タイム誌に、米国の大学および会社の中で、将来のリーダーを生み出す可能性の高いベスト20大学とベスト20会社、および両者はどの程度関連性があるのかについての記事が載ったので、興味をもって読んだ。そこで、日本において対応すると思われる大学名と会社名を念頭におきながら、コメントを追加した記事を書いて投稿したくなった。
まず、米国の民間会社のトップとは、リーダーのことであり、リーダーとは、リーダーシップを備えた人間という考え方が強いと理解する。そうすると、会社のリーダーを生み出すためには、リーダーシップを備えた人間を生み出す可能性の高い大学が注目されることになり、そのような可能性の高さによってベスト大学とベスト会社とが連携していると考えられる。
大学および会社の各々において、キャリアを積み上げるプロセスは、一般的には’career pathway’と呼ばれるが、特に’career funnel’と呼ぶ人もいる。funnelとは、じょうご(漏斗)のことであり、入口は比較的多くの人間を受け入れるが、出口は少数の人間に絞られるような仮想空間のことである。大学では、入学志願者は選抜試験というフィルターを通過する必要があり、卒業生は所定の成績をおさめた者に絞られることになる。また会社の入社希望者は採用試験など所定の条件を満足する必要があり、会社のトップを希望するならば、じょうごの出口から出るただ一人のリーダーにならなければならない。大学と会社を一連のcareer pathwayとみるならば、大学のfunnelと会社のfunnelの両方を通過する必要がある。
こうしてみると、米国も、日本や中国と同様に学歴主義という一面があることは明らかである。しかし、大学卒業生が有名会社に就職したとしても、会社のトップまで昇りつめる可能性が極めて低いことと、有名会社に勤めるよりも自力で起業する方が、自分の満足感とともに社会的なインパクトが大きいというケースが少なくないことを考慮すると、二つのcareer funnelsを通るかどうかは、各自の生き方の問題になる。
一方、日本の民間会社のトップは、司・冠を獲得する競争を勝ち抜いてきた者という印象が強く、必ずしもリーダーシップを備えた人間ではない。日本では、下手にリーダーシップを発揮すると、「出る杭は打たれる」のたとえにあるように組織から排除されるおそれがある。
平安時代の貴族の生活を描写するNHKの大河ドラマを見ていて、平安の貴族がいかに官職を得ることに執着するのか、その伝統が現代の官庁や会社に勤める人々に受け継がれ、人はいかに身分や肩書に執着するのかを知って納得するのである。
私はと言えば、あの戦争の悲惨さを思い知って、今後どう生きていくか生き方を決めました。14歳ごろのことです。それは、長く生きるのであれば、自分がやりたいと思うことを充分やって、人生を楽しもうというものです。その結果、この志を胸に、できるだけ人と競争することを避け、仕事や趣味活動に当たることにしました。
まず、米国の民間会社のトップとは、リーダーのことであり、リーダーとは、リーダーシップを備えた人間という考え方が強いと理解する。そうすると、会社のリーダーを生み出すためには、リーダーシップを備えた人間を生み出す可能性の高い大学が注目されることになり、そのような可能性の高さによってベスト大学とベスト会社とが連携していると考えられる。
大学および会社の各々において、キャリアを積み上げるプロセスは、一般的には’career pathway’と呼ばれるが、特に’career funnel’と呼ぶ人もいる。funnelとは、じょうご(漏斗)のことであり、入口は比較的多くの人間を受け入れるが、出口は少数の人間に絞られるような仮想空間のことである。大学では、入学志願者は選抜試験というフィルターを通過する必要があり、卒業生は所定の成績をおさめた者に絞られることになる。また会社の入社希望者は採用試験など所定の条件を満足する必要があり、会社のトップを希望するならば、じょうごの出口から出るただ一人のリーダーにならなければならない。大学と会社を一連のcareer pathwayとみるならば、大学のfunnelと会社のfunnelの両方を通過する必要がある。
こうしてみると、米国も、日本や中国と同様に学歴主義という一面があることは明らかである。しかし、大学卒業生が有名会社に就職したとしても、会社のトップまで昇りつめる可能性が極めて低いことと、有名会社に勤めるよりも自力で起業する方が、自分の満足感とともに社会的なインパクトが大きいというケースが少なくないことを考慮すると、二つのcareer funnelsを通るかどうかは、各自の生き方の問題になる。
一方、日本の民間会社のトップは、司・冠を獲得する競争を勝ち抜いてきた者という印象が強く、必ずしもリーダーシップを備えた人間ではない。日本では、下手にリーダーシップを発揮すると、「出る杭は打たれる」のたとえにあるように組織から排除されるおそれがある。
平安時代の貴族の生活を描写するNHKの大河ドラマを見ていて、平安の貴族がいかに官職を得ることに執着するのか、その伝統が現代の官庁や会社に勤める人々に受け継がれ、人はいかに身分や肩書に執着するのかを知って納得するのである。
私はと言えば、あの戦争の悲惨さを思い知って、今後どう生きていくか生き方を決めました。14歳ごろのことです。それは、長く生きるのであれば、自分がやりたいと思うことを充分やって、人生を楽しもうというものです。その結果、この志を胸に、できるだけ人と競争することを避け、仕事や趣味活動に当たることにしました。