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夫婦関係をゲーム理論で解く

2011-06-23 16:24:20 | 社会・経済

 ゲーム理論というと、ゼロサムのゲームとウィンウィン(ノンゼロサム)のゲームとを比べて、どちらが有利かを論じるものと思っていた。ゼロサム・ゲームというのは、一方のプレイヤーの勝利が他方のプレイヤーの敗北となるものである。例えば、サッカーの試合は、ゼロサム・ゲームである。しかし、「囚人のジレンマ」と呼ばれるモデルには、両者が含まれており、すなわち、どちらが有利かの議論も含まれているので、このモデルを基礎概念に据え置いて、その応用を考えることで充分であるのが分かる。しかも、このゲームは、多数回繰り返し行うほど、協調関係が安定的に維持されることが保証される。

 中山幹夫など編「ゲーム理論で解く」(有斐閣ブックス)では、「囚人のジレンマ」ゲームが、「協調・裏切りゲーム」として出ている。そこで、まずこのゲームについて紹介する。

 プレイヤーA,Bの行動の種類と各々の利得をマトリックスにすると、次のようになる。A,Bの両者がともに協調行動をとると、両者にはそれぞれ3点の得点が与えられる。A,Bのどちらか一方が裏切り、他方が協調行動をとると、裏切った方には5点が与えられ、他方には得点が与えられない。両者がともに裏切り行動に出た場合には、それぞれ1点しか与えられない。

              Bの行動

            協調    裏切り

 Aの行動  協調   3,3 | 0,5

   裏切り  5,0 | 1,1

 このルールに従って、多数世代に亘って生態学的シミュレーションを行った結果によると、「お返し」あるいは「しっぺ返し」と呼ばれるパターンをとったプレイヤーが有利なことが分かった。この「お返し」は、まず最初の回は協調し、次からはその前の回に相手が出したものと同じものを出すというパターンである。つまり、協調には協調でむくい、裏切りには裏切りで仕返しをする。いずれにしても、自分の方から先に裏切らないという「紳士的な」パターンが有利である。

 ただし、協調行動は常に有利に働くわけではない。政治学者アクセルロッドは、協調関係が安定的に維持されるためには、

 (1)「将来付き合う可能性」がある程度以上高い。すなわち、協調・裏切りゲームがある回数以上繰り返し行われる必要がある。

 (2)相手が裏切った場合に「報復」をする。

という条件が必要であることを示している。

 プレイヤーA,Bが上記協調・裏切りゲームを10回繰り返すときのプレイヤーAの利得を考える。ここで、プレイヤーBは「お返し」を取るものとする。Aが常に協調するとすれば、最初から最後までお互いに協調するため、A,Bの利得は3x10=30となる。一方、Aが協調行動を選択しない(最初から最後まで裏切る)ときのAの利得は、最初の回以外は裏切り合いとなり、Aの利得は5+1x9=14にしかならない。この場合には、協調的な行動パターンが有利に働く。

 しかし、繰り返し回数が2回のときには、Aが常に協調するときのA,Bの利得は3x2=6となるが、Aが最初から最後まで裏切ると、最初はBの協調に対して裏切りで5、その後は裏切り合いで1となり、Aの利得は5+1x1=6となり、裏切りの効果が効いてくるため、協調的な行動パターンが有利とはならない。

 上記著書には、このゲームの応用として、A社、B社が合併後の組織統合をするとき、「旧A社の人」と「旧B社の人」との間の利害の対立についてどう行動するかをゲームとしてとらえるケースが挙げられている。

 考えてみれば、上記のような「協調・裏切りゲーム」は、多くの人々が日常的に行っている行動の根底にある原理であり、このような協調関係を安定に維持させることは、一種の処世術となっている。ゲーム理論は、このように人の正しい行動原理を裏付ける理論とみなしてよいのかも知れない。

 結婚生活における夫婦関係を「協調・裏切りゲーム」の観点で見てみよう。夫婦が長期間結婚生活を続けることは協調関係を続けることになるので、夫婦とも利得は、3xnとなる(nは日数、月数、年数など)。例えば、夫が生計を稼いできて、妻が専業主婦の場合、夫婦で生計費を共有でき、妻は家事労働を提供するので、その成果を夫婦で共有できることが、典型的な利得である。途中で夫婦が別居することになれば、互いに裏切るのと同等となり、ともに生計費か家事労働の成果かいずれか一方しか得られないので、別居生活を続ける限り裏切りの回数が増えることになり、それ以後の利得は、夫婦とも1xnにしかならない。あるいは、夫が2xnくらい、妻が1xnくらいなのかも知れない。5年間別居した後に夫婦が離婚し、夫がその年金を妻に分割譲渡したとすれば、別居中は、夫の利得は2xm、妻の利得は1xm、離婚後の夫の利得は(1~2)n、妻の利得は3nとなり、別居中と離婚後で両者の利得が逆転するケースもあり得る。離婚を言い出した妻に対し、つまり裏切りに対して、夫が別居で対抗するのは、少なくとも別居期間中は「報復」となり得る。離婚を言い出した妻に対し、夫が同意したり、別居中の妻に対して経済援助したりするのは、「裏切り」に対して「裏切り」の代わりに「協調」で応えるようなものであり、利得の観点からみると不利である。利得マトリックス上の各コラムにどのような利得の点数を設定するかは、各々の家庭の事情も考慮に入れることになる。

 生物の進化の観点からみても、無意識のうちに上記の「お返し」の戦略をとった個体が他の戦略をとった個体と比較して有利であることが知られている。リチャード・ドーキンス著「利己的な遺伝子」(紀伊国屋書店)には、アクセルロッドが行った生物進化のシミュレーションが紹介されている。アクセルロッドは、63の戦略モデルをトーナメント形式で対決させ、1000世代に亘って自然淘汰をおこなう形でシミュレーションを実施した。ただし、第1世代の終りに、各戦略の勝者は得点ではなく、その親と同一の戦略をとる子どもの数で支払われる。世代が進むにつれて、ある戦略をとるグループは個体数が少なくなっていき、最終的には絶滅する。別の戦略をとるグループはますます数が多くなっていく。したがって、その比率が変わるにつれ、結果として、ゲームの将来の対戦がおこる「場」も変わっていくのである。アクセルロッドは、「お返し」の戦略をもつ個体が優位を占めているような環境では、この戦略をもつ個体が優勢になることを示した。つまり、この戦略は、ESS(Evolutionarily Stable Strategy:進化的に安定な戦略)となり得るのである。ESSとは、個体群の大部分のメンバーがそれを採用すると、別の代替戦略によってとってかわられることのない戦略、と定義できる。

 ドーキンスは、「お返し」の戦略をとる生物の例として、以前に毛づくろいをしてくれた個体に対しては毛づくろいをするが、こちらから毛づくろいをしたにもかかわらず毛づくろいをしてくれない個体に対しては毛づくろいを拒否する鳥の例を挙げている。また、他の動物の血を吸って生きているチスイコウモリの例を挙げている。このコウモリは、飢えているときに血を分けてくれた仲間のコウモリに対して自分が充分血を吸ったときに飢えている仲間のコウモリに対して献血する互恵的利他行動をするようだ。