産総研・大阪大学・JST・日本電子、電子顕微鏡を使い同位体を原子1個から4個のレベルで識別・可視化することに成功
TechCrunch より 220309 tetsuokanai
単色化電子源を搭載した透過電子顕微鏡(日本電子製TripleC二号機)
産業技術総合研究所(産総研)は3月3日、原子1個から4個というごく微量の同位体炭素を透過電子顕微鏡で検出する技術を開発したと発表した。
これは、光やイオンを用いた既存の同位体検出技術よりも1桁から2桁以上高い空間分解能であり、原子レベルの同位体分析によって材料開発や創薬研究に貢献するという。
同位体とは、原子番号が同じで質量(中性子の数)だけが異なる原子のことをいう。
生体反応や化学反応の追跡用標識(同位体標識)として利用されるほか、鉱物や化石の年代測定など、幅広い分野で使われている。
しかし、貴重な美術品や微化石の分析や、同位体標識を使った化学反応、原子拡散、材料成長過程などの詳細な追跡といった用途では、原子数個分というレベルでの測定が求められる。既存の同位体検出技術の空間分解能は数十から数百nm(ナノメートル)程度が一般的であり、原子や分子を1つだけ(単原子・単分子)を分析することは困難だった。
産総研ナノ材料研究部門電子顕微鏡グループ(千賀亮典氏)、大阪大学産業科学研究所(末永和知教授)、科学技術振興機構(JST)、日本電子からなる研究グループは、透過電子顕微鏡の高性能化に取り組んできたが、電子線のエネルギーをそろえる「単色化電子源」を開発し、電子線が試料を通過する際に失うエネルギーを計測して元素や電子の状態を調べる手法「電子エネルギー損失分光」(EELS)のエネルギー分解能を大幅に向上させたことで、原子の振動エネルギーを直接検出できるようになった。
そして今回、その原子の振動エネルギーから同位体を識別する技術の開発に成功した。
この研究では、単色化電子源を搭載した透過電子顕微鏡(日本電子製)を使用している。一般的な透過電子顕微鏡では、電荷を持たない中性子の数が像に反映されず、同位体の区別ができなかった。
研究グループは、単色化電子源を搭載した透過電子顕微鏡を使うことで、中性子ひとつ分の重さの違いを振動エネルギーの差として検出し、同位体の識別と原子レベルで可視化することができた。
また、電子エネルギー損失分光の測定方法には「暗視野法」を用いた。電子が試料を通過したときに大きな角度で散乱した電子を分光する方式だ。
これに対して小さな角度で散乱した電子を分光する方式を「明視野法」と呼ぶ。これまで電子エネルギー損失分光で同位体を検出できたという報告例では、すべて明視野法が使われていたが、空間分解能は数百nmであり、原子間の電荷の偏り(極性)を検出する方式であるため極性を持つ材料にしか使えない。
一方、暗視野法には、1つの原子の中に生じる電荷の揺らぎを計測するため、電荷のない材料でも振動エネルギーを計測できるという利点がある。
(電子線分光によるグラフェン中の炭素同位体識別のイメージ図)
研究グループは、原子ひとつ分の厚みの炭素原子のシート「グラフェン」の2つの安定同位体、12Cと13Cを測定した。これらは、中性子の数がそれぞれ6個と7個という違いがある。これらを測定した結果、エネルギー損失のピーク時に中性子ひとつ分の差が確認され、12Cと13Cの区別ができた。
この計測の空中分解能は約0.3nm。グラフェンの炭素原子4個分に相当する。この4個のうちのいずれか、またはすべてが同位体で置き換わったときの振動エネルギーの差が検出できることから、測定感度は同位体1個から4個ということになる。
(実験手法と実際に得られた12Cと13Cグラフェンの格子振動スペクトル)
今後はこの手法を他の元素や材料に応用し、検出元素や適用材料の幅を広げると研究グループは話す。また、これまで実現し得なかったナノスケール以下での同位体標識法を確立するという。
将来的に、エネルギー分解能と空間分解能、さらに検出効率を向上させることで、原子ひとつひとつの振動状態をより高い精度で高速な測定を可能にし、「化学反応や材料成長における単原子・単分子同位体標識のリアルタイム追跡を実現させ、同位体を標識に用いる創薬研究などでの応用」を目指すとしている。