gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

認知症の源流を探る

2014-06-25 13:43:25 | ブログ

 国内で認知症にかかっている人の数は、460万人と言われ、その予備軍と推定される人の数を含めると、約800万人に達するという。

 認知症の中核症状は、認知と記憶の障害であり、それによって、暴言暴力、物盗られ妄想、徘徊、不眠、弄便などの周辺症状を引き起こす。重症の認知症になると、家族を認知できないだけでなく、自分の住所や氏名まで記憶から消えてしまうようだ。思えば、老人が詐欺の被害に会いやすいのも、認知と記憶の衰えに起因するものと考えざるを得ない。

 認知症の周辺症状が、かなり類型的であり、個人差らしいものが少なく、ただ重症、中症、軽症のようにレベル分けできるのも、単純に認知と記憶の障害という共通の要因に帰着することを物語っているようだ。それでもなおかつ、どのようなメカニズムでそのような障害が生じるのか、追求したくなる。

 そこで、認知心理学の参考書をひもといてみる。認知科学と呼ばれる学問分野には、認知心理学、情報科学、神経科学、言語学、哲学が含まれるようだが、認知症のような医療分野が含まれていない。認知科学と認知症は、ともに人間の脳活動を探求する分野であるから、両者の知識データベースには共通部分があってしかるべきと思われるが、そのような痕跡は見当たらない。

 現在の認知心理学の主流となっている考え方は、処理水準モデルと呼ばれるもののようである。処理水準の考えは、人間の知覚過程がいくつかの水準(レベル)の処理過程からなるという知覚研究の一般的見解に基礎をおくものである。つまり、「カラス」という言葉を処理する場合であれば、「カ」という文字で始まっているという文字列の形態的処理から、「ガラス」と発音が似ているというような音韻的処理、さらには「鳥類」の一種であるというような意味的処理まで、何段階もの処理過程を経ると考えるのである。そして、処理水準モデルのもう1つの重要な仮定は、記憶痕跡の強さは情報処理の深さの関数であるという仮定である。つまり、処理水準が深くなれば、それだけ強固な記憶痕跡が形成され、情報が忘却されにくくなると仮定するのである。

 処理水準モデルでは、強固な記憶痕跡が形成されるためには深い水準のリハーサル(2次リハーサル)が必要であり、浅い水準のリハーサル(1次リハーサル)を何度繰り返し行ったところで記憶痕跡を強固にすることにはつながらないと考えるのである。この考えは、実験的に確かめられている。

 処理水準モデルの考えは、以前ブログで紹介したレイ・クルツウェイルのパターン認識モジュールの階層構成という考え方に一致する。クルツウェイルのモデルによれば、ヒトの大脳の新皮質の基本ユニットは、パターン認識モジュールであるとする。そして、このモジュールは、パターンの構成に従って、階層構成となっている、と考えられる。

 例えば、印刷文字や手書き文字の最下位パターンは、文字を構成する垂直線分、水平線分、左斜め線分、右斜め線分、PやOを構成するループなど、文字要素であり、各々を認識するモジュールがある。次の上位レベルパターンは、A,B,Cなど英文字である。英文字の上位パターンは、APPLE,PEAR,・・・など英単語であり、各単語ごとにモジュールが必要である。さらに、大脳は、認識した英単語からの認識信号を入力信号としてその上位の単語の意味認識に移る。

 長期記憶に貯蔵された情報は、時間経過にともなって何故忘却されるのだろうか。認知心理学によれば、忘却の理論として、減衰説と干渉説がある。減衰説は、使われない筋肉は次第に衰えていくというような事実から類推して、アクセス頻度の減った長期記憶の部位は、よりアクセス頻度の高い記憶部位の中にあって埋没していくだろうという推定はできる。しかし、この説を裏付ける証拠に乏しいようだ。干渉説は、貯蔵された記憶が相互に干渉することにより忘却を引き起こしているとするものである。ターゲットとなる学習項目を学習する前または後に類似した干渉項目を学習させた後にターゲットのテストをすると、干渉項目を加えないケースに比べてテストの成績が落ちる。ターゲット項目と干渉項目との類似性が高まれば高まるほど干渉効果が強くなり、想起を妨げる。

 クルツウェイルのパターン認識モジュール、例えば、APPLEという英単語を認識するモジュールは、A,P,P,L,Eの英文字を認識するモジュール各々からの認識信号を入力信号として、「Aが真である確率」、「Pが真である確率」、・・・などの確率から全体的な確率を計算して、入力信号群の全体がAPPLEか否かを判定する。従って、APPLのような類似した英単語が記憶されているとすると、全体的な確率計算の結果、ターゲットのAPPLE自身の認識不可に加えて、APLLEをAPPLと間違える可能性が生じる。すなわち、パターン認識モジュールは、認知心理学の干渉説を支持するような動作をすることが予想される。

 しかし、認知心理学やクルツウェイルのパターン認識モジュールが教えるものは、あくまで、神経生理学的に健全な頭脳を前提としているものと思われる。いくら強固な記憶痕跡が形成されていたとしても、神経細胞に酸素と栄養分を供給する血管に障害が生じれば、神経細胞が死滅していき、強固な記憶痕跡を想起することが困難になるのではなかろうか。認知症の患者は、以前は楽に想起できていた日常的な記憶さえ想起できなくなるのであるから、認知心理学で言う記憶の忘却には該当せず、その原因を神経生理学的な障害に求めざるを得ないのではなかろうか。

 参考文献:

 高野陽太郎編「認知心理学2記憶」(東京大学出版会)

 Ray KurzweilHow to create a mindPenguin Group