■殺意/ジム・トンプスン 2018.12.24=1
マンドゥウォクは海辺の町で、ニューヨークから電車で数時間のところにある。通勤には遠すぎるし、地元の産業はない。
ジム・トンプスン 『殺意』 を読みました。
地味な小説です。
題名は、「殺意」ですが、 「愛する」 ことについて語られています。
一見ユーモア小説にも感じられます。
中条省平氏の「解説」を読むと、この小説なかなか深い内容が込められていることに気づかされます。
ざっくり言うなら、ゴシップを愛し、ゴシップを生きがいにしている女。
名前はルアン・デヴォアといって気短で、ド厚かましく、身勝手で、本人に言わせると、色っぽい。 (ルアン・デヴォア)
「電話で話せないって、どういうことなんだい。どんなことでも、誰のことでも、電話でしゃべりまくってるじゃないか。いい加減にしてくれ。わたしは弁護士なんだ。子守じゃない。ここには休暇で来ているんだ。訳のわからない世迷いごとに付きあっている時間はない」 (コスメイヤー)
ローザは調理台の前にいた。わたしに背中を向けて立ち、何か言っている。独り言のようだが、実際はわたしに向かって言っているのだ。それは二十数年の結婚生活で身につけた癖で、段々ひどくなってきている。耳慣れた言葉が聞こえてくる。ろくでなし……役立たず……ごくつぶし……女房のことなんてこれっぽっちも考えていない……これまで一度もなかったことだが、このときは癪にさわった。むっとなった。腹が立ち、怒りと情けなさがこみあげてきた。胃が痛い。 (コスメイヤー)
ローザは肩をすくめた。「話くらいしたっていいでしょ。わたしだって女なんだから。なにもわたしの言うとおりにしろと言ってるわけじゃないのよ」
わたしはいきなり立ちあがって、踊りはじめた。頬を膨らませ、目をむき、両手をひらひせさせる。「これがきみだよ。イカれたナンセンス夫人。そんなになんでもわかっているなら、きみが弁護士になればいい」......
「わたしも謝らなきゃいけない。たぶん年をとったせいだろう。だんだんこらえ性がなくなってきている。もしかしたら----」......
「わたしの鼻息をうかがう必要はまったくないのよ。いつだってそれが揉め事の原因になるんだから」 (コスメイヤー)
なんとかしなきゃいけない。このイカれた世界に、欠けているものを与えるために、理解されなくてもいい。望まれなくてもいい。 (ラグズ・マグワィア)
「おれが求めているのは……」
手に入れることができないものだ。存在しないものだ。いまも、これからも。おれはそれを求めている。でも、同時に求めちゃいない。それが手に入った瞬間、生きる目標が失われてしまうから。
「おれが求めているのは、そのケツをおれの顔の前からどかしてもらうことだ。早く。でないと、蹴飛ばして叩き割るぞ」 (ラグズ・マグワィア)
バアちゃんは憐れむように言った。「づいぶんつらそうだね」
「たいしたことないよ」おれは言った。「身体の内側にあるものが、おれに歯向かっているだけさ。いや、正確に言うと、おれのほうがそいつに歯向かっている。本当は素直で、扱いやすいやつなんだ。ボトルから出さないかぎりはね」
「付きあい方はわかってるわね。どんなふうに付きあわなきいけないかわかってるわね」
「わかってるけど、できるかなあ。いや、とうていできるとは思えない」
「しなきゃいけないのよ。もういいわ。おしゃべりはやめて、行きなさい」
「本当なんだ、バアちゃん。これは本当のことなんだ。一杯の上等の酒のためなら、悪魔に魂を売りわたしてもいいと思っているくらいでね」 (マーマデューク・"グーフィー"・ガンダー(役立たず))
たしかに、おれは嫌われ者だ。見てくれも振るまいも、みんなに嫌われている。でも、それはピートだって同じだ。おれと同じぐらい疎んじられている。誰だってそうだ。おれたちはみな変装している。素材はちがうが、織機はおんなじだ。おれの場合は、奇行と飲酒癖。ピートの場合は、荒っぽさと残忍さ、そして手に負えない凶暴さ。
おれたちは変装しなきゃならない。ふたりとも。いや、誰でも。 (マーマデューク・"グーフィー"・ガンダー(役立たず))
そこまで言って、ラルフは言葉を途切らせた。でも。わたしにはよくわかった。言葉にしなきゃならないことがあるのと同じように、言葉にしなくてもいいこともある。
ラルフがどうやって話を続けていいかわからずに困っているので、わたしはその手を軽く叩いて、こう言った。何も気にすることはない。それだけ、わたしのことを真剣に考えてくれてるってことね。すっごく嬉しい。もちろん、わたしもあなたが好きよ。本当のことを知ったら、わたしを見る目は変わると思うわ。
たいていの男なら、黙っていればいい、気にすることはない、と言うところだけどラルフは話をそこで終わらせようとはしなかった。父親のようなむずかしい顔でうなずいて、こう言ったのよ。「本当のこと? わかった。だったら、話したほうがいいかもしれないね」
わたしは話した。いくつか言い忘れたことはあったかもしれないけど、話さなきゃいけないことはあらかた話した。 (ダニー・リー)
出てくる登場人物の誰れも彼もが、心に殺意を持っている。
そんな彼らだが、心から愛し愛されることを待ち望んでいる。
そして、お互いにそのことが分かってもいるのだが......。
『 殺意/ジム・トンプスン/田村義進訳/文遊社 』
マンドゥウォクは海辺の町で、ニューヨークから電車で数時間のところにある。通勤には遠すぎるし、地元の産業はない。
ジム・トンプスン 『殺意』 を読みました。
地味な小説です。
題名は、「殺意」ですが、 「愛する」 ことについて語られています。
一見ユーモア小説にも感じられます。
中条省平氏の「解説」を読むと、この小説なかなか深い内容が込められていることに気づかされます。
ざっくり言うなら、ゴシップを愛し、ゴシップを生きがいにしている女。
名前はルアン・デヴォアといって気短で、ド厚かましく、身勝手で、本人に言わせると、色っぽい。 (ルアン・デヴォア)
「電話で話せないって、どういうことなんだい。どんなことでも、誰のことでも、電話でしゃべりまくってるじゃないか。いい加減にしてくれ。わたしは弁護士なんだ。子守じゃない。ここには休暇で来ているんだ。訳のわからない世迷いごとに付きあっている時間はない」 (コスメイヤー)
ローザは調理台の前にいた。わたしに背中を向けて立ち、何か言っている。独り言のようだが、実際はわたしに向かって言っているのだ。それは二十数年の結婚生活で身につけた癖で、段々ひどくなってきている。耳慣れた言葉が聞こえてくる。ろくでなし……役立たず……ごくつぶし……女房のことなんてこれっぽっちも考えていない……これまで一度もなかったことだが、このときは癪にさわった。むっとなった。腹が立ち、怒りと情けなさがこみあげてきた。胃が痛い。 (コスメイヤー)
ローザは肩をすくめた。「話くらいしたっていいでしょ。わたしだって女なんだから。なにもわたしの言うとおりにしろと言ってるわけじゃないのよ」
わたしはいきなり立ちあがって、踊りはじめた。頬を膨らませ、目をむき、両手をひらひせさせる。「これがきみだよ。イカれたナンセンス夫人。そんなになんでもわかっているなら、きみが弁護士になればいい」......
「わたしも謝らなきゃいけない。たぶん年をとったせいだろう。だんだんこらえ性がなくなってきている。もしかしたら----」......
「わたしの鼻息をうかがう必要はまったくないのよ。いつだってそれが揉め事の原因になるんだから」 (コスメイヤー)
なんとかしなきゃいけない。このイカれた世界に、欠けているものを与えるために、理解されなくてもいい。望まれなくてもいい。 (ラグズ・マグワィア)
「おれが求めているのは……」
手に入れることができないものだ。存在しないものだ。いまも、これからも。おれはそれを求めている。でも、同時に求めちゃいない。それが手に入った瞬間、生きる目標が失われてしまうから。
「おれが求めているのは、そのケツをおれの顔の前からどかしてもらうことだ。早く。でないと、蹴飛ばして叩き割るぞ」 (ラグズ・マグワィア)
バアちゃんは憐れむように言った。「づいぶんつらそうだね」
「たいしたことないよ」おれは言った。「身体の内側にあるものが、おれに歯向かっているだけさ。いや、正確に言うと、おれのほうがそいつに歯向かっている。本当は素直で、扱いやすいやつなんだ。ボトルから出さないかぎりはね」
「付きあい方はわかってるわね。どんなふうに付きあわなきいけないかわかってるわね」
「わかってるけど、できるかなあ。いや、とうていできるとは思えない」
「しなきゃいけないのよ。もういいわ。おしゃべりはやめて、行きなさい」
「本当なんだ、バアちゃん。これは本当のことなんだ。一杯の上等の酒のためなら、悪魔に魂を売りわたしてもいいと思っているくらいでね」 (マーマデューク・"グーフィー"・ガンダー(役立たず))
たしかに、おれは嫌われ者だ。見てくれも振るまいも、みんなに嫌われている。でも、それはピートだって同じだ。おれと同じぐらい疎んじられている。誰だってそうだ。おれたちはみな変装している。素材はちがうが、織機はおんなじだ。おれの場合は、奇行と飲酒癖。ピートの場合は、荒っぽさと残忍さ、そして手に負えない凶暴さ。
おれたちは変装しなきゃならない。ふたりとも。いや、誰でも。 (マーマデューク・"グーフィー"・ガンダー(役立たず))
そこまで言って、ラルフは言葉を途切らせた。でも。わたしにはよくわかった。言葉にしなきゃならないことがあるのと同じように、言葉にしなくてもいいこともある。
ラルフがどうやって話を続けていいかわからずに困っているので、わたしはその手を軽く叩いて、こう言った。何も気にすることはない。それだけ、わたしのことを真剣に考えてくれてるってことね。すっごく嬉しい。もちろん、わたしもあなたが好きよ。本当のことを知ったら、わたしを見る目は変わると思うわ。
たいていの男なら、黙っていればいい、気にすることはない、と言うところだけどラルフは話をそこで終わらせようとはしなかった。父親のようなむずかしい顔でうなずいて、こう言ったのよ。「本当のこと? わかった。だったら、話したほうがいいかもしれないね」
わたしは話した。いくつか言い忘れたことはあったかもしれないけど、話さなきゃいけないことはあらかた話した。 (ダニー・リー)
出てくる登場人物の誰れも彼もが、心に殺意を持っている。
そんな彼らだが、心から愛し愛されることを待ち望んでいる。
そして、お互いにそのことが分かってもいるのだが......。
『 殺意/ジム・トンプスン/田村義進訳/文遊社 』
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