今年6月にNHKテレビの科学番組を見ていて、宇宙誕生初期に生成されたという原始ブラックホール(BH)を知った。宇宙誕生10^-23秒後には太陽より軽いBH、10^-5秒後には直径6km程度のBH、1秒後には太陽質量100万個分をもつBHが形成されたという。太陽質量は、10^34グラム程度である。すでにホーキングは、パワースペクトルの大きな密度ゆらぎをもった領域が重力崩壊してBHができるという原始BH仮説を提唱していた。
インターネット記事によれば、質量が10^15グラム程度以下の原始BHはホーキング放射によって現在までに蒸発してしまうので、単独では残っていない。現在までに残っている原始BHは、他のBHや中性子星と衝突・合体して巨大化したBHということになるのだろう。
単独のBHは、ホーキング放射によって宇宙空間にバリオン(通常物質)の粒子を撒き散らす。また、BHや中性子星が衝突合体するときには、物質の一部が超高エネルギーとなって散逸して重力波が発生するとともに、重金属などの粒子が生成され、宇宙空間に撒き散らされる。このような推測から、原始BHは、ダークマターの供給源であるという仮説が提示される。この仮説が事実であるなら、ダークマターの正体がバリオンであるとする説を復活させることになる。
ある研究者は、宇宙に存在する各種元素について、宇宙論で知られている恒星進化の理論モデルによって計算される総量と、実際に宇宙に存在する総量とを比較してみた。それによると、多くの軽い元素については、理論値と実際の総量とがほぼ一致していた。しかし、重金属を代表する金(Au)については、実際の金の総量と比較して理論値が少なすぎる、という結果を得た。金の原子核は、中性子が多いことで知られる。
ここで、宇宙論に関する文献を参照して、宇宙膨張によって密度ゆらぎが生成され、それが成長する状況を概観しよう。
まず「密度」と言うとき、物質とエネルギーとは可換であるという前提で、宇宙に存在するエネルギーの密度を意味するが、その対象となるものは、バリオン、ダークマター、電磁波の放射、真空のエネルギーの4種類に分類できる。
最初の密度ゆらぎを引き起こした要因は、宇宙膨張、特に宇宙誕生後の10^-35秒附近で生じたインフレーションと呼ばれる急激な膨張とされる。インフレーションは、真空の場(インフラトンと呼ばれるスカラー場)が量子ゆらぎにより急速に引き伸ばされることによって生じたという。
宇宙空間に存在する密度ゆらぎは、大小様々なスケール(波長)と振幅をもった密度の波を重ね合わせたものとみなすことができる。つまり、密度ゆらぎの規模はそのスケールにより、ゆらぎの大きさは振幅によって、特にゆらぎの振幅の2乗(パワースペクトル)によって語ることができる。
宇宙膨張は、密度ゆらぎのスケールを引き伸ばす方向に作用し、物質やエネルギーがもつ重力は、密度を大きくする、つまりゆらぎのパワースペクトルを増大させる方向に作用する。
過去に宇宙膨張の速度が光速より大きい期間があった。そうであれば、密度ゆらぎのスケールが大き過ぎる天体同士が電磁波によって通信することはできない。このように、我々が何らかの手段で観測できる最大の時空の領域を宇宙の大きさと考え、この領域の果てを地平線という。
文献(1)によれば、ゆらぎが地平線のなかに入ってくる時刻は、ゆらぎのスケールによっており、大きなスケールのゆらぎほど、後の時刻に地平線のなかに入ってくる。
放射のエネルギー密度は温度Tの4乗に比例することから、宇宙初期には物質密度を上回っていたが、宇宙の膨張による温度低下とともに急激に低下する。物質密度も宇宙膨張とともに低下するがその低下速度は放射密度ほどではない。そこである宇宙時刻t(eq)で放射優勢の宇宙から物質優勢の宇宙に切り換わる。t(eq)は、ビッグバンの1万年から10万年後と言われる。宇宙の温度が3000度程度に下がると、それまで核子と電子のプラズマ状態で存在していた物質をつくる。この結果、物質は中性原子となり、光子はほとんど物質によって散乱されることなく走り続ける。ビッグバンの30万年後とされる。この状態は、宇宙の晴れ上がりと呼ばれ、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の密度パターンのデータにその痕跡が残されている。
小さなスケールのゆらぎは、宇宙初期に生じるとされる。インターネット記事によると、原始BHは、宇宙初期のパワースペクトルの大きなゆらぎによって生成されたものと考えられている。ゆらぎが地平線の中に入ったとき、密度ゆらぎの大きさが大きく、地平線内の重力がその時期宇宙を支配している輻射の圧力に打ち勝つとその領域は潰れ、ブラックホールが作られる。その痕跡は、CMBのデータ中に現れないと考えてよいだろう。
大きなスケールのゆらぎは、後の時刻に生じる。CMBの密度パターンは、大きなスケールの密度ゆらぎを反映している。つまり、宇宙初期に密度ゆらぎの成長の対象となるのは原始BHだけで、その他のバリオンやダークマターは、大きなスケールのゆらぎの中に含まれ、CMBデータの通り、ゆらぎの成長は後の時刻となる。原始BH以外のバリオンのゆらぎは、バリオンが放射と強く相互作用するために、宇宙が晴れ上がった後に成長を開始するのであろう。
ただし、CMBのゆらぎのパワースペクトルは、その波数(1/波長)によらずほぼ一定であり、「スケール・フリー(不変)」と呼ばれている。詳しいことは分からないが、2000年前後に発行された宇宙論の文献は、CMBデータに注目し、これを支持するような理論モデルになっているのであろう。
文献(1)(2)の発行後およそ20年ほど経過して、重力波の観測に成功し、また超巨大BHの直接観測にも成功するに至り、2000年前後に提示された宇宙論の局面に修正を迫るような原始BH仮説が提唱されたものと推察する。
まず、重力波の観測とそのデータ解析の結果、衝突・合体したBHの質量が太陽質量の30倍前後であり、通常の恒星質量BHが10倍程度であるのと比べて大き過ぎるのであり、議論になっている。
また、太陽質量の10^6~10^10倍くらいの質量をもつ超巨大BHは、銀河の中心に位置し、活動銀河核(AGN)と呼ばれている。超巨大BHがどのようにして形成されたのかは、いまだに謎である。
天文学者に銀河同士の衝突について質問すると、「銀河同士の衝突はありふれた出来事である」というような回答が返ってくる。現在観測される宇宙においてなお銀河同士の衝突の頻度が高いのであれば、空間がより小さい宇宙初期において原始BHが衝突・合体するのは当然のことであると考える。
今後、いま観測される超巨大BHは、どのようにして形成されたのかという謎を解明することになるかも知れず、楽しみである。また、重力波の発生源となったBH連星系についても同様である。
さらに、原始BHはダークマターの供給源であるとすれば、ダークマターの正体はバリオンであるという仮説が実証されるのか否かという期待もある。
宇宙初期にBHや中性子星の衝突・合体があったとすれば、そのとき重力波が生じたはずであるから、宇宙には原始重力波の痕跡が残っているはずである。もし原始重力波を観測できれば、原始BH説のかなり有力な証拠となるであろう。ただ、これまでに観測された重力波は指向性のある波であるのに対して、原始重力波が一様・等方性をもつのであれば、観測の難しさのレベルがさらに上がるものと推察される。
参考文献
インターネット記事「原始ブラックホールとインフレーション宇宙」のほかに
(1) 二間瀬敏史著「なっとくする宇宙論」(講談社)
(2) 佐藤文隆著「宇宙物理」(岩波書店)
インターネット記事によれば、質量が10^15グラム程度以下の原始BHはホーキング放射によって現在までに蒸発してしまうので、単独では残っていない。現在までに残っている原始BHは、他のBHや中性子星と衝突・合体して巨大化したBHということになるのだろう。
単独のBHは、ホーキング放射によって宇宙空間にバリオン(通常物質)の粒子を撒き散らす。また、BHや中性子星が衝突合体するときには、物質の一部が超高エネルギーとなって散逸して重力波が発生するとともに、重金属などの粒子が生成され、宇宙空間に撒き散らされる。このような推測から、原始BHは、ダークマターの供給源であるという仮説が提示される。この仮説が事実であるなら、ダークマターの正体がバリオンであるとする説を復活させることになる。
ある研究者は、宇宙に存在する各種元素について、宇宙論で知られている恒星進化の理論モデルによって計算される総量と、実際に宇宙に存在する総量とを比較してみた。それによると、多くの軽い元素については、理論値と実際の総量とがほぼ一致していた。しかし、重金属を代表する金(Au)については、実際の金の総量と比較して理論値が少なすぎる、という結果を得た。金の原子核は、中性子が多いことで知られる。
ここで、宇宙論に関する文献を参照して、宇宙膨張によって密度ゆらぎが生成され、それが成長する状況を概観しよう。
まず「密度」と言うとき、物質とエネルギーとは可換であるという前提で、宇宙に存在するエネルギーの密度を意味するが、その対象となるものは、バリオン、ダークマター、電磁波の放射、真空のエネルギーの4種類に分類できる。
最初の密度ゆらぎを引き起こした要因は、宇宙膨張、特に宇宙誕生後の10^-35秒附近で生じたインフレーションと呼ばれる急激な膨張とされる。インフレーションは、真空の場(インフラトンと呼ばれるスカラー場)が量子ゆらぎにより急速に引き伸ばされることによって生じたという。
宇宙空間に存在する密度ゆらぎは、大小様々なスケール(波長)と振幅をもった密度の波を重ね合わせたものとみなすことができる。つまり、密度ゆらぎの規模はそのスケールにより、ゆらぎの大きさは振幅によって、特にゆらぎの振幅の2乗(パワースペクトル)によって語ることができる。
宇宙膨張は、密度ゆらぎのスケールを引き伸ばす方向に作用し、物質やエネルギーがもつ重力は、密度を大きくする、つまりゆらぎのパワースペクトルを増大させる方向に作用する。
過去に宇宙膨張の速度が光速より大きい期間があった。そうであれば、密度ゆらぎのスケールが大き過ぎる天体同士が電磁波によって通信することはできない。このように、我々が何らかの手段で観測できる最大の時空の領域を宇宙の大きさと考え、この領域の果てを地平線という。
文献(1)によれば、ゆらぎが地平線のなかに入ってくる時刻は、ゆらぎのスケールによっており、大きなスケールのゆらぎほど、後の時刻に地平線のなかに入ってくる。
放射のエネルギー密度は温度Tの4乗に比例することから、宇宙初期には物質密度を上回っていたが、宇宙の膨張による温度低下とともに急激に低下する。物質密度も宇宙膨張とともに低下するがその低下速度は放射密度ほどではない。そこである宇宙時刻t(eq)で放射優勢の宇宙から物質優勢の宇宙に切り換わる。t(eq)は、ビッグバンの1万年から10万年後と言われる。宇宙の温度が3000度程度に下がると、それまで核子と電子のプラズマ状態で存在していた物質をつくる。この結果、物質は中性原子となり、光子はほとんど物質によって散乱されることなく走り続ける。ビッグバンの30万年後とされる。この状態は、宇宙の晴れ上がりと呼ばれ、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の密度パターンのデータにその痕跡が残されている。
小さなスケールのゆらぎは、宇宙初期に生じるとされる。インターネット記事によると、原始BHは、宇宙初期のパワースペクトルの大きなゆらぎによって生成されたものと考えられている。ゆらぎが地平線の中に入ったとき、密度ゆらぎの大きさが大きく、地平線内の重力がその時期宇宙を支配している輻射の圧力に打ち勝つとその領域は潰れ、ブラックホールが作られる。その痕跡は、CMBのデータ中に現れないと考えてよいだろう。
大きなスケールのゆらぎは、後の時刻に生じる。CMBの密度パターンは、大きなスケールの密度ゆらぎを反映している。つまり、宇宙初期に密度ゆらぎの成長の対象となるのは原始BHだけで、その他のバリオンやダークマターは、大きなスケールのゆらぎの中に含まれ、CMBデータの通り、ゆらぎの成長は後の時刻となる。原始BH以外のバリオンのゆらぎは、バリオンが放射と強く相互作用するために、宇宙が晴れ上がった後に成長を開始するのであろう。
ただし、CMBのゆらぎのパワースペクトルは、その波数(1/波長)によらずほぼ一定であり、「スケール・フリー(不変)」と呼ばれている。詳しいことは分からないが、2000年前後に発行された宇宙論の文献は、CMBデータに注目し、これを支持するような理論モデルになっているのであろう。
文献(1)(2)の発行後およそ20年ほど経過して、重力波の観測に成功し、また超巨大BHの直接観測にも成功するに至り、2000年前後に提示された宇宙論の局面に修正を迫るような原始BH仮説が提唱されたものと推察する。
まず、重力波の観測とそのデータ解析の結果、衝突・合体したBHの質量が太陽質量の30倍前後であり、通常の恒星質量BHが10倍程度であるのと比べて大き過ぎるのであり、議論になっている。
また、太陽質量の10^6~10^10倍くらいの質量をもつ超巨大BHは、銀河の中心に位置し、活動銀河核(AGN)と呼ばれている。超巨大BHがどのようにして形成されたのかは、いまだに謎である。
天文学者に銀河同士の衝突について質問すると、「銀河同士の衝突はありふれた出来事である」というような回答が返ってくる。現在観測される宇宙においてなお銀河同士の衝突の頻度が高いのであれば、空間がより小さい宇宙初期において原始BHが衝突・合体するのは当然のことであると考える。
今後、いま観測される超巨大BHは、どのようにして形成されたのかという謎を解明することになるかも知れず、楽しみである。また、重力波の発生源となったBH連星系についても同様である。
さらに、原始BHはダークマターの供給源であるとすれば、ダークマターの正体はバリオンであるという仮説が実証されるのか否かという期待もある。
宇宙初期にBHや中性子星の衝突・合体があったとすれば、そのとき重力波が生じたはずであるから、宇宙には原始重力波の痕跡が残っているはずである。もし原始重力波を観測できれば、原始BH説のかなり有力な証拠となるであろう。ただ、これまでに観測された重力波は指向性のある波であるのに対して、原始重力波が一様・等方性をもつのであれば、観測の難しさのレベルがさらに上がるものと推察される。
参考文献
インターネット記事「原始ブラックホールとインフレーション宇宙」のほかに
(1) 二間瀬敏史著「なっとくする宇宙論」(講談社)
(2) 佐藤文隆著「宇宙物理」(岩波書店)