自然科学ダイアログで「「万物の理論」は果たして存在するのか」をテーマとしてダイアログすることになった機会に、このテーマについて何かブログを書きたいという思いが強くなった。
「万物の理論」についてネット検索すると、「自然界の4つの力を全て統一することが到達点で、この全ての力を統一した理論のことを万物の理論と呼ぶ。」との回答を得る。参考文献を読むと、「万物の理論」を求めて、宇宙のあらゆる謎を解くただ一つの数式を追求していることが分かる。
現在、万物の理論として有力な候補は超ひも理論である。超ひも理論の数式は非常に複雑であり、まだ最終形が得られていないが、ひも理論のすべてを場の言語で表し、力学系のラグランジュアン(L)でまとめた方程式や、Lの作用積分をとった数式が提案されている。
超ひも理論とその数式には不案内なので、それを古典解析力学の言語で読み替えて、マクロの世界では後者の力学が「万物の理論」と言えるのかどうか検討する。量子力学では、主としてハミルトニアン(H)が用いられているが、原理的にはラグランジュアンの表現形式であっても問題はないはずである。素粒子の標準理論となると、またLが多用されるようだ。質点や量子が主役となる古典力学および量子力学とは異なり、標準理論やひも理論では量子やひもが運動する場という舞台が主役となるためだろうか。
参考文献によれば、「プランク定数を次第にゼロへ近づけていくと、量子論の方程式はすべてニュートンの方程式と同じものになる」ということで、古典力学と量子力学ひいては素粒子論とは一貫した原理の下にシームレスにつながっているのである。
古典力学において、力学系の運動エネルギーをT、位置エネルギーをUとすると、L=T-Uである。保存力学系では、全エネルギーE=T+Uが保存される。T,Uを力学系の速度成分および位置座標の関数として表したものがエネルギーの積分であるから、これを解けば力学系の時間発展の式を得ることができる。
エネルギー保存則の代わりに、仮想的な面Sを通して、単位時間、単位面積あたりに移動する物質の量が保存されるという保存則を用いれば、拡散方程式および熱伝導の方程式を導くことができる。
熱力学や統計力学は、基本的には、その力学系を構成する個々の原子や分子の位置と速度という微視的な物理量に基づいて、力学系全体の温度や圧力のような巨視的な特性を導き出すことができると考えられている。しかし、統計力学が古典力学および量子力学とシームレスにつながっているのか否かについては、議論の余地があるようだ。
散逸力学系では、エネルギーの散逸に伴ってエントロピーSが生じるので、内部エネルギーUからエントロピーの項を差し引いたものが仕事に使える自由エネルギーFとなる。力学系の温度をTとすると、ヘルムホルツの自由エネルギーは、F=U-TSとなる。
化学反応では、力学系はこの自由エネルギー原理の下に反応が進行する。ただし、内部エネルギーは、運動エネルギーと位置エネルギーのほかに化学結合エネルギーを含んだ総エネルギーとなるので、内部エネルギーUの代わりにエンタルピーHを用いてF=H-TSとなる。これをギブズの自由エネルギーと呼んでいる。また、HとSは、絶対値ではなく、デルタH、デルタSのように変化分を計算の対象としている。
ちなみにアインシュタインの「光電効果」を示す数式: 電子のエネルギーK=光のエネルギーE - 電子が飛び出すとき消耗するエネルギーWは、自由エネルギー原理に基づく理論の一例である。
ヒトの脳は、散逸力学系である。脳の大統一理論では、ヘルムホルツの自由エネルギー原理に基づいて推論が行われると考えられている。この理論は、AI(人工知能)の基本原理となるものである。
「自由エネルギー原理に基づく脳理論」をもって、自然科学の歴史を読み解くことを認めるとすれば、「人類は、いかにして自然が数学の言葉で書かれていることを発見するに至ったか」という問題のシンプルな回答になるのではなかろうか。この脳理論は、推論のプロセスを定式化したものであり、その経過時間の長さを問わないのである。自然科学の歴史は、「万物の理論」の一環を人間の実体験の歴史として体現したものと考える。
なお、電磁気学は、ニュートン力学とは独立に進歩発展してきた学問分野である。電磁気学は、これを統合したマクスウェル方程式をもって語ることができる。量子電磁力学(QED)は、量子力学を用いた相対論的な電子の理論とマクスウェルの理論とを組み合わせてつくりだされている。万物の理論は、QEDを含むと考えられるので、マクスウェルの理論を含んでいると考えてよいだろう。
ここまで来て、「「万物の理論」は果たして存在するのか」の疑問に戻ってみる。万物の理論を支持する数多くの証拠を挙げることができるので、理屈の上ではこの理論を支持する気持が強い。しかし、現実の問題に直面している多くの研究者、特に生物学の研究者は、「万物の理論」に当惑するのではなかろうか。ある研究者の言葉を借りると、「生物学は生物を対象とするサイエンスであり、すべての生物が細胞でできていて、細胞が分子と原子から成り立っている限り、あらゆる生物の営みも物理現象として説明することが可能なはずと考える。ただ、生物の成り立ちがあまりにも複雑であり、あまりに複雑であるがゆえに数学の法則性で表現することが(いまだに)できておらず、飛び飛びでしか理解できていないがゆえにその理解を言葉の数で補っている。」という状況である。
また、数理モデルが決定論的に解が決まる正確なものであるとしても、現実の問題として、その方程式に正確な初期値を指定することは一般に困難である。多くの力学系がカオスといわれる性質を示すので、方程式の時間発展は、初期値の指定誤差が各時間きざみごとに拡大していき、その累積誤差のために長時間の予測は不可能になる。たとえば、長期に亘る大気の変化を予測するのは困難というより不可能なので、できるだけ正確な天気予報を出すためには、短期間ごとに新たに測定した気象データに基づいて計算し直さねばならない。
一方、ノーベル賞を受賞した気候変動の理論は、連立する複数の方程式から成る数理モデルをつくり、それを解く計算に帰着すると考えられるが、その計算結果が総じて現実のものとなりつつあるのだから、地球全体を対象とする長期に亘る気候変動の数理モデルとなると、ローカルな地域を対象とする長期に亘る気象予測とは違うということになるのだろう。
なお、ダイアログの出席者の一人から、「カオス理論は、未来の予測不能性を示唆するが、万物の理論に反するものではない」旨のコメントをいただいた。なるほど。予測不能性は、万物の理論とカオス理論の上位に位置する概念であり、別次元の話であるということなのであろう。かつて生存した生物種の90%以上が絶滅していると言うし、人類という生命体もいつか絶滅する可能性はあるわけであり、いつ絶滅するのか予測不能というところである。宇宙についても、いつかなくなる可能性がある。万物の理論の支持者は、人類が生存していなくても、何らかの宇宙がある限り、万物の理論だけは宇宙として実体化されると主張するであろう。
一昔前と比べて世の中の変動が激しくなっている現在、万物の予測不能性は、より強く感じられるのである。
参考文献
ミチオ・カク著「神の方程式「万物の理論」を求めて」(NHK出版)
山内恭彦著「一般力学」(岩波書店)
薮下信著「計算物理(I)」(地人書館)
平山令明著「熱力学で理解する化学反応のしくみ」(ブルーバックス)
乾敏郎ほか著「脳の大統一理論」(岩波科学ライブラリー)
田村宏治著「進化の謎をとく発生学」(岩波ジュニア新書)
丹羽敏雄著「数学は世界を解明できるか」(中公新書)
「万物の理論」についてネット検索すると、「自然界の4つの力を全て統一することが到達点で、この全ての力を統一した理論のことを万物の理論と呼ぶ。」との回答を得る。参考文献を読むと、「万物の理論」を求めて、宇宙のあらゆる謎を解くただ一つの数式を追求していることが分かる。
現在、万物の理論として有力な候補は超ひも理論である。超ひも理論の数式は非常に複雑であり、まだ最終形が得られていないが、ひも理論のすべてを場の言語で表し、力学系のラグランジュアン(L)でまとめた方程式や、Lの作用積分をとった数式が提案されている。
超ひも理論とその数式には不案内なので、それを古典解析力学の言語で読み替えて、マクロの世界では後者の力学が「万物の理論」と言えるのかどうか検討する。量子力学では、主としてハミルトニアン(H)が用いられているが、原理的にはラグランジュアンの表現形式であっても問題はないはずである。素粒子の標準理論となると、またLが多用されるようだ。質点や量子が主役となる古典力学および量子力学とは異なり、標準理論やひも理論では量子やひもが運動する場という舞台が主役となるためだろうか。
参考文献によれば、「プランク定数を次第にゼロへ近づけていくと、量子論の方程式はすべてニュートンの方程式と同じものになる」ということで、古典力学と量子力学ひいては素粒子論とは一貫した原理の下にシームレスにつながっているのである。
古典力学において、力学系の運動エネルギーをT、位置エネルギーをUとすると、L=T-Uである。保存力学系では、全エネルギーE=T+Uが保存される。T,Uを力学系の速度成分および位置座標の関数として表したものがエネルギーの積分であるから、これを解けば力学系の時間発展の式を得ることができる。
エネルギー保存則の代わりに、仮想的な面Sを通して、単位時間、単位面積あたりに移動する物質の量が保存されるという保存則を用いれば、拡散方程式および熱伝導の方程式を導くことができる。
熱力学や統計力学は、基本的には、その力学系を構成する個々の原子や分子の位置と速度という微視的な物理量に基づいて、力学系全体の温度や圧力のような巨視的な特性を導き出すことができると考えられている。しかし、統計力学が古典力学および量子力学とシームレスにつながっているのか否かについては、議論の余地があるようだ。
散逸力学系では、エネルギーの散逸に伴ってエントロピーSが生じるので、内部エネルギーUからエントロピーの項を差し引いたものが仕事に使える自由エネルギーFとなる。力学系の温度をTとすると、ヘルムホルツの自由エネルギーは、F=U-TSとなる。
化学反応では、力学系はこの自由エネルギー原理の下に反応が進行する。ただし、内部エネルギーは、運動エネルギーと位置エネルギーのほかに化学結合エネルギーを含んだ総エネルギーとなるので、内部エネルギーUの代わりにエンタルピーHを用いてF=H-TSとなる。これをギブズの自由エネルギーと呼んでいる。また、HとSは、絶対値ではなく、デルタH、デルタSのように変化分を計算の対象としている。
ちなみにアインシュタインの「光電効果」を示す数式: 電子のエネルギーK=光のエネルギーE - 電子が飛び出すとき消耗するエネルギーWは、自由エネルギー原理に基づく理論の一例である。
ヒトの脳は、散逸力学系である。脳の大統一理論では、ヘルムホルツの自由エネルギー原理に基づいて推論が行われると考えられている。この理論は、AI(人工知能)の基本原理となるものである。
「自由エネルギー原理に基づく脳理論」をもって、自然科学の歴史を読み解くことを認めるとすれば、「人類は、いかにして自然が数学の言葉で書かれていることを発見するに至ったか」という問題のシンプルな回答になるのではなかろうか。この脳理論は、推論のプロセスを定式化したものであり、その経過時間の長さを問わないのである。自然科学の歴史は、「万物の理論」の一環を人間の実体験の歴史として体現したものと考える。
なお、電磁気学は、ニュートン力学とは独立に進歩発展してきた学問分野である。電磁気学は、これを統合したマクスウェル方程式をもって語ることができる。量子電磁力学(QED)は、量子力学を用いた相対論的な電子の理論とマクスウェルの理論とを組み合わせてつくりだされている。万物の理論は、QEDを含むと考えられるので、マクスウェルの理論を含んでいると考えてよいだろう。
ここまで来て、「「万物の理論」は果たして存在するのか」の疑問に戻ってみる。万物の理論を支持する数多くの証拠を挙げることができるので、理屈の上ではこの理論を支持する気持が強い。しかし、現実の問題に直面している多くの研究者、特に生物学の研究者は、「万物の理論」に当惑するのではなかろうか。ある研究者の言葉を借りると、「生物学は生物を対象とするサイエンスであり、すべての生物が細胞でできていて、細胞が分子と原子から成り立っている限り、あらゆる生物の営みも物理現象として説明することが可能なはずと考える。ただ、生物の成り立ちがあまりにも複雑であり、あまりに複雑であるがゆえに数学の法則性で表現することが(いまだに)できておらず、飛び飛びでしか理解できていないがゆえにその理解を言葉の数で補っている。」という状況である。
また、数理モデルが決定論的に解が決まる正確なものであるとしても、現実の問題として、その方程式に正確な初期値を指定することは一般に困難である。多くの力学系がカオスといわれる性質を示すので、方程式の時間発展は、初期値の指定誤差が各時間きざみごとに拡大していき、その累積誤差のために長時間の予測は不可能になる。たとえば、長期に亘る大気の変化を予測するのは困難というより不可能なので、できるだけ正確な天気予報を出すためには、短期間ごとに新たに測定した気象データに基づいて計算し直さねばならない。
一方、ノーベル賞を受賞した気候変動の理論は、連立する複数の方程式から成る数理モデルをつくり、それを解く計算に帰着すると考えられるが、その計算結果が総じて現実のものとなりつつあるのだから、地球全体を対象とする長期に亘る気候変動の数理モデルとなると、ローカルな地域を対象とする長期に亘る気象予測とは違うということになるのだろう。
なお、ダイアログの出席者の一人から、「カオス理論は、未来の予測不能性を示唆するが、万物の理論に反するものではない」旨のコメントをいただいた。なるほど。予測不能性は、万物の理論とカオス理論の上位に位置する概念であり、別次元の話であるということなのであろう。かつて生存した生物種の90%以上が絶滅していると言うし、人類という生命体もいつか絶滅する可能性はあるわけであり、いつ絶滅するのか予測不能というところである。宇宙についても、いつかなくなる可能性がある。万物の理論の支持者は、人類が生存していなくても、何らかの宇宙がある限り、万物の理論だけは宇宙として実体化されると主張するであろう。
一昔前と比べて世の中の変動が激しくなっている現在、万物の予測不能性は、より強く感じられるのである。
参考文献
ミチオ・カク著「神の方程式「万物の理論」を求めて」(NHK出版)
山内恭彦著「一般力学」(岩波書店)
薮下信著「計算物理(I)」(地人書館)
平山令明著「熱力学で理解する化学反応のしくみ」(ブルーバックス)
乾敏郎ほか著「脳の大統一理論」(岩波科学ライブラリー)
田村宏治著「進化の謎をとく発生学」(岩波ジュニア新書)
丹羽敏雄著「数学は世界を解明できるか」(中公新書)