致していないが、少なくとも観測者の時間体系に基づいて現象の観測が可能であることを知る。

 参考文献
 斉藤英治ほか著「スピン流とトポロジカル絶縁体」(共立出版)
 プリゴジンほか著「混沌からの秩序」(みすず書房)