翌、25日はクリスマス当日。
帰ってやらなければならない事も色々あるけれど、せっかく京都に来たのだから、少しくらい観光したいなー。
・・と思い出したのが、BSで見た大屋根を修復した《御影堂》
確か、本願寺と言っていたけれど、《西》だったか《東》だったか・・?
「東本願寺だったかなー? 地図で見るとこちらの方が広いし・・」ってな具合で、ホテルに荷物を預かってもらって、身軽になって駅を越えて京都タワー側へ。
京都タワーのビルでお土産屋さんをのぞいて、そのまま北上すると、道沿いに大きなお寺が。
「いのちを生きる」と親鸞上人のお言葉が書かれてあります。ここが《東本願寺》
再来年が750年回御遠忌だそうで、今からその準備を着々と進められている雰囲気でした。
広い境内に入ると、正面が御影堂。左側の阿弥陀堂は、大きな建物に覆われて、BSで見た御影堂の修復と同じような事が行われているようでした。
早速、靴を脱いで備えられているビニール袋に入れて、御影堂に上がります。
中は、正面奥に親鸞上人の御像が据えられ、広い畳敷きは、左右にざっと50mほど。静かで、落ち着いた空気の中にかすかに抹香の香りが漂っています。750年もの月日、人々の祈り、懺悔、悲しみ、感謝の声をずっと聞いていた空間。それは今日もずっと続いているのです。観光客はむしろ少ないこの季節。信徒と思われる年配者が2人ずつ、夫婦と思われる方など、密やかなつぶやき声が、いっそう静けさを感じさせます。入り口付近で、ずっとべーべー泣き続けている女性がいて、よう説法、説話に登場する人物かのように思われました。
境内が広いので、表通りからも距離があり、本当に静か。この空間の《楽の音》に聴き入りました。今まで経験した事のない、特別な空間だと思いました。
内部は撮影禁止なので、入り口外から、こっそり親鸞上人像を撮らせて頂きました。
グッズを売っている建物に入り、お豆のチョココーティングしたお菓子、お抹茶などを購入。満足して通りに出ました。
まだ時間に余裕があるので《西》にも行くことにしました。奥の塀沿いに西に向かって歩くと、堀川通りに面した《西本願寺》に出ました。お天気が良くて、手をかざさないと日焼けするかと思うくらいでした。
入り口のお坊さんから、白黒のコピーの解説パンフレットを受け取ってビックリ。『御影堂、平成11年より10年に渡る修復を行いました』と書かれてあったのです。
なーんだ、BSで見た御影堂はこっちだったんじゃない。アハハ、恥ずかしい。時間があってこっちに回って良かった・・などど思い、一人で苦笑いしながら拝見。
確かに《東》より、大きな屋根です。先端の鬼瓦も、テレビで見た図柄でした。内部に入ると、左右は同じくらい、畳の数で計算しておよそ50mですが、奥行きが《西》の方が狭いようです。そのせいか、外界の音がずいぶんと聞こえて《東》のような静寂はありません。修復された大きな柱に巻かれた蛍光電気の覆いの金箔、やはり金箔に覆われた奥の柱など、部分的に見ると美術館のようで、全体的に見ると世俗的な空気を感じました。
平成の世の人が後世に向かって「我らは、平成の世にこれをやったが、どーだ?」と言っているような気負いも感じました。
畳の向きが《東》と《西》で、縦横が違うのも不思議な感じ。「わしらは違うやり方しとるんや」と言っているかのようでした。《東》と《西》の関係については、調べたら色々出て来そうな、そんな話を聞いた事があったような気もしますが、敢えて放っておく事にします。
弟一家がまだ京都に居て、毎年2回ずつくらい京都に来ていた頃から一度訪れてみたかった《本願寺》 人気の少ないクリスマスの日に見せて頂きました。面白かったです。