テレパシー、脳内検索…、東大教授に聞いた脳×AIの最新研究事例。脳とAIの融合で生活はどう変わる?
ソフトバンクニュースより 220325
頭の中で念じたことを相手の脳に直接伝える——なんて、SF映画かアニメの世界の話、と思いますよね。でも、実は脳研究の分野ではすでに技術的には実現する方法が見えている段階なのだとか。
テレパシーのように、離れた場所にいる人同士が頭の中のイメージだけでコミュニケーションをとるなんてことも、そう遠くないうちに実現できるかもしれません。
こうしたAIによる脳機能の拡張を研究しているのが、東京大学とソフトバンクなどが設立したAI研究機関の「Beyond AI 研究推進機構」です。
脳とAIの融合が進むと、どんな未来がやってくるのでしょうか。東京大学の池谷裕二先生に話を聞きました。
⚫︎プロフィール:東京大学大学院 薬学系研究科池谷 裕二教授
1998年に東京大学にて薬学博士号を取得。2014年より現職(東京大学薬学部教授)。2018年よりERATO脳AI融合プロジェクトの代表を務め、AIチップの脳移植によって新たな知能の開拓を目指している。
⚫︎Beyond AI 研究推進機構
東京大学、ソフトバンク、ソフトバンクグループおよびYahoo! JAPANが設立したAI研究機関。次世代AIの中長期研究と事業化・社会実装を目指すハイサイクル研究を推進し、事業で得たリターンをさらなる研究活動や人材育成にあてる、エコシステムの構築を目指しています。
Beyond AI 研究推進機構
頭で念じたことが相手に伝わる? ここまできた脳研究✕AI
「脳とAIを融合する研究」というのは、どういう研究なのでしょうか?
一般には、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)、BCI(ブレイン・コンピューター・インターフェース)と呼ばれる分野で応用されることが多いですね。例えば、体にまひのある方が頭の中で念じるだけで電動車いすやコンピューターを操作するといった活用の仕方もあります。
念じるだけでお掃除…なんてことも?
最近の研究では、念じたことをスピーカーが人の代わりに話すことも可能になっています。病気で声帯を失った人がコミュニケーションをとるための方法として研究が進んでいるんです。
BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)とは?
脳(ブレイン)と機械(マシン)を直接つなぐ技術のこと。脳波を読み取り信号に変換し、機械に情報を伝達する。コンピューターにつなげる場合は、BCI(ブレイン・コンピューター・インターフェース)ともいわれる。
念じたことを言葉にして伝えることができるなんて、驚きです。
これまでは念じたことを直接言葉にするのは難しいと言われていたんです。じゃあ、どうやって実現するかというと、脳の中で念じたことをいきなり声に置き換えるのではなく、まずは喉や顎といった体の動きに翻訳するんです。このAIはもうできています。出てきた言葉が不明瞭だった場合は、聞き取りやすい言葉に変換するAIに連結します。
それぞれの機能を持ったAIをいくつか連結して、脳が指令を出して人間が言葉を発する複雑な仕組みを再現するんです。
頭で考えたことを言葉以外の方法で表現することも可能ですか?
「犬」と念じると「犬の映像」が出てくる、というのはすでに技術的には可能です。文字を映像に置き換えるAIがすでに登場しているので、連結すれば実現できますね。
頭で思い浮かべたことを検索してくれるAIの研究も進んでいます。日常生活でよく、頭の中にイメージは思い浮かんでいるのに名前が出てこないこと、ありますよね。「あの白黒の模様が特徴的な犬、なんだっけ?」みたいな。
そんなとき、頭に思い浮かべた犬のイメージをAIがインターネットで検索して、「ダルメシアン」と名前を教えてくれる。そんなことも可能になると思います。
「あれ、なんだっけ?」と思ったら脳内ですぐに検索!
インターネットの画像検索のようなことが、頭の中でできるということですね。ほかには脳とAIをつなぐことで何が可能になるのでしょうか?
AIは文章を書くのも、絵を描くのも上手なんです。シェイクスピアの文章を学習させたら、そっくりな文章を書き上げます。これをうまく使えば、将来的に誰もが一流の作家や画家のような作品をつくれるようになるかもしれません。
シェイクスピアだって、村上春樹だって思いのままに!?
「少しだけサポートして脳の潜在能力を引き出す」こともできるでしょう。例えば、長期連載している作家さんが「ネタがなくてマンネリ化してきた」と感じたときに、AIに最初の数行を書いて自分で続きを書くとか、書き上げた作品についてAIに意見を聞くような感じですね。自分では思い浮かばなかった内容に刺激されて作風の幅が広がる可能性があります。
これは結構すぐ実現できるんじゃないですかね。
本来人間が見えない世界が見えるように? 「脳チップ移植」
池谷先生が「Beyond AI 研究推進機構」で取り組んでいるのはどんな研究ですか?
1つは「脳チップ移植」。これは脳にコンピューターチップを埋め込んで、本来感じていない情報を脳に送ったらどうなるかを研究しています。
脳にチップを埋め込んで情報を伝えるなんて、SF映画の世界みたいですね。
私たちの研究室では、目の見えないネズミに地磁気センサーを含んだチップを埋め込んで、迷路を解かせる実験をしました。すると、ネズミはチップから伝達される地磁気の情報をもとに東西南北を把握して、えさのあるゴールまでたどりつくことができました。
本来は感知できない方角がわかったんですね! もしこれが人間に使えるようになったら、脳内で目的地までのナビが流れ、スマホのマップは要らなくなるのでしょうか?
できるかもしれません。あるいは、地磁気センサーの代わりに、チップに赤外線や紫外線センサーを入れたらどうなるでしょうか? 人間は本来、赤外線や紫外線を見ることはできませんが、特殊カメラで見るようなカラフルな世界が自分の目で見えるようになるかもしれません。
すごいですね!
脳は今まで経験したことがない情報を与えられても、柔軟に活用することができます。人間の潜在能力を引き出せる可能性を秘めていますね。
⚫︎短期間で外国語習得が可能になるかも? 「脳AI融合」
ほかにはどんな研究をしているんですか?
脳内の情報をAIで分析して、脳にフィードバックすることで脳機能を拡張する「脳AI融合」という研究も行っています。
外国語を短期間で聞き分けられるようになる、なんてことも可能だと思います。
何年も時間をかけて勉強する必要がなくなる、と?
例えば、日本人は英語の「L」「R」の音の違いを聞き分けるのが苦手といわれています。これは、それぞれの音の振動が脳にインプットされているにもかかわらず、脳が違いを区別できていないから。私たちはAIを活用することで、脳が使い切れていない情報を活用できるようにする研究をしています。
具体的にはどんな研究をしているんですか?
私たちの研究室には、英語とスペイン語を聞き分けられるネズミがいるんです。
ネズミは本来言語を理解できません。しかし、英語とスペイン語は音の波長が異なるので、聞かせたときにそれぞれ異なる脳波を示します。その脳波の情報をもとに、ネズミがどちらの言語を聞いているかをAIが検出します。その結果をネズミの脳にフィードバックすることで、ネズミは英語とスペイン語を聞き分けられるようになるんです。
AIを活用することで、本来なら獲得できないスキルを身につけられるんですね! 映画で見るような、脳にスキルをインストールして一瞬で実践できるようになる……なんてこともできるのですか?
語学以外に絶対音感も習得できるかもしれません。一流の人が何十年もかけて手に入れた熟練のスキルを、AIによって数週間で身につけることも不可能ではないと思います。他人の記憶のコピーはできませんが、習得スピードを速めることはできるかもしれません。
「コミュニケーションは、スマホからBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)に!?」
ソフトバンク テクノロジーユニット AI戦略室 企画室 永澤 慶章
持続可能な社会づくりに貢献するためのコンセプトとして「すべてのモノ、情報、心がつながる世の中を」を掲げるソフトバンクでも、いずれはBMIのような脳とAIを融合する技術をコミュニケーション分野で活用できるのではないかと思っています。
スマホが登場したばかりの頃は今のようにコミュニケーションの中心になることは想像できませんでしたが、最近では行政サービスの入り口としてコミュニケーションツールの「LINE」が活用されるなど、ソフトウェアが人々の生活に欠かせないインフラとしての役割を担う時代になってきました。
「Beyond AI 研究推進機構」では、今後訪れるかもしれないBMIが普及した世界を見据えて、新しいコミュニケーションサービスやインターフェースの共同開発も視野に入れて中長期研究を進めています。頭の中で考えていることや思い浮かべている風景・イメージを、他者にそのまま伝えるなど、これからのコミュニケーションの可能性にワクワクしています。
⚫︎「Beyond AI 研究推進機構」で目指す未来
SF映画のような脳の拡張がもうすぐ実現できるレベルまで来ている、ということにワクワクします。
脳はとても複雑でまだ解明されていないこともたくさんあります。社会実装を検討するにあたっては、本当に安全なのか、慎重に考える必要があります。
米国のある会社では、髪の毛より細い電極を脳に埋め込んで、人間の脳とAIをつなぐ研究が行われていたりします。この研究がどうなるかはわかりませんが、実現するには技術的にも倫理的にもハードルが高いのは間違いありません。
私は皮膚神経を刺激して、情報を得るというのは実現できる可能性がある気がしています。あとはヘルメットのようなデバイスを使って脳波を測定するとか。どのように人間の脳に取り入れていくかは、これから乗り越えないといけない課題ですね。
社会実装にあたって課題はありますが、個人的には、AIによる脳拡張は将来的にまずは病気の治療や福祉などの分野で広まっていくと思います。その他、今回紹介した取り組みも、いつか実現できればと考えています。
人間の脳とAIの融合は、たくさんの可能性に満ちあふれているんですね。これから訪れる未来が楽しみです。ありがとうございました。
(掲載日:2022年3月25日)
文:野垣映二
編集:アクアリング