新古今和歌集の部屋

今昔物語 女の生霊

こんな話がある。


昔、京より美濃尾張の辺りに下ろうとする下郎がいた。京を明け方に出ようと思ったけれども、夜遅く起きて行った程に、ある辻の大路に、青色がかった衣を着た女房が外出姿で、ただ一人立っていたので、男は、

「どういう理由で女がこんな夜中に立っているのだろう。今時、よもや一人で立っている訳でもあるまい。男と一緒にいるのだろう。」と思って、歩み過ぎようとした程に、この女、男に声を掛け、

「あのそちらにいらっしゃる方は、どちらへお越しでしょうか」と聞いたので、男は、

「美濃尾張の方へ行きます」と答えた。女は、

「それでは急ぎでしょう。でしょうけども、どうしてもお願いしたき事があります。暫し立ち留まり下さい。」と言った。男は、

「何事でしょうか」と言って、立ち留まったところ、女が言うには、

「この辺りの民部大夫の_という人の家は何処にございますか。そこへ行こうと思うに、道を迷って、行けなくなったので、私をそこへは連れて行って下さいませんか」と。男は、

「その人の家へいらっしゃるためには、どうしてここにいらっしゃるのでしょう?その家はここより七八町ばかり行かないといけません。ただし、私は急いでおりますので、そこまで送り申しあげる事は大変なので御勘弁願います」と言えば、女は、

「なお、本当に大切の事なので、どうかお連れ下さいませ」と言えば、男は、渋々連れて行く事にしたが、女は、

「とても嬉しい」と言って付いて行ったのだが、とても怪しく、この女の気配は怖しいように思えたけれども、「ただ、送るだけなら」と思ってて、その言われた民部大夫の家の門まで送り付けて、男、

「これがその人の家の門」と言えば、女、

「このように急いで遠くへいらっしゃる人の、無理に返って、ここまで送って頂くなんて、返す返すも嬉しく思います。私は近江の國の某の郡に、そこそこに有る何々という人の娘です。東の方へいらっしゃるのであれば私の家へ行く道は近い所なので、必ず寄っていらっしゃって下さい。極めて不審に思ってらっしゃる事のあると思いますので、是非とも。」と言って、前に立ったと見えた女の、俄かに掻き消すように失せた。

男は、「驚いた事だ。門が開いていたのなら門の中に入るとも思うべきなのに、門は閉されたまま。これはどうした事。」と、頭の毛が逆立ち、怖しければ、足がすくんでしまったようになって、やっと立ってる状態であったが、この家の中から俄かに泣き叫ぶ声が響いた。どういう事にかと聞いてみるとば、人が死んでしまった気配だ。珍しい事だなと思って、暫く立っている間に、夜も更けて来たので、「このどうなっているのか尋ねよう」と思って、すっかり夜が明けた後に、その家に少し知った人がいたので、会って尋ね、有様を問いただしてみたら、その人の言うには、

「近江の国にいらっしゃる女房の生霊が入って来られたと、この殿様は日頃尋常ではなく煩っていらっしゃったが、この暁方に、『その生霊が現はれた気配有り!』など言っている程に、俄かにお亡くなりになったのじゃ。だから、このように新たに人に取り憑いて殺すものなんじゃ」と語るのを聞いて、この男も頭痛がしてきて、「女は喜んだけれども、それが頭痛の原因として生き霊の毒気に当たったんだろう」と思って、その日は出発を止めて家に返っていった。 

其の後、二日ばかりあって東国に下って行ったが、かの女の教へられていた場所辺りを過ぎたので、男は「さあ、彼の女の言った事を尋ねて確かめてみよう」と思って訪ねたところ、実際にそういう家は有った。寄って、使用人に然々と言って取り次がせさせたところ、「そう言う事有ったはず」として、呼び入れて、簾超しに会って、

「あの夜の嬉しさは、何時までも忘れるものではありません」

など言って、食事など食わせて、絹、布など差し上げたので、男、大変怖しく思えたけれども、物など貰って、その家を出て下って行った。

これを思うに、さては生霊というのは、ただ魂だけが憎い相手に取り憑いて害をなす事だけかと思っていたが、なんとその当人もはっきりとその事を覚えている事なんじゃなあ。これは、彼の民部大夫が妻にしたのだったが、棄てられてしまって、恨みを成して生霊に成って取り殺してしまったのじゃなあ。

そう言う事で、女の心というものは怖しいものなりというふうに、語り伝えへたということじゃ。


今昔物語集 巻第二十七
近江國の生靈、京に來たりて人を殺す語 第二十
今は昔、京より美濃・尾張の程に下らむとする下臈有りけり。京をば暁に出でむと思ひけれども、夜深く起きて行きける程に、□と□との辻にて、大路に青ばみたる衣着たる女房の裾取りたるが、只獨り立ちたりければ、男、「いかなる女の立てるにか有らむ。只今定めてよも獨りは立たじ。男具したらむ」と思ひて、歩み過ぎける程に、此の女、男に云はく、「あのおはする人は、いづちおはする人ぞ」と問へば、男、「美濃・尾張の方へ罷り下るなり」と答ふ。女の云はく、「さては急ぎ給ふらむ。さは有れども、大切に申すべき事の侍るなり。暫し立ち留まり給へ」と。男、「何事にか候ふらむ」と云ひて、立ち留まりたれば、女の云はく、「此の邊に民部大夫の□と云ふ人の家はいづこに侍るぞ。そこへ行かむと思ふに、道を迷ひてえ行かぬを、丸をそこへは將ておはしなむや」と。男、「其の人の家へおはせむには、何の故にここにはおはしつるぞ。其の家はここより七八町ばかり罷りてこそ有れ。但し急ぎて物へ罷るに、其こまで送り奉らば大事にこそは候はめ」と云へば、女、「尚、極めて大切の事なり、只具しておはせ」と云へば、男、なまじひに具して行くに、女、「いと嬉し」と云ひて行きけるが、恠しく、此の女の氣怖しき樣に思えけれども、「只有るにこそは」と思ひて、此く云ふ民部大夫の家の門まで送り付けつれば、男、「これぞ其の人の家の門」と云へば、女、「此く急ぎて物へおはする人の、わざと返りて、ここまで送り付け給へる事、返す返す嬉しくなむ。自らは近江國□郡に、そこそこに有る然々と云ふ人の娘なり。東の方へおはせば、其の道近き所なり、必ず音づれ給へ。極めていぶかしき事の有りつればなむ」と云ひて、前に立ちたりと見つる女の、俄かに掻き消つ樣に失せぬ。
男、「あさましきわざかな、門の開きたらばこそは門の内に入りぬるとも思ふべきに、門は閉されたり。此はいかに」と、頭の毛太りて怖しければ、すくみたるやうにて立てる程に、この家の内に俄かに泣きののしる声有り。いかなる事にかと聞けば、人の死にたる氣はひなり。希有の事かなと思ひて、暫くたちやすらふ程に、夜も更けぬれば、「この事のいぶかしさ尋ねむ」と思ひて、明けはてて後に、其の家の内にほの知りたる人の有りけるに、尋ね會ひて有りさまを問ひければ、其の人の云はく、「近江國におはする女房の生靈に入り給ひたるとて、此の殿の日來例ならず煩ひ給ひつるが、この暁方に、『其の生靈現はれたる氣色有り』など云ひつる程に、俄かに失せ給ひぬるなり。されば、かく新たに人をば取り殺す物にこそ有りけれ」と語るを聞くに、この男も生頭痛く成りて、「女は喜びつれども、其れが氣の爲るなめり」と思ひて、其の日は留まりて家に返りにけり。 其の後、二日ばかり有りてぞ下りけるに、かの女の教へし程を過ぎけるに、男、「いざ、彼の女の云ひし事尋ねて試みむ」と思ひて尋ねければ、實にさる家有りけり。寄りて、人を以て然々と云ひ入れさせたりければ、「さる事有るらむ」とて、呼び入れて簾超しに會ひて、「有りし夜の喜びは、何れの世にか忘れ聞えむ」など云ひて、物など食はせて、絹・布など取らせたりければ、男、いみじく怖しく思えけれども、物など得て、出でて下りにけり。  これを思ふに、さは生靈と云ふは、只魂の入りてする事かと思ひつるに、早ううつつに我も思ゆる事にて有るにこそこれ此は、彼の民部大夫が妻にしたりけるが、去りにければ、恨を成して生靈に成りて殺してけるなり。されば女の心は怖しき者なりとなむ、語り傳へたるとや。

生き霊が人を殺してしまう。源氏物語でも六条御息所が、夕顔と葵の上を取り殺してしまう。平安時代には、本当にあった事なのだろうか?今でも?

あなたは、この話を信じますか?

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