本年2月に、隕石がロシア上空に飛来し、上空20キロで爆発し、チェリャビンスクに少なからぬ被害をもたらした。隕石による衝撃波によって、貧弱な建物は壊れ、多くの窓枠や窓ガラスが割れたという。
以下、新聞記事で明らかにされたNASAによる隕石に関するデータをまとめてみる:ロシアを襲った隕石は、直径17m、重さ1万トンで、音速の約50倍に相当する秒速約18kmで大気圏に突入したという。隕石が放出したエネルギーは、TNT(高性能火薬)に換算して約500キロトンという核爆発並みのものとのこと。地球の大気圏への突入を最初にとらえたのは、アラスカの観測施設だった。音速を超える速度をもつ隕石が発する衝撃波をとらえたようだ。今回の隕石の場合、大気をつき破る隕石先頭部を覆う空気の層は1000気圧ほどに圧縮されたものだという。空気との摩擦熱のために、隕石表面の温度は数万度に上がって溶け始めた。熱は内部にも伝わり、グラスに熱湯を注いだときのようにひびが入って割れた。NASAによると、大気圏突入から32.5秒後のこと。この爆発で衝撃波が地上に降り注いだ。東北大学の高山教授によると、建物に対する衝撃波の大きさは、1m2の窓ガラスに最大で約5トンのトラックが乗ったのと同じ力がかかったとみられる。
新聞記事からは、隕石は、アラスカで大気圏に突入したように聞こえる。そこで、北緯55度、東経65度のチェリャビンスクと、北緯65度、西経150度ぐらいに位置するアラスカとの間の20キロ上空での距離を計算してみることにした。チェリャビンスクの経度を0度にすると、アラスカは経度方向に145度(90度+55度)離れている。また、北極を緯度方向の0度とすると、同方向の角度はチェリャビンスクで35度、アラスカで25度である。地球の中心からチェリャビンスクに向けたベクトルと、同中心からアラスカに向けたベクトルとを考える。同中心から北極方向にz軸をとり、チェリャビンスク・ベクトルがx-z平面上に位置するようにx軸とy軸をとったとき、同ベクトルの方向は方向余弦(cos55,cos90,cos35)で与えられ、アラスカ・ベクトルの方向は方向余弦(-cos65cos35,cos65cos55,cos25)で与えられる。両ベクル間の角度tは、
cost=-cos65cos35cos55+cos25cos35=0.551
で求められ、t=57度くらいとなる。
地球の平均半径は6,370kmであるから、20km上空の円周のうち57/360が大気圏のルートも含めたチェリャビンスク-アラスカ間の距離に近いだろう。これを計算すると、6,354kmとなる。この距離を隕石の最大速度18km/sで割ると、353秒となり、NASA発表の隕石の所要時間32.5秒と合わない。18km/sの速度で32.5秒走行したときの距離は585kmであるから、隕石が大気圏に突入したのはロシア上空であり、その状況を観測したのはアラスカであったことがわかる。大気圏の突入箇所がロシア上空100kmとすると、20km上空で隕石が爆発するまでの走行距離が585kmであるから、ピタゴラスの定理により地上距離は580kmとなり、仰角を計算すると、約9度となる。すなわち、隕石は9度の低い角度でロシア上空に侵入し、大気圏を585km走行し、チェリャビンスクの手前で爆発し、その衝撃波と隕石の破片がチェリャビンスクに到達したことになる。
隕石が球体と仮定し、その直径17m、重さ1万トンのデータから隕石の平均密度を計算すると、約4g/cm3となる。直径と重さが粗いデータであるから、密度も大雑把な推定しかできない。隕石は岩石型と推定されており、多くの珪酸塩を含んでいるとみられる。
飛行中の隕石は、1000気圧ほどの空気層の圧力を受け、数万度にも熱せられるのであるから、圧縮された酸素が隕石のひびの部分から隕石内部に侵入してその珪酸塩が急激に炎上し、隕石の爆発となったのであろうか。国立極地研究所で隕石を研究している小島教授のお話によると、高温のために隕石の表面が溶けることはあるが、隕石が燃えるということはほとんどないとのこと。一方、3月19日付の朝日新聞朝刊の記事「落ちてくる隕石はなぜ光る?」によると、隕石の先端で1000気圧ほどに圧縮された空気層は、数万度にも達し、この高温の空気は、隕石内部に伝わって隕石が加熱されるとともに、高温の空気は強い光を放射し、隕石の後方にまで光の尾をひくということである。つまり、隕石が光っていたのは、結局、隕石あるいはその破片が光っていたというよりも、高温の空気が光っていたということになる。
この両者の説明が事実として、両者を総合すると、隕石の周辺およびその後方で輝いた空気層と、高温のため分裂したか粉砕された隕石とを合わせて「爆発」と称したらしい。「爆発」とは、物質が大量の酸素の供給を受けて化学反応し、急激に炎上することを意味するから、「爆発」という言葉の用法が適切でないことが分かる。そういうことになると、この「爆発」は、隕石がもっていた運動エネルギーの一部を散逸するプロセスであり、それ自身が衝撃波のエネルギー源になったわけではない。それにしても、夜間に流星が尾をひく光景を見て、隕石が大気との摩擦熱により炎上している姿だと思っていたのが、誤解であったということか。流星の光の正体が隕石の破片なのか空気なのかは、流星のスペクトルを検出できれば、これを分析することによって自ずと明らかになることであろう。
小島先生のお話によると、隕石の重量が10,000トンあったとすると、地上に落下してくる破片は100トン、すなわち1%程度だそうである。残りの99%はどこへ行ってしまうのか。残りの隕石は、溶融したのち蒸発するか、固体のまま分解するかして微粒子となり、大気中に飛散するのだろうか。「ほとんどの隕石は、大気との摩擦熱のために地上まで到達する前に燃え尽きてしまう」という表現は、意味としては了解できるが、言葉の用法が適切とは言えない。
ここで、推定される隕石の質量と速度から、その運動エネルギーを計算すると、1.62×1015ジュールの値が得られる。1TNT換算トン=4.184×109ジュールであるから、隕石のもつエネルギーは、3.87×105TNTトン、すなわち387キロトンとなり、大雑把にはTNT500キロトンの推定値を確認することになる。TNT387キロトンのエネルギーというと、広島型原爆のエネルギーがTNT換算15キロトンと言われるから、同原爆25個分位のエネルギーに相当する。
この巨大隕石が大気圏に突入してから大気圏を走行して「爆発」するまでの間に、隕石は大気による摩擦力を受け、その運動エネルギーは、少しずつ熱と衝撃波に変わり、失われていく。しかし、最初の頃は大気が薄いので、そのエネルギー損失は少なく、その衝撃波はそれほど破壊的ということはないであろう。大気が濃くなるとともに、隕石の先頭に動的に滞留する空気層の圧力が高まっていき、隕石が20km上空で「爆発」する前に空気の圧力が1000気圧程度になるため、走行する隕石に急ブレーキをかけるような力が働き、このとき隕石がもっていた運動エネルギーの多くの部分が衝撃波となって放出され、この衝撃波が地上に伝播し、建物に破壊的な被害を与えたものと推定できる。
高速の電子が金属板に衝突すると、電子が急激に停止させられ、電子のもっていた運動エネルギーがX線に変わって放出されることが知られている。高速で運動する隕石が急激な抵抗力を受けたときも、この物理現象に似ており、半ば衝突といった逆方向の加速度が加わった隕石は、もっていた運動エネルギーの大部分を衝撃波に変えて放出したのであろう。
巨大隕石が地球に飛来してきて「爆発」するということは珍しい出来事である。その被害者には災難であるが、この機会をとらえてその分析ができるのも何かの縁というものだろうか。