十訓抄第八 可堪忍諸事事
八ノ八
業平中將の、高安に通ひけるころ、いささかつらげなる氣色もなくて、男の心のごとくに出だしたてゝやりけるが、なほ行く末やおぼつかなかりけむ、夜ふくるまで待ちゐて、箏をかきならして
たつた山夜半にや君がひとり行くらむ
とながめける。優にやさしきためしなり。男前栽の中にかくれて、このことをうかがひつゝ、外心失せにけりとなむ。
女人をば佛も、
内心如夜叉 内心は夜叉の如し
と仰せられたれば、いかでか、その心なくてしもあらむ。されども、かやうに忍び過ぐせるは、まことにいみじくおぼゆかし。