千万物おもふ比の荻野音ほどかなしき物あらじと
たぐひなく思さだめしに此比かなしと暮秋に成
行にしたがひて夕の悲しさは荻の音にも
まさりてせん方なしと云哥なり。荻と云題
にて
顕仲卿哥に
引
今こむとちぎりし程の夕暮は荻のうは葉ぞ人
たのめなる
又俊頼哥に
引
秋風のやゝはださむく吹なべに荻のうは葉の音ぞ悲しき
両首の哥暮秋に成行にしたがひて荻の音も
かなしきとなり。本哥をとる所の心は暮秋の荻の
音よりもなをゆふべは悲しきといへり。心ふかく
や侍らん。
摂政殿
○荻の葉に吹ば嵐の秋なりを待ける夜はのさをしかの
聲
なべて吹風も荻にきけばもの悲しくあはれ
なり。此荻音よりほかにかなしくあはれなるものハ
又たぐひあらじときこへ侍る比鹿のなくをき
けばたへがたくせんかたなし。物まちつけ●●●
うにおどろかされてさても秋はうき事の
つゞきせぬものかな。荻の音ばかりと思ひしにと
あそばされし哥なり。言語道断也。定家
も後京極殿御哥の事は中/\不及申ニとかゝ
れしなり。古事本説にてよめるばかへりてや
すく又きこえやすきものなり。かやうに上手のさと
よみなしたるに秀逸おほし。理の付えぬものなり。
よく/\くふうして納得すべき事なり。
※なくをきけば→なくをとをきけば(常縁聞書、幽斎補筆本より)
※物まちつけ●●●うに→物まちつけたるやうに(常縁聞書、幽斎補筆本より)
※つゞきせぬ→つきせぬ(常縁聞書、幽斎補筆本より)
※言語道断也→言語道断なる哥なり。(常縁聞書、幽斎補筆本より)
※よみなしたるに→よみながしたる哥に(常縁聞書、幽斎補筆本より)