■パーキングエリア/テイラー・アダムズ 2020.11.9
ダービーがあのパーキングエリアにたどり着いたのには理由があったのよ、とジェイの母は聖ジョセフ病院で言った。ときどき神様は必要とされる人を必要とされる場所に導くことがあるの。
本人の知らないうちに。
ダービー・ソーン
すべての発端となった人物。いてもたってもいられない性分でうるんだ目をした、ポールダーの無名の大学に通う美大生。おんぼろのホンダーシビックを駆ってロッキー山脈を越える途中、他人のバンに子どもが閉じこめられている現場に遭遇し、その子を救おうと英雄的な行動を取った人物。
しかも、圧倒的に不利な状況下で、救出に成功した。
ティラー・アダムズの 『パーキングエリア』 を読みました。
ダービーの単純とも思える行動に、アシュリーが反撃し、ダービーが、また、それに対抗することの繰り返し。
物語は、「サークルタイム」 のように、次々と壮絶な戦いが展開されていく、ノンストップサスペンス。
後半になるほど、面白さが増します。
自分のホンダ。灰色のバン、赤いピックアップトラック、それになんだかわからない車。どれも降り積もる雪になかば埋もれている。
途中、駐車場をぐるっとまわり、身動きの取れないささやかな車の一群を見てまわった。
べつに深い意味はなかった。その後、ダービーはこの無意識にくだした判断を何度となく振り返るのだが、そのたびに、アシュリーの足跡をたどって戻っていたらこのあとの展開はどうちがっていただろう、と自問することになる。
アシュリーがなにかいう間もあたえず、吹きすさぶ吹雪のなかに飛び出した。
骨まで凍りつきそうな冷気の壁に身をすくめ、いつだったか母がなにげなく言った言葉を思い出した----うそをつくもっとも簡単な方法は、本当のことを言うことよ。
アシュリーはうすら笑いを浮かぺた----それでいいんだよ、と言うように。
コロラド大学ポールダー校在籍のこの娘が面倒を起こすとは想定外だったが、すでに彼女の人となりは見抜いている。以前にもこのタイプにはお目にかかったことがある。と言っても、実物を前にしたわけじゃない。そう、ダービー・エリザベス・ソーンは正真正銘のヒーローだ。通りすがりの第三者でありながら、シェルのガソリンスタンドの防犯カメラに、強盗の銃を奪おうと飛びかかる、あるいは血を流す店員に救助の手を差しのべる姿がとらえられるタイプとでも言おうか。赤の他人を救うために、肉挽き器のような列車の車輪の下に飛びこむようなタイプなのだ。本人にその自覚かあるかどうかはわからないが、人を救い、正しいおこないをすることが本能として染みついている。
一般に信じられていることとは裏腹に、それは力にはなりえない。
むしろ弱点と言える。というのも、行動が読みやすいからだ。対処可能だからだ。そして案の定----三十分の会話と、サークルタイムと、中断したカードゲームだけで----アシュリーはすでに彼女を意のままにあやつれるようになっていた。
右からぞっとするような笑い声がした。「言っちゃなんだが、ダーブズ、善きサマリア人としてもきみは完璧な仕事をするね。まずは誘拐犯のひとりに相談を持ちかけ、おまけに誘拐された少女を死なせてしまうんだから。まじで最高だ」
アシュリー・ガーヴァーにとってはなにもかもがジョークだ。これもそうなのだろう。
ああ、本当にこの男には虫酸か走る。
人を殺す武器としては実用に適さない点は多々あるけれど、それでもアシュリー・ガーヴァーはネイルガンを好む。なぜかと言えば、重くて不格好で、不正確で、おそろしげで、背筋をぞっとさせるような代物だからだ。
芸術家ってものはみんな、道具で自己表現するものだろう?
ネイルガンはアシュリーにとって、そういう道具だ。
「サークルタイム」
「サークルタイム?」
[そう]
「サークルタイムってのはいったいなんだ?」
「ぼくのおばさんが幼稚園の先生をやっててね。小グループの場をなごませるのに使ってるんだって。ちょうどいまのぼくたちみたいに、全員が輪になってすわって、なにかひとつ話題を決める。たとえば、好きなペットとかそういうの。で、ひとりずつ、時計まわりに答えを言うわけ」アシュリーはそこで少しためらい、ひとりひとりと目を合わせた。
「だから、サークルタイムという名前なんだ」
沈黙。
日常性には気をまぎらわす効果がある----そこにしがみつけるならば。
アシュリーは唇をなめた。「だったら……だったら聞かせてほしいな」
「いいだろう」エドは気まずそうに息をついた。「さてと……これからおまえら若い者におれが苦労して得た知識を授けてやろう。人生を台なしにする秘訣を知りたいか? 白か黒かがはっきりした大きな決断ひとつでそうなるわけじゃない。何十というささいなことが、日々積み重なった結果なんだよ。おれの場合、そのほとんどが言い訳だった。言い訳は毒薬だ。獣医をやってたころのおれには、いくらでも言い訳ができた。たとえば、いまは自由に使える時間なんだし、これくらいいいじゃないか、とかな。あるいは、これ一杯飲んだからって、他人からどうこう言われる筋合いはない。きょうは有刺鉄線に突っこんで、片方の目玉がだらりと垂れたゴールデソレトリバーの手術をしたんだから、とか。わかるだろ? そりゃあ、悲惨なものだった。そうやって自分をごまかしてたんだよ。
『 パーキングエリア/テイラー・アダムズ/東野さやか訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』
ダービーがあのパーキングエリアにたどり着いたのには理由があったのよ、とジェイの母は聖ジョセフ病院で言った。ときどき神様は必要とされる人を必要とされる場所に導くことがあるの。
本人の知らないうちに。
ダービー・ソーン
すべての発端となった人物。いてもたってもいられない性分でうるんだ目をした、ポールダーの無名の大学に通う美大生。おんぼろのホンダーシビックを駆ってロッキー山脈を越える途中、他人のバンに子どもが閉じこめられている現場に遭遇し、その子を救おうと英雄的な行動を取った人物。
しかも、圧倒的に不利な状況下で、救出に成功した。
ティラー・アダムズの 『パーキングエリア』 を読みました。
ダービーの単純とも思える行動に、アシュリーが反撃し、ダービーが、また、それに対抗することの繰り返し。
物語は、「サークルタイム」 のように、次々と壮絶な戦いが展開されていく、ノンストップサスペンス。
後半になるほど、面白さが増します。
自分のホンダ。灰色のバン、赤いピックアップトラック、それになんだかわからない車。どれも降り積もる雪になかば埋もれている。
途中、駐車場をぐるっとまわり、身動きの取れないささやかな車の一群を見てまわった。
べつに深い意味はなかった。その後、ダービーはこの無意識にくだした判断を何度となく振り返るのだが、そのたびに、アシュリーの足跡をたどって戻っていたらこのあとの展開はどうちがっていただろう、と自問することになる。
アシュリーがなにかいう間もあたえず、吹きすさぶ吹雪のなかに飛び出した。
骨まで凍りつきそうな冷気の壁に身をすくめ、いつだったか母がなにげなく言った言葉を思い出した----うそをつくもっとも簡単な方法は、本当のことを言うことよ。
アシュリーはうすら笑いを浮かぺた----それでいいんだよ、と言うように。
コロラド大学ポールダー校在籍のこの娘が面倒を起こすとは想定外だったが、すでに彼女の人となりは見抜いている。以前にもこのタイプにはお目にかかったことがある。と言っても、実物を前にしたわけじゃない。そう、ダービー・エリザベス・ソーンは正真正銘のヒーローだ。通りすがりの第三者でありながら、シェルのガソリンスタンドの防犯カメラに、強盗の銃を奪おうと飛びかかる、あるいは血を流す店員に救助の手を差しのべる姿がとらえられるタイプとでも言おうか。赤の他人を救うために、肉挽き器のような列車の車輪の下に飛びこむようなタイプなのだ。本人にその自覚かあるかどうかはわからないが、人を救い、正しいおこないをすることが本能として染みついている。
一般に信じられていることとは裏腹に、それは力にはなりえない。
むしろ弱点と言える。というのも、行動が読みやすいからだ。対処可能だからだ。そして案の定----三十分の会話と、サークルタイムと、中断したカードゲームだけで----アシュリーはすでに彼女を意のままにあやつれるようになっていた。
右からぞっとするような笑い声がした。「言っちゃなんだが、ダーブズ、善きサマリア人としてもきみは完璧な仕事をするね。まずは誘拐犯のひとりに相談を持ちかけ、おまけに誘拐された少女を死なせてしまうんだから。まじで最高だ」
アシュリー・ガーヴァーにとってはなにもかもがジョークだ。これもそうなのだろう。
ああ、本当にこの男には虫酸か走る。
人を殺す武器としては実用に適さない点は多々あるけれど、それでもアシュリー・ガーヴァーはネイルガンを好む。なぜかと言えば、重くて不格好で、不正確で、おそろしげで、背筋をぞっとさせるような代物だからだ。
芸術家ってものはみんな、道具で自己表現するものだろう?
ネイルガンはアシュリーにとって、そういう道具だ。
「サークルタイム」
「サークルタイム?」
[そう]
「サークルタイムってのはいったいなんだ?」
「ぼくのおばさんが幼稚園の先生をやっててね。小グループの場をなごませるのに使ってるんだって。ちょうどいまのぼくたちみたいに、全員が輪になってすわって、なにかひとつ話題を決める。たとえば、好きなペットとかそういうの。で、ひとりずつ、時計まわりに答えを言うわけ」アシュリーはそこで少しためらい、ひとりひとりと目を合わせた。
「だから、サークルタイムという名前なんだ」
沈黙。
日常性には気をまぎらわす効果がある----そこにしがみつけるならば。
アシュリーは唇をなめた。「だったら……だったら聞かせてほしいな」
「いいだろう」エドは気まずそうに息をついた。「さてと……これからおまえら若い者におれが苦労して得た知識を授けてやろう。人生を台なしにする秘訣を知りたいか? 白か黒かがはっきりした大きな決断ひとつでそうなるわけじゃない。何十というささいなことが、日々積み重なった結果なんだよ。おれの場合、そのほとんどが言い訳だった。言い訳は毒薬だ。獣医をやってたころのおれには、いくらでも言い訳ができた。たとえば、いまは自由に使える時間なんだし、これくらいいいじゃないか、とかな。あるいは、これ一杯飲んだからって、他人からどうこう言われる筋合いはない。きょうは有刺鉄線に突っこんで、片方の目玉がだらりと垂れたゴールデソレトリバーの手術をしたんだから、とか。わかるだろ? そりゃあ、悲惨なものだった。そうやって自分をごまかしてたんだよ。
『 パーキングエリア/テイラー・アダムズ/東野さやか訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます