佐藤功の釣ったろ釣られたろ日誌

釣り・釣りの思い出・釣り界のこと・ボヤキ.etc

ネコの神様の話 その1

2012-05-03 16:48:30 | 日々の思い

長い連休の間、私のつたないブログより少し違った物語《伝説)の話をさせていただきます。

私のブログを通じてお知り合いになった千葉県のネコの伝説を研究されておられる方でK氏のブログ[clubey]よりいただきました。

この様な伝説を各地に行き調べておられる方なのですが、短編小説のように読んでください。

又どこかからいちゃもんがつくと困りますので言っておきますが連載の許可はちゃんといただいていますので、ご心配なく。

第1話 長野県の猫神・建部神社の唐猫様

建部神社
東筑摩郡山形村 5094



「建部神社」の「唐猫様」
「古川敏夫」氏・提供

 

1. はじめに

「長野県」の地誌・民俗、あるいは民話・伝説などに興味のある人は、「上田市下塩尻」「坂城町鼠宿」「長野市篠ノ井」などに伝わる「唐猫伝説」のこと (以下、「塩田平の唐猫伝説」と言及する) は、先刻承知のことと思う。その知名度を考えるならば、「長野の唐猫」伝説を紹介するとき、本来なら、こちらの伝説から始めるのが妥当だと云えるかもしれない。筆者も当初は (と云っても数年前のことだが) 、そのつもりだったのである。だが、「長野県」の「唐猫」についてこの数年間調べているうちに、気が変わったのである。

しかし、そうは云っても、「篠ノ井」の伝説に馴染みのない人のために、便宜上、その伝説の骨子を、はじめに紹介しておくのも何かの役には立つだろう。ただし、細かい内容や諸伝による異同については、気にしないこととする。そして「塩田平の唐猫伝説」そのものに関しては、いずれ別個の独立した記事で詳しく紹介していきたいと思っている。


昔、今の「佐久」から「小県」にかけてが大きな湖だった頃、今の「鼠宿」に巨大な鼠が現れ、田畑を荒らして人々を苦しめた。 困った村人は、「唐」の国から大きな「唐猫」を連れてきて、鼠と対決させた。鼠は岩を登って逃げたが「唐猫」に追いつかれ、岩を噛み破って逃げようとした。すると、そこから一気に湖水が流れ出して、鼠も猫も飲み込んだ。この時、出来た流れが「千曲川」で、食いちぎられた断崖が、現在の「半過」と「塩尻」の「岩鼻」であると云う。結局、「唐猫」は「篠ノ井」の「塩崎」にたどり着いて死んたが、鼠は上がらなかった。このため、「岩鼻」の北の地を「鼠宿」と云い、「塩崎」の「唐猫」と呼ぶ地は猫が流れついた場所だと云う。人々は、この地に「唐猫神社」を造って猫を祀り、鼠は「鼠大明神」として「岩鼻」に祀った。


(文責・筆者)


今回は、この「塩田平の唐猫伝説」を足がかりに、「長野県」の「唐猫」の旅を開始したいと考えている。しかし、敢えて前置きしておくならば、この旅は始まったばかりで、およそ完結に近づいたものではない。そのため、これからの一連の「唐猫」に関する記事で、何かしら早急な結論を申し述べることもないし、仮に書いたとしても、そのほとんどが考察途中の事柄になると云うことを御断りしておきたい。







「七浦海岸・大浦・猫岩」
『佐渡島「大佐渡巡り」』より
http://choichi.cocolog-nifty.com/photos/sadonoi/04_088.html


七浦海岸の猫岩

「伊弉諾尊 いざなぎのみこと 」と「伊弉冉尊 いざなみのみこと 」の夫婦は、「高天原」の神々に命ぜられた島産みに疲れ、七番目の「佐渡ヶ島」を産み終えた後、神々の目を盗んで、二人の分身を造って島産みを任せると同時に、「猫」を造って見張りに立てた。しかし、やがて「猫」の大欠伸が「高天原」に聞こえ、二人の策は露見する。怒った神々は、分身と「猫」と、そのとき二人が乗っていた舟を岩に変えたと云う。分身は「夫婦岩」、「猫」は「猫岩」、舟は「帆かけ岩」になったと伝えられる。


(文責・筆者)


上の伝説は、一見、「塩田平の唐猫伝説」と似たところはないのだが、「地形変成」神話に「猫」が関わっていると云う点で、二つの伝説は接近するのである。その上、「海」あるいは「湖」と云う本来、「猫」が活躍しそうにない「水界」との強い関連も、双方に相通ずる特徴として指摘しうると思う。そして、「地形変成」の最初の切っ掛けが「猫」にある点も同じである。また、このような共通項を持つ伝承は、「長野」にあってさえ今のところ筆者は見つけていないと云う事実が、なお一層、そのわずかながらの類似さえも際立たせているのである。そもそも、伝説などと云うものは、あまり露骨に似ているものは、近い時代に直接伝播した関係にあると疑われるものだから、筆者としては構造的な類似の方により興味を引かれると云うこともある。

面白いのは、この「佐渡の猫岩」の話と、「塩田平の唐猫伝説」以上にはっきりとした構造上の類似関係を示す伝承が「島根県・浜田市」の「唐金海岸・畳ヶ浦」にあると云うことである。しかも、この話には、「唐猫」が登場するのである。いや、正確には、「唐猫」は登場しないのだが、「唐」から渡ってきた「猫」が登場すると云う意味では、ただの「猫」よりは「唐猫」にぐんと近いと云ってもいいだろう。以下、これもさっと概観する。



左「猫島」、中央「犬島」
『万葉の旅・辛の崎』HPより
http://blowinthewind.net/manyo/manyo-karanosaki.htm

 

畳ヶ浦の猫島


「石見国分寺」の堂塔が太陽を遮り、「唐」の作柄に影響したため、「唐」から「赤猫」が嵐に乗じて一夜でやってきて、「国分寺」を焼き払おうとするのだが、「唐金沖」まで来たとき、「日本の犬」がこの「猫」を見つけて追いまわし、もろともに凍てつく海に飛び込んで死に、そのまま「猫島」 と「犬島」になったと云う話。


(文責・筆者)


上記の伝説で「猫島」「犬島」と呼んでいるのは、もちろん「佐渡」で云う「猫岩」などとまったく規模の変わらぬものである。敢えて云うならば、こちらの「猫島」は、「佐渡の猫岩」のようには、「猫」の形はしていない。

* 竜宮の猫---「熊本県」の「天草地方」には、「天草版・浦島太郎」とも云うべき「竜宮の猫」の話が伝わる。実際には、「浦島太郎」よりも、よほど「はなたれ小僧様」の話に似るのだが、神様に薪を差し上げると云う善行の返礼に「竜宮」に招かれ、帰りに不思議な土産をもらうと云う点で共通している。ただ、この説話では、主人公がもらうのは「金の糞をひる猫」であるのが、筆者の興味を引くのである。この猫も、結果的に貧乏人を富豪へと「変成」させる契機となると云う意味で、やはり「変成」を象徴している。原話は、濱田隆一 (1932) 「肥後天草島の民譚 (四) 」『郷土研究』六巻三号、郷土研究社に所収。同工の説話が、「長崎県・南高来郡・湯江村」 (現・島原市) でも伝えられている (山本靖民、1929) が、これは前記の説話と同じ一続きの「天草・島原地方」のことであり、隣県とは云え同一のお話だと云えるだろう。ちなみに、「沖縄」にも「黄金小猫」と云う類話が伝わる (下田、1984) 。「福岡県」にも類話が伝わる。



そこで「唐猫」と云う言葉が、各地の伝承や遺物の名前などに登場する事例を探ってみると、筆者は一都二府十三県において、そのような事例を見つけることが出来た。具体的に挙げると、「青森県」「岩手県」「宮城県」「茨城県」「東京都 (三宅島) 」「神奈川県」「静岡県」「新潟県」「長野県」「愛知県「大阪府」「京都府」「兵庫県」「愛媛県」「熊本県」「鹿児島県」の十六の都府県である。探せば、きっともっとあろうかとは思うが、いまのところ、この数が筆者の調査能力の限界である。しかも、これらのうち「神奈川」「新潟」「大阪」「京都」のものは明白に「中古文」の文献的な意味 (『枕草子』『源氏物語』『更級日記』などの系譜) での「唐猫」を継承した語彙と見ることが出来、「長野」などに見られる、「変成」を具象化した記号としての「唐猫」とは根本的に概念が違っていると思われる。「兵庫」の例は、単に他の言葉から転訛したのではないかと疑われているため、現在のところ、評価が難しい。それでも、それらを網羅すると、以下の二つの表のようになる。

1. 全国の「唐猫」伝承

府県

伝承地

内容 etc.

青森県

津軽地方

昔話の化け猫譚に「唐猫」登場。

岩手県

気仙郡
三陸町
(現・大船渡市)

「唐猫」の「猫檀家」伝承。

岩手県

盛岡市

濃い茶トラを「カラネコ」と云う。

岩手県

三陸地方

白黒のブチ猫を「カラネコ」と云う。

宮城県

南三陸町
歌津

田束山の「カラ猫」伝承。

宮城県

丸森町
水沢

「カラ猫」の「猫の踊り」譚

茨城県

下妻市
高道祖

「唐猫塚」の伝承が二つ。
1) 「猫の踊り」系
2) 「椀貸し淵」系

東京都

三宅島

泣く子に「薬師様のカラ猫だぞ」とおどかす。

神奈川県

称名寺
千光寺

「金沢猫」の祖としての「唐猫」伝承。

静岡県

御殿場市

赤子に取り憑いて高熱を出させる「フーライ猫」を
退治するのに「カラネコ」と云う罠を使った。

新潟県

柏崎市
女谷・鵜川地区
高原田・下野

「重要無形民俗文化財」の「綾子舞」の狂言「唐猫」。
帝の大切にしている「唐猫」がいなくなり、
主人公・平六は、父親がそれを隠していることを知り、
父の命を助けるために帝に働きかけると云う筋。

長野県

別表参照

別表参照

愛知県

別表参照

別表参照

京都府

浄蓮寺
附近

浄蓮寺附近の猫塚に葬られているのが「唐猫」とも。
『雍州府志』陵墓門・愛宕郡にある「猫塚」に関して、
関靖 (1938) 『かねさは物語』は「私は是も亦唐猫を
葬つた塚ではなかつたらうかと考へる」と記している。
「金沢猫」からの「関」の個人的な術懐と思われる。

大阪府

四天王寺

「猫の門」の「眠り猫」などと呼ばれるが、元文四年
(1739) 『四天王寺伽藍記』には「からねこ」とある。

兵庫県

たつの市

「搦手谷」が「唐猫谷」に訛ったとも。
『西播怪談実記』巻四ノ十一に
「城の山唐猫谷にて山猫を見し事」と云う記事がある。

愛媛県

新居浜市

地形地名。「唐猫鼻」。

熊本県

荒尾市

地名。「熊本県荒尾市水野字唐猫」。
同市内「中一部」に「猫宮大明神」の伝承あり。

鹿児島県

霧島市
国分敷根

明治四十四年 (1911) 三月二日『秋田魁新報』に、
夢のお告げで「唐猫」の木像を発見したと云う記事あり。
旧・姶良郡敷根村。

鹿児島県

霧島市
隼人町内
国分八幡

「本藩の俗、神前の隼人狗をから猫といふは
狛犬より訛ことゝ見えたり」
白尾国柱 (1812) 『倭文麻環』巻十一より

鹿児島県

鹿児島郡
三島村
竹島

聖大明神社。社殿前に石造の「唐猫」が一対。
正徳五年 (1715)

 


2. 長野県・愛知県の「唐猫」伝承

県名

伝承地

内容 etc.

長野

上高井郡
高山村中山

山田大杉神社。本殿の羽目板に「唐猫」の絵。
「唐獅子」と呼ぶ人もいる。

長野

長野市篠ノ井
塩崎字唐猫

軻良根古神社。「篠ノ井の伝説」

長野

大町市社宮本

仁科神明宮の「唐猫様」。

長野

東筑摩郡
筑北村坂井真田

修那羅峠・安宮神社の「唐猫大神」。

長野

小県郡
青木村田沢

子檀嶺神社。文明七年 (1475) 作銘の「唐猫」一対。

長野

上田市
富士山

唐猫社。北二キロに猫山観音堂あり。

長野

上田市保野

鼠除韓猫明神。鹽野神社の境内社。

長野

東筑摩郡
山形村上竹田

建部神社。木造寄木造の「唐猫様」一対。

長野

東筑摩郡
山形村小坂

諏訪社。元熊野社の石造の「唐猫」一対あり。
『村誌』には諏訪社自身の瓦製の「唐猫」一対の
記述もあるが、現在は行方不明。

長野

塩尻市
上西条

常光寺。
護摩堂の秘仏「唐猫」 (非公開) と、
裏山「飯綱大聖不動堂」脇の「唐猫」の石碑。

長野

塩尻市
北小野

木造の「唐猫」一対。資料館に展示。

愛知

豊川市
御津町
赤根百々

法住寺。伝「左甚五郎」作の「唐猫」彫刻。

愛知

岡崎市
宮地町
馬場

糟目犬頭神社。石造の「唐猫」一対。

愛知

名古屋市
中区大須

大直禰子神社。「おからねこ」の伝承あり。

 

コメント
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