よもすがら
ちぎりしこと
をわすれずは
こひむなみだの
いろぞゆかしき
野辺までに
心ばかりは
通へども
わが行幸とも
しらずやあるらん
清少納言 伊周様。こちらを
伊周 こんなにも悲しい歌を。全て、あいつのせいだ。
納言 あいつ?
伊周 左大臣だ!
伊周 あいつが大事にしている物を、これから俺がことごとく奪ってやる。ううう。うああ・・・。
※定子のナレーションでは、「わすれずば」となっていた。
光る君へ紀行
六波羅蜜寺に安置された定子の遺体は、遺言により、通例とは異なる土葬で鳥辺野の地に葬られました。
葬送の夜は雪が降っていたと伝わり、一条天皇が、亡き定子に贈った歌が残されております。
後拾遺集 哀傷歌
一条院の御時皇后宮かくれたまひてのち帳のかたび
らのひもにむすびつけらえたるふみをみつけたりけ
れば、うちにもご覧ぜさせよとおぼしがほにうたみ
つかきつれられたりけるなかに
夜もすがらちぎりしことをわすれずはこひむなみだのいろぞゆかしき
長保二年十二月に皇后宮うせさせたまひてそうそう
のよ、ゆきふりてはべりければよみはべりける
一条院御製
のべまでに心ひとつはかよへどもわがみゆきとはしらずやあるらん
※行幸とあるが、美雪と行幸の掛詞であり、両方の意があるので、みゆきと表記すべき。