京都堀河通 風俗博物館
地
日くれかゝるほどに、けしきばかりうちしぐれて、
そらのけしきさへみしりがほなるに、さるいみじ
きすがたに、きくのいろ/\うつろひえならぬをか
ざして、けふはまたなきてをつくしたる。入あやのほ
どそゞろざむく、此世のことゝもおぼえず。物見し
るまじきしも人゛などの、このもといはがくれ、山の木
のはにうづもれたるさへ、すこしものゝ心知るは、なみ
源の弟也
だおとしけり。ぜうきやうでんの御はらの四のみこ、
まだわらはにて、しうふうらくまひ給へるなん、さし
つぎの見物なりける。これらにおもしろさのつきに
ければ、こと/\にめもうつらず、かへりてはことざまし
にやありけん。その夜けんじの中将、正゛三゛位し給ふ。
じやうげ
とうの中将正下かゝいし給ふ。かんだちめたちは、みな
源
さるべきかぎりのよろこびし給も、この君にひかれ
給へるなれば、人のめをもおどろかし、心をもよろこ
藤つほ
ばせ給。むかしの世ゆかしげなり。宮はそのころまか
源心
で給ぬれば、れいのひまもやとうかゞひありき給
左大臣葵
をことにて、おほいとのにはさはがれ給ふ。いとゞかのわ
紫
かくさたづねとり給てしを、二条のゐんには人むか
葵心
へ給へりと人のきこえければ、いと心づきなしとおぼい
源 葵ノ
たり。うち/\のありさまはしり給はず、さもおぼさん
源心是より葵ノ事を云也
はことはりなれど、心うつくしうれいの人のやうにう
源ノ
らみの給はゞ、我もうらなくうちかたりてなぐさめ
葵ノ み
きこえてんものを、思はずにのみとりない給ふ御心づき
源ノ
なさに、さもあるまじきすさびごとも出くるぞか
み
し。人の御ありさまのかたほに、そのことのあかぬとお
ぼゆるきずもなし。人よりさきにみそめてしかば、
あはれにやむごとなきかたに、思ひきこゆる心をも
しり給はぬほどこそあらめ。つゐにはおぼしなを
み
されなんと、おだしくかる/"\しからぬ御心のほども、
是より紫
をのづからと、たのまるゝかたはことなりけり。おさな
の事
き人は、みつい給ふまゝに、いとよき心ざまかたちに
て、なに心゛もなくむつれまどはしきこえ給。しはし
日暮かかる程に、景色ばかり打時雨て、空の景色さへ見知り顔なるに、さ
るいみじき姿に、菊の色々移ろひ、えならぬを挿頭して、今日は、又なき
手を尽くしたる。入綾の程、そぞろ寒く、此の世の事ともおぼえず。物見
知るまじき下人などの、木の下、岩隠れ、山の木の葉に埋もれたるさへ、
少し物の心知るは、涙落としけり。承香殿の御腹の四の皇子、まだ童にて、
秋風楽舞ひ給へるなん、さし次の見物なりける。これらに面白さの尽きに
ければ、異事に、目も移らず、かへりては、事醒しにやありけん。
その夜、源氏の中将、正三位し給ふ。頭の中将、正下加階し給ふ。上達部
達は、皆さるべき限りの喜びし給ふも、この君に引かれ給へるなれば、人
の目をも驚かし、心をも喜ばせ給ふ。昔の世ゆかしげなり。
宮は、その頃まかで給ひぬれば、例の隙もやと伺ひありき給ふをことにて、
大殿のには騒がれ給ふ。いとど、かの若草尋ね取り給ひてしを、二条の院
には、人迎へ給へりと人の聞こえければ、いと心づきなしとおぼいたり。
内々の有樣は知り給はず、さもおぼさんはことはりなれど、心うつくしう
例の人のやうに恨みの給はば、我も裏なく打語りて、慰め聞こえてんもの
を、思はずにのみ取りない給ふ御心づきなさに、さもあるまじきすさび事
も出で来るぞかし。人の御有樣のかたほに、その事の飽かぬとおぼゆる傷
もなし。人より先に見初めてしかば、哀れに止む事無き方に、思ひ聞こゆ
る心をも、知り給はぬほどこそあらめ。遂にはおぼし直されなんと、おだ
しく、軽々しからぬ御心の程も、自づからと頼まるる方は異なりけり。
幼き人は、見つい給ふままに、いとよき心ざま、かたちにて、何心もなく、
睦れまどはし聞こえ給ふ。暫し