福島第一原発の事故により、大量の放射性物質が空気中にばら撒かれた。また、放射性物質に汚染された水も漏れでてしまった。ばら撒かれた放射性物質には、主にヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90がある。これらの放射性物質からは、放射線粒子が放射され、人体の細胞を損傷する可能性がある。そこで、この際に、原子核から放出される放射線粒子の物理学について勉強し、記録として纏めておくことにした。この分野の素人向けの参考書は意外に少ない。以下、入手した山田克哉著「放射性物質の正体」(PHPサイエンス・ワールド新書)を参考に、疑問点を挙げて、考えを巡らすことにした。
放射性物質から放射される放射線粒子には、アルファ粒子、ベータ粒子、ガンマ光子などの種類がある。ヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90は、ベータ崩壊し、ベータ粒子を放出する。そこで、まず、ベータ崩壊の概略説明から始める。
ほとんどすべての元素の原子核は、陽子と中性子から構成されている。例えばヨウ素131の131は、質量数を意味し、陽子53個、中性子78個の合計数を示す。天然に存在する安定なヨウ素127(陽子53+中性子74)に対し、ウラン235の核分裂の生成物として残されたヨウ素131は、4個の過剰な中性子を有する。
すべての種類の核には安定を保つために1より大きな安定比(中性子数:陽子数の比)というものが存在する。中性子数が安定比より多すぎる核は、中性子を放出することもあるが、多くの場合、中性子を放出しないで核内の1個の中性子が陽子に変わってしまう。この中性子は、電子を放出することによってマイナス電荷を失い、その中性子は陽子に変容する。飛び出してきた電子は、ベータ粒子と呼ばれ、この反応はベータ崩壊と呼ばれる。ベータ崩壊した核は、原子番号が1つ多い別の元素に変わってしまう。中性子が陽子に変容する際、電子と反ニュートリノが創生されたことになる。どの中性子がいつ陽子に変容するのか分からない。核のベータ崩壊は、「確率現象」である。
不安定な核がベータ崩壊を起こしてベータ粒子を放出した後も、残りの核のエネルギーはまだ十分に低くなっていない場合が、たびたび起こる。このような場合は、核は、すでに安定比以内であるためそれ以上はベータ崩壊を起こさずに、エネルギーをさらに下げて安定になるため「ガンマ崩壊」を起こす。放出されたガンマ光子がエネルギーを持ち去るので、核のエネルギーが減るだけである。核がベータ崩壊や後述するアルファ崩壊したあと、核のエネルギーがまだ十分下がっていない場合に、短い時間内にガンマ光子が放出される。核内の余分なエネルギーが真空に作用して電子と陽電子を対創生させ、生成された電子と陽電子が再び合体してガンマ線を放出すると考えられる。特に大きなエネルギーをもつガンマ線が原子核の近傍を通過するとき、ガンマ線は完全消滅し、その代わり電子対創生が生じ、電子と陽電子が忽然と現れ、お互いに別々の方向に高速度で飛び去るという。そうすると、核内の余分なエネルギーが電子対創生を経てガンマ線を放出するプロセスは、その逆の反応ということになる。このような素粒子のプロセスが可逆的な反応というのも面白い。
陽子と中性子をまとめて核子と呼ぶ。核子の間に働く核力(強い力)の到達距離は、核子1個の直径ぐらい(10兆分の1センチほど)である。この距離を少しでも超えると、核力の強さは激減してしまう。
核力は、核子がわずかに離れているときには引力として働く。しかし、核子同士が完全に接触するくらいに近づくと、核力は斥力に転じてしまう。結局、核力は隣同士、隣接する核子にしか作用しない。また、核子が近づき過ぎると斥力が働くため、核内の核子が押しつぶされてしまう心配はない。
核力(引力)によってもたらされたマイナスのエネルギーが強いほどその核は核力による引力が強くなって核はますます壊れにくくなり、核はより安定となる。核内のエネルギーがゼロになれば、その核は崩壊する。また、斥力はプラスのエネルギーを与える。一方、陽子間の電気斥力(クーロン力)は、核にプラスのエネルギーを与える。プラスのエネルギーは、核子をばらばらにする方向に作用するので、核を不安定にする。なお、核力がもたらすマイナスのエネルギーの絶対値のほうが、クーロン力によるプラスのエネルギーよりもはるかに大きい。
重い原子ほど多くの陽子を抱えているのでクーロン力は強くなり、中性子が多くあっても核のエネルギーは高くなっている。したがってウランなどの重い原子の核は、陽子を外に放り出すことによって、陽子同士の斥力を弱まらせ、核のエネルギーを下げようとする。ヘリウム核(陽子2、中性子2)は、極めて安定であることが実証されている。ヘリウム核(アルファ粒子)は、特別に安定した壊れにくい核で、あたかも1個の粒子のように振舞う。重い核がより安定になろうとしてアルファ粒子を放出する現象は「核のアルファ崩壊」と呼ばれる。核のアルファ崩壊も「確率現象」である。例えば、ウランは、アルファ崩壊する元素である。アルファ崩壊した核は、原子番号が2つ少ない別の元素に変わってしまう。
アルファ崩壊またはベータ崩壊する元素において、確率現象である放射性崩壊は、一度に起こるのではなく、時間をかけて起こる事象である。したがって、時間の経過とともに元の元素の核の数が減少していく。それに伴って、放射性物質から放出されるアルファ粒子またはベータ粒子の数も減少していく。まだ放射性崩壊を起こしていない「生き残り」の核の数が半分にまで減る時間をこの元素の「半減期」と言う。生き残りの核の数が指数関数的に減少するので、いつから放射能測定を開始しても同一元素についての半減期は同じである。例えば、ヨウ素131の半減期は8日、セシウム137のそれは30年、ストロンチウム90では29年である。
ここで、これまでに生じた疑問点をまとめておく。
(1)中性子数が安定比より多すぎても、核全体のエネルギーが上がることはなく、むしろ下がる。それなら、核は、何故中性子を放出するか、ベータ崩壊を起こそうとするのか?例えば、安定なヨウ素127と不安定なヨウ素131との違いは何か?
(2)軽い原子も陽子を有しているのに、核が安定なものである限り、重い原子のようにアルファ崩壊を起こさないのは何故か?原子番号を変数として核のエネルギーを表したとき、アルファ崩壊を起こす最小の原子番号は何か?
(3)ヨウ素131もセシウム137もともにベータ崩壊するのに、半減期が各々8日と30年であり、桁が違う。この違いは何によって生じるものか?
まず、最初のベータ崩壊の問題について検討する。原子核から飛び出した中性子は、平均して15分ぐらいの時間で自然にベータ崩壊して陽子に変容し、電子と反ニュートリノを放出するという。ベータ崩壊には「弱い力」が作用するから、単独の中性子自体が弱い力が働くような場をもっていることを示唆している。また、ウラン235が外部から投入された中性子を吸収してウラン236となり、核分裂するとき、2個以上の中性子が飛び出すという。そうすると、ウラン236の原子核が分裂するとき、球状の餅をちぎって2つに分けるような状態になるから、2つの分裂片は一時的に不安定な形状となり、他の核子からの核力が及ばない「はみだしの中性子」を生じさせ、その中性子が飛び出すことが考えられる。
原子核の表面ではなく内部に位置する中性子は、他の核子から充分な核力を受けているから、単独の中性子が核外に飛び出すことは難しい。そうすると、他の核子からの核力が弱まる可能性のある中性子は、表面に位置する中性子のいずれかと考えられる。また、ヨウ素127のようにベータ崩壊しない安定な原子核は、その表面に位置する核子が振動しているにしても表面張力のために隣接する核子との間によく核力が働き、安定した状態にあると考えられる。また、内部の核子ともよく核力で結びつき、内部とよく密着した状態にあると考えられる。この安定した原子核に中性子を1個加えてみる。そうすると、核表面の核子は表面張力によって保持されるものの、表面が凹凸状態になるか内部の核子との間の核力が弱まる中性子が生じることになり、はみだし中性子か半分はみだした中性子が生じることになり、まれにその中性子が核外に飛び出すか、または時間をかけてベータ崩壊するのではなかろうか。この中性子は、量子力学で言う飛び飛びの運動エネルギー・レベルしかとらないであろうから、中性子が基底状態から上のエネルギー・レベルに励起されたときにベータ崩壊の確率が高くなるということか。
例えば、ウラン235が外部からの中性子を吸収してウラン236になっても核分裂せずにベータ崩壊する場合もある。また、ウラン238が外部からの中性子を吸収してウラン239になると、核分裂せず、ベータ崩壊する。ウラン235とウラン238は、ともにベータ崩壊に対しては安定である。そうすると、ウランという元素には2通りの安定比があることになり、安定比というものが単純でないことを示している。
それにしても、中性子よりもクーロン力が余分に加わった陽子のほうが単独で原子核から飛び出しやすいように見えるが、単独の陽子が核から飛び出さないのは何故か。ウラン236の核が分裂するときでさえ、中性子は飛び出すが陽子が飛び出すことはない。おそらく隣り合った中性子―中性子間に作用する核力よりも隣り合った陽子―中性子間に働く核力のほうが格別に強いためのようだ。単独の陽子は、水素原子の原子核でもある。宇宙開闢まもなくの超高温下では陽子がばらばらに離されて大量の水素原子が形成されたが、その後、温度が下がるとともに、陽子と中性子が固く結びついたヘリウム核を始めとする水素原子以外の原子核が形成されていったが、ベータ崩壊の場合を除いて単独の陽子、すなわちビッグバン伝来の水素の原子核が形成されることはなかったということか。
次に、アルファ崩壊の問題について検討する。放射性崩壊によって核から飛び出す粒子には、ベータ崩壊の際の電子、単独の中性子、アルファ崩壊の際のアルファ粒子などがある。このうち、電子は軽くて光速で飛ぶので容易に原子核から脱出できるだろう。中性子となると、通常の放射性崩壊の際に単独の中性子が飛び出すケースは少ないようだ。そうすると、アルファ崩壊の際にアルファ粒子のような重く、運動量は大きいが速度の遅い粒子が核から飛び出す現象を、ニュートン力学のような古典論で説明するのは困難なようにみえる。アルファ粒子は、量子力学的な波として振舞い、確率的に障壁ポテンシャルの山をトンネルして核外に飛び出すとされる。
前に述べたように、核子の間に働く核力の有効距離は、核子1個の直径ぐらいである。これに対して、陽子間に働くクーロン力は、核力に比べると格段に弱いが、陽子のクーロン力が原子核を越えて遠く原子内の電子にまで及ぶことからみても、その到達距離は核力のそれより格段に長いことがわかる。
そこで、核力については隣接する核子からの核力のみを考慮することにする。ある核子が核力により隣接する核子から受けるマイナスのエネルギーは、隣接する各々の核子からのエネルギーを足し算したものになるので、その平均値は一定の値となる。核子が原子核の内部にある場合と表面にある場合とでは、その一定値は異なるが、いずれの場合も、軽い原子核でも重い原子核でもその値はほぼ同じと考えてよいだろう。一方、陽子が核内の他の陽子から受けるプラスのエネルギーは、核内のすべての陽子からのプラス・エネルギーを足し算したものになる。
中性子やアルファ粒子のような粒子が受けるポテンシャル・エネルギーは、核内の他の核子から受けるマイナス・エネルギーの合計値と、受けている場合のプラス・エネルギーの合計値とを足したものになる。そうすると、重い原子核は、軽い原子核よりも陽子の数が多いので、後者に比べてポテンシャル・エネルギーがより多く底上げされたものになる。すなわち、重い原子核内のアルファ粒子は、トンネル効果により、原子核から飛び出す確率が軽い原子核内の同確率より大きくなる。宇宙開闢からまもなくの超高温下を過ぎた後の原子核内の過剰な陽子は、アルファ粒子という形で原子核から放出されることになったようである。一方、核内の単独の中性子は、クーロン力によるポテンシャルを受けないから、陽子の数にかかわらずトンネル効果により原子核から飛び出す確率は極めて低いことが理解される。
量子力学的なトンネル効果は、水平方向と垂直方向の直線や線分から構成される単純化されたポテンシャル・モデルの中の粒子の運動をシミュレーションすることにより確認できる。例えば、xを変数とする一次元波動方程式を数値計算することにし、ポテンシャル障壁の高さをVh、幅w、開始位置aとすると、0?x<aでV(x)=0、a?x?a+wでV(x)=Vh、x>a+wでV(x)=0のようなポテンシャル関数V(x)を定義することができる。ポテンシャルの高さVhは、核力による総ポテンシャルにクーロン力による総ポテンシャルを加え、その絶対値をとったものである。幅wは、最大でも核子1個の直径程度に相当する。粒子の運動エネルギーEをVhより小さい値に設定する。x>a+wの領域から正方向から進行してきた粒子を考えると、入射粒子の波動関数の一部はポテンシャル障壁で反射して反射波となるが、その残りはこの障壁を透過してx<aの領域に進むことが確認できる。障壁を通過して伝播する波動関数の透過成分から粒子が障壁をトンネルする確率が求められる。また、障壁で反射する反射成分から得られるものが、粒子が障壁を通過しない場合の残りの確率となる。運動エネルギーEとポテンシャル高さVhをそれぞれ変更し、表示される波動関数の形を観察することができる。ポテンシャル障壁を通過する前の入射粒子と同障壁を通過した後の粒子は、自由空間の粒子として振舞うものとみなせるので、ともにポテンシャルV(x)=0にとってある。x<0でV(x)=Vh、0?x?aでV(x)=0、x>aでV(x)=Vhのような井戸型ポテンシャルの底で運動エネルギーEがVhより小さい粒子を運動させると、波動関数の一部が両側の障壁にしみこむが、もちろん波動関数が障壁の中を遠くまで進むことはできない。井戸型ポテンシャルの障壁の一方を上記の幅wをもったポテンシャル障壁で置き換えた井戸の底で粒子を運動させると、波動関数の一部が後者の障壁をトンネルする様子をシミュレーションすることができるだろう。
放射性崩壊の半減期に関する第3の問題については、考えが及ばないので、保留として将来の解明を待つことにした。
「シュレディンガーの猫」では、箱の中に閉じ込められた猫が生きるか死ぬかは、放射性同位元素が崩壊して放射線粒子を放出するか否かにかかっていた。上記のような考察を経て、ようやく猫の生死を左右する源となった放射性崩壊の仕組みにたどりついたように思う。